誰にだって一つは弱点があるものだ。
俺の弱点をシズちゃんに知られたのは、学生時代。
体育の授業の為に体育着に着替えていた時だった。いつもなら国語の時間の四時限目。その日は授業変更で体育がコマ割りに入っていた。
完璧に、油断していた。
俺には“それ”があることが当たり前で、身体の一部だったから、その存在を忘れていたのだ。
体育着に着替えていたら、隣から視線を感じた。その視線は、決して仲がいいとは言えない隣の席の平和島静雄、彼のもので、俺の腹部辺りに注がれていた。

「何?」

「何って手前、なんだそりゃ」

「は?何のこ、と…………あっ!」

彼の視線を辿って、俺は初めて失態に気がついた。
つけたままだったのだ。
腹巻きを。

そう、俺の弱点とは胃腸が弱いことであった。幼い頃から腹痛をよく起こしていて、腹巻きが手離せない身体になってしまった。普段なら、体育の日は前の休み時間に腹巻きを取ってから着替えるのだが、今日はいつもと違う時間割で忘れていた。

俺が小さく悲鳴を上げたからだろう。周囲の視線が一気に俺へと向けられる。

「臨也、そんな可愛らしい腹巻きして、どうしたんだい?お腹が弱いなら僕が調合した薬をあげるのに」

「…………うるさいよ、新羅」

お陰で新羅には散々からかわれ、新羅以外の人間は口には出さないものの、陰でコソコソと笑っていた。

「シズちゃんの馬鹿!」

人間を観察するのは好きだが、観察されるのは気分が悪い。俺は腹巻きを外して乱暴に鞄に突っ込んだ。

「あ?手前がンな恰好で学校来るからだろうが!馬鹿か」

「仕方ないでしょ、お腹弱いんだから!シズちゃんみたいな殺しても死なないような頑丈で単純な身体じゃないんだよ、俺は」

シズちゃんの拳がぴくりと反応した。

――あ、キレるかも。

面倒なことにならない内にと逃げようとした瞬間、キリリ、と腹部に痛みを感じた。
もう慣れてしまった腹痛だけど、それでも痛いことには変わりない。外からの攻撃なら打たれ強い方なのに、内側からの攻撃なんて、卑怯だ。鈍い痛みに思わずその場にしゃがみこんでしまう。

「おい、臨也?どうした」

「…いたた……」

「腹、痛いのか」

「……、シズちゃんの、せいだからね、俺、もう腹巻きつけて学校来れないよ、腹巻きがないと、すぐにお腹が冷えちゃうのに……。ねえ、責任取ってくれないかな」「責任って……っつか俺は別に馬鹿にした訳じゃねえ」

シズちゃんの顔から怒りは消えていた。その代わりに、優しく俺の腹部を撫でてくれる。教室はいつの間にかガラン、としていた。皆、グラウンドに移動してしまったのだろう。

「なに……気持ち悪いんだけど」

腹部を這う指が酷く優しくて、擽ったくて、シズちゃんらしくなくて。

「いいから。大人しくしとけよ。暖めてんだから」

「それがシズちゃんの責任の取り方?ほんっと単細胞で出来てんだから」

「ンだと?人が折角……」

「うん、でもありがとう。大分良くなったよ」

腹痛が和らいだのは事実だ。その日から俺は腹巻きを卒業して、その代わりにシズちゃんの大きな手の平にお世話になることになった。





「臨也」

仕事で外に出る準備をしていると、名を呼ばれた。声の主はシズちゃん。寝起きのせいか少しだけ声が掠れている。

「おはよ、シズちゃん。まだ寝てていいのに」

「いや、手前は目離すと直ぐに薄着すっから心配なんだよ」

直ぐ腹壊すくせに、とたしなめるように言いながら、シズちゃんはだらしなく出た俺のシャツをズボンの中に入れる。端から見れば親が子供に服を着させているような光景で、かなり間抜けだ。
シズちゃんの手によってズボンの中に収まったシャツ。いつからか、これが俺のスタイルとなってしまった。

お陰でお腹の調子はかなり、いい。

























20100330


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