(臨也視点)
盗み聞きなんてするもんじゃないな、と思った。
シズちゃんが体調を崩して可哀想だからと、俺はラブワゴンに乗り込む前に様子を見に行った。
看病してやろうとか、そんなことは考えていない。テーブルを軽々しく持ち上げる程の男が風邪ごときに寝込んでいる姿を一目見て、からかってやるつもりだった。
だから、田中さんが俺より先にシズちゃんの部屋に来ていたことも何とも思ってない。
手に持っている飲料水も、濡れたタオルも、断じてシズちゃんの為に用意したんじゃないんだから。
「俺、リタイアしようと思ってます」
熱のせいか、昨日より掠れた声で紡がれた言葉。
リタイア、という響きにドキッとした。
俺はまだここに来たばかりだし、リタイアと言われてもピンと来ない。
(……そっか、シズちゃんリタイアするんだ。折角面白そうな奴が居ると思ったのにつまんない)
俺は踵を返し、飲料水とタオルをゴミ箱に捨ててからラブワゴンに向かった。
「静雄はどうだった?」
ワゴンに乗り込み、三人掛けの後ろの席に座る。左の窓際にドタチン、真ん中に新羅が座っている。ドタチンもシズちゃんの様子が気になるのか、視線は外に向けられているけど耳はこちらに傾けていることが何となく分かった。
「まあ、思ったより元気そうだったよ。俺が行った時はもう田中さんが看病してたし」
「なら心配はいらないね。あの人は静雄の一番の理解者なんだよ。何より静雄の扱い方を知っている貴重な人間だ」
「へえ、そうなの」
それ以上話を広げる気はなかった。
だから適当に相槌を打ち、流れる景色を眺めた。
つまらない。
つまらない。
面白くない。
何が面白くないのか、自分でもよく分からなかった。
(あいつ、風邪で死ねばいいのに)
ワゴンの窓の淵に頬杖をつきながら、ここには居ない金髪に悪態を吐いた。
◆
夕刻。
ワゴンを降りて宿に戻る。夕食の席にシズちゃんの姿はなかった。
「静雄さん、まだ具合悪いのかな……」
「早く良くなるといいんですけど」
「杏里は優しいなー!俺が風邪を引いた時には是非ナース服で看病して欲しいね。まあそんなことされたら更に熱が上がることは分かってるんだけどねー!」
向かいの席に座る帝人君達は一日中こんな感じで元気過ぎる程だ。それにしてもシズちゃんはメンバーに慕われているらしい。
(今ここで、シズちゃんのリタイアのことを言ったらどうなるだろうな)
恐らくリタイアのことを知っているのは俺と田中さんだけだ。皆の驚く顔が容易に想像出来て、可笑しくなった。
「ねえ、新羅」
「ん?何だい?」
「シズちゃんのことなんだけどさ、」
そこまで言って、言葉に詰まった。
俺、リタイアしようと思ってます
頭に蘇る、掠れた声、決心したような、強い声。
「……やっぱり、何でもない。忘れていいよ」
不思議そうに首を傾げる新羅を無視して、俺は夕食を咀嚼し続けた。
現状を引っ掻き回すネタを持っているのにも関わらず、それを利用しないなんて。
自分の中の何かが変わっていくのを感じた。
20100424
ゆまっちと狩沢さんが、空気ですね!出番はきっとあるよ!