それは、唐突過ぎる質問だった。最も、コイツの言うことは常に突拍子がなく、理解不能なのだが。
「ねえ、何でシズちゃんってサングラスしてんの?」
「……は?」
ドキ、とした。
俺の足の間に座り、上目遣いで見上げる臨也の顔が思ったよりも至近距離だったのと、何より触れられたくない部分を土足で踏み入れられたからだ。
「ねぇ、何で?まあ、外に居る時は分かるけどさ、家の中でもサングラスっておかしくない?」
「色々あんだよ。いちいち気にすんなよ、しかも今更」
臨也は納得のいかない顔で俺を見つめる。その紅い瞳で見られると何だか落ち着かない。思わずサングラスに手が伸びて、カチャ、と直した。照れくさかったり、居たたまれなかったりした時にサングラスをいじるのは俺の癖だ。
「じゃあ外してもいい?」
サングラスをいじる俺の手に、臨也の手が重なる。
「駄目だ」
きっぱりと言うと、臨也は不機嫌そうに、ああそう、とだけ言った。俺の足の間からするりと離れて行った臨也は、椅子の上で体育座りをしていた。俺に背を向けている為顔は見えないが、その背中からは哀愁が漂っていた。
やっちまったな。
いじけた臨也の機嫌を取り戻すのはなかなか根気がいる。つくづく面倒な奴だと思うけど、いじけた姿ですら可愛いと思ってしまう。
でもこのままではいけない。
「臨也」
臨也の正面に回り、なるべく優しく声を掛ける。臨也はちらりと俺の方に視線を向け、すぐに目を反らした。
前までの俺なら、確実にキレていた。
でも臨也を好きになってからは、こういう時に怒りより先に胸が苦しくなるようになった。
「……そりゃ俺だってこんな仕事だから言えないことも沢山あるけど……でも俺個人のことなら何だって話すつもりだよ?だから、何て言うか……俺はシズちゃんのこと、もっと知りたいんだよ」
俯きながらぽつりぽつりと溢す臨也の本音に、俺は胸が締め付けられた。
サングラスがなかったらヤバかった。
切れてしまうところだった。必死に繋ぎ止めている理性という名の糸が。
「臨也……俺の話聞いてくれるか?」
臨也がどう感じようがもうどうでもいい。
知って貰おうと思った。
臨也がこくりと頷いたのを確認し、俺は再び口を開く。
「外でサングラスかけてんのは、些細なことでキレないようにする為だ。俺、池袋で有名みたいでよ、たまに携帯で撮られたりすんだ。ムカつくよな。ムカつくけど、そんなんでキレてたらキリがねえしよ。サングラスはストッパー代わりなんだ」
「じゃあ家の中ではどうなの?俺を見るとムカつくからサングラスかけてるってわけ?」
言葉に刺はあるが、臨也の表情は不安にまみれている。俺は首を横に振り、臨也を包み込むように抱き締めながら話を続けた。
「違ぇよ。俺はな、手前が思ってるよりもずっと手前が好きなんだよ。臨也を見ると欲情する。大切にしたいのに、手前を滅茶苦茶にして、鳴かせて、俺だけしか見えなくなるようにしてぇとか思っちまう。外で会う時はまだ理性の方が勝ってるんだけどな、こう家で二人きりになるとムラムラするっつーか、直ぐにでも手出したくなる。でもさっきも言ったように俺は臨也が大切だから、そういうことは避けてぇんだ。だからやっぱりサングラスはストッパー代わりになってるってことだな」
「……俺って、愛されてるんだね」
「今頃気付いたのかよ」
腕の中にすっぽりと収まっている臨也の形のいい頭を撫でていると、臨也の手がサングラスにかけられた。
「あ、おい…!」
「でもやっぱり気に入らない。サングラスのレンズ越しにシズちゃんの目見たって何も面白くないよ。俺はシズちゃんの色んな顔が見たいのに」
それに、と臨也は言葉を続けた。
「俺が欲しいならそう言えばいいじゃない。……俺も、シズちゃんが欲しい」
くらり、と目眩がした。とうとうサングラスが外され、クリアになった視界で臨也を見る。……見てしまった。
そこに居る臨也は、サングラス越しに見るよりもずっと綺麗で、妖艶に微笑んでいた。
ああ、もう、我慢の限界だ。
ぷつりと理性の糸が切れる音を聞いた。
「臨也……っ」
「ん、シズちゃん、愛してるよ……」
するりと首に腕を回される。
キスをする前に見た臨也の瞳もまた、欲に揺らいでいた。
20100330
臨也にムラムラするシズちゃんにわたしがムラムラする。