(※静雄視点)



バスに揺られながら、どうしてこうなった、と自問する。
隣には、手摺に掴まりながら俺と同じような顔をしている臨也。

「まさかシズちゃんと一緒に帰る日が来るとは思わなかったよ」

視線は外にやったまま、臨也が口を開いた。
バスの振動に合わせて、黒髪がさらりさらりと揺れる。

「俺だって手前と帰りたくなんか……」

「同感だよ。でもやっぱりボディーガードにはなりそうだよねぇ」

臨也の視線がバスの中をぐるりと一巡した。
それにつられて俺も周りに目を向けると、臨也の言っている意味を把握出来た。
俺に目を合わせないように慌てて視線を反らす乗客。
同じ学校じゃない奴もいたが、恐らくこの目立つ金髪のせいでよく見られていないことは明らかだった。

「……チッ。だから嫌なんだ」

忌々しく舌打ちをすると、余計にその場の空気がピリピリとしたものになって、更に腹が立った。
そんな空気をぶち壊す、明るい臨也の声。

「シズちゃんがチャリ通なのって周りの目が気になるからなんだ?」

いつも我の道を行く臨也は、周りを気にすることがない。今はそれにほんの少し救われた……ような気がした。

「別にそんなんじゃねえよ!通勤ラッシュとか面倒だろ、朝からイライラしたくねーし」

「ああ、満員電車はちょっとねえ……俺も苦手だなあ」

苦笑する臨也を見て、そういやさっき痴漢がどうとかって言ってたのを思い出した。

「痴漢されたんだろ?」

「……笑いたきゃ笑えば?まぁ男が男に痴漢されたとか笑える話じゃないけど」

「誰も笑い話にはしてねぇ」

「…………」

「おい?」

「…………」

ぱたりと口を開かなくなった臨也を不審に思い、俺は臨也の顔を覗き込んだ。

「臨也……?」

臨也の顔色は蒼白で、見るからに具合が悪そうだった。

「シズちゃんの、ばか……、思い出しちゃった、じゃんか……」

か細く紡がれた言葉。カタカタと小刻みに震える身体。爪が食い込むほど手摺を強く掴む手の平。今にも泣き出しそうなその瞳に、俺は目を見開いた。
こんなに弱った臨也は見たことがない。
俺の何気ない一言で、思い出したくもないことを思い出してしまったんだろう。
やっちまった、と俺は心の中で自分を叱咤した。

丁度バスが停車したので、俺はとりあえず臨也を連れてバスから降りることにした。

「まだここ降りるとこじゃないんだけど……」

「手前がこんな状態なのにあんなとこに居られる訳がねえだろ。手前が落ち着くまで待ってやっから……」

「ははっ、何それ……、シズちゃんのくせに、生意気だよ……」

下を俯きながら、弱々しく俺の腕を掴む臨也。
何か言ってやりたくて、でも何を言えばいいか分かんなくて、……くそ、もどかしい。
そもそも何で俺がこんなに臨也を心配してるのかも、何で臨也に触った痴漢をぶっ殺してやりてえなんて思うのかも、分からなかった。

……いや、分かってる。分かってるのだ。でも、認めたくない。


「ああああ!面倒くせえ!」

ぐしゃぐしゃと自分の髪を掻き混ぜ、もうどうにでもなれ、と力任せに臨也を抱き締めた。

「なっ、ちょ、シズちゃん!?何すんだよ!やだ、離せ!」

「うるせえ!手前が、そんな顔すっからだろ!ま、守ってやりてえって、思うだろうが!」

「は、はあ?」

すっとんきょうな声を上げる臨也に、俺もハッと我に返った。そして慌てて臨也を引き剥がす。

「……悪い、忘れてくれ」

地面に視線を落とすと、臨也がくすりと笑った気配がした。

「よく分からないけど、心配してくれたってことでしょ?」

「……っ別に、そんなんじゃ、ねえ」

「あははっ、シズちゃんってば素直じゃないなあ。でも大丈夫だよ。いつもは新羅が一緒だから」

バス停の傍にあるベンチに座り笑みを浮かべる臨也は、さっきまでの弱々しい臨也とは別人のようだった。

「そうか……、新羅が一緒なら俺が心配する必要ねぇな。っつか何で手前の心配なんかしなきゃいけねーんだ」

「知らないよ。シズちゃんが勝手に言ったんじゃん。臨也のこと守りたいー、とか言っちゃってさ!」

「うるせえ!ぶん殴るぞ、ノミ蟲!」

「こっわーい!」

いつものようにぎゃあぎゃあと騒いでいると、いつの間にかバス停に到着していたバスがクラクションを鳴らした。
上がり始めていた怒りのボルテージを無理矢理下げて、バスに乗り込む。

『いつもは新羅が一緒だから』

バスに揺られながら、俺は臨也の言葉を頭の中で繰り返した。
ちくり、と心臓を針でつついたような痛み。
この感情の名前が思い出せずに、俺は小さく舌打ちを漏らした。

明日、門田にでも聞いてみよう。





















20100528
長編って難しいな、と思いました。いつも終わり方が同じようになってしまう……!がんばろっちー!



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