※死ネタ注意




しとしと。漫画ならそんな効果音がつきそうな静かな雨。いつもならぽつぽつと傘を叩く雨粒に憂鬱になっているところだが、今日に限っては気にならなかった。雨のせいで足取り軽く、とは言えないが、気分的にはそのくらいの気持ちで歩を進める。
仕事を終えた後、静雄は上司のトムに呑みにいかないかと誘われたがそれを丁重に断り、真っ直ぐ帰路に就いた。数年前の静雄なら、トムの誘いに乗っていただろう。20代半ばの男が誕生日に一人で過ごすなんて虚しく感じるだけだ。しかし今の静雄には臨也という恋人が居る。静雄も臨也もイベント事にこだわる方ではないのだが、どちらが誘うでもなく、自然と毎年誕生日を共に過ごすようになっていた。
今年は静雄の家で誕生日を祝う予定で、臨也も仕事が終わり次第向かうことになっている。
帰宅してもクラッカーが鳴るわけでもなく、誕生日パーティー用に部屋が飾られているわけでもない。
しかし静雄にとってはそんなことはどうでも良く、ただ誕生日に臨也と過ごせればそれでいい、と思っていた。

臨也が来る前に部屋暖めておかねえとな。この雨で身体を冷やしながら自分のアパートを訪れる臨也を頭の中で思い浮かべていたが、アパートが目に入ったところであることに気が付いた。

「俺、電気消し忘れちまったんだっけか……?」

静雄の部屋から電気の灯りが窓から漏れているのが見えたのだ。一瞬臨也が先に合鍵を使って家に入ったのかとも思ったが、臨也から聞かされている仕事の終わる時間は21時だ。携帯で時計を確認すると19時を過ぎた頃だった。
電気の消し忘れだったら電気代勿体ねえな、と自分の不注意を叱咤しつつ、傘を閉じて玄関の鍵を開ける。静雄が扉を開ける前に、玄関の戸が自動ドアのように勝手に開いた。

「あ、やっぱりシズちゃんだ。足音で分かったよ。おかえり、シズちゃん」

静雄を出迎えたのは、まだ仕事をしている筈の臨也だ。

「ただいま……、っつか手前、仕事は?」

予想外の展開に、驚いたのと嬉しいのと半分ずつくらいの気持ちを以て静雄は臨也に問いかけた。

「……驚いた?シズちゃんを驚かせようと思ってさ、仕事あるふりしたんだよね」

そう告げた臨也の表情は、いつもの悪巧みを考えている笑いではなく、子供が無邪気に笑っているようにあどけない。静雄もそれに納得して、それ以上は詮索しなかった。

「ほら、寒かったでしょ?炬燵も暖めておいたから先に座ってて?ケーキ、食べるよね?」
「ん、食う。ありがとな」

臨也に促され、靴を脱いでいる途中、静雄はふと違和感を覚えた。

「……?」

前触れなく訪れた妙な違和感。頭の片隅で何かが引っ掛かっているような感覚。突然、本当に突然、何かがおかしいと静雄は本能で感じ取った。
玄関先で首を捻っていた静雄だが、霧のようなモヤモヤの原因は案外直ぐに分かった。

「飾り付けもしたのか?何か餓鬼の頃の誕生日会思い出すな」
「ふふっ、綺麗だろう?まあ輪っかの飾りは波江さんに手伝って貰ったりしたんだけどね」

違和感の元は住み慣れた部屋が装飾されていたからだ。静雄の言葉通り、まるで幼稚園の誕生日会を思い出させる飾り付けが施されている。
古びたアパートの部屋に不釣り合いな装飾。多少落ち着かないながらも、静雄は暖められた炬燵に脚を入れた。



「改めて、誕生日おめでとう、シズちゃん!」
「……おう」

こうしてホールのケーキに蝋燭を刺して誕生日を祝ったのはいつぶりだろうか、と静雄は目の前のケーキを見つめながら考える。
家族に誕生日を祝って貰ってた頃も勿論あるが、わざわざ蝋燭を歳の数分刺したり、バースデーソングを歌って貰ったり、蝋燭の火を一思いに消したりしたのは随分久しぶりのことだった。
照れくさい気持ちもあるが、それ以上に嬉しい。

「シズちゃんの大好きな苺のケーキにしたから、たくさん食べてね。デザートにプリンもあるよ?」
「いや、ケーキは主食じゃねえだろ。ケーキもプリンもデザートだっつの」
「ははっ、いいツッコミだねえ。……プリンとケーキで迷ったんだけどさ、やっぱりケーキにしちゃった。誕生日ケーキって、その日の為に特別に作られたものだろう?この数の蝋燭をケーキに刺すことが出来るのは、今日だけなんだよ」

蝋燭を一本ずつ抜きながら言葉を紡ぐ臨也はどこか憂いを帯びているようだった。しかし、臨也が何を思って誕生日ケーキについて話したのかは静雄には分からなかった。

「まあ、俺はケーキもプリンも好きだけどよ」
「あははっ、シズちゃんらしい」
「うるせえ。手前がまどろっこしいんだよ。早く食うぞ」
「はいはい、じゃあこれシズちゃんの分ね」
「……っ!?冷たっ、手前、なんだその手!」

臨也がケーキを切り分け、その皿を受け取る際、二人の手が触れ合った。その時、臨也の手が尋常じゃないほど冷たいことに気が付いたのだ。
臨也は冷え性ではあったが、それにしてもずっと暖かい部屋に居た人間の体温ではない。何時間も雨に打たれていたような冷たさだった。

「あー……、ごめんね。今日寒いから、なかなか暖まらなくて。炬燵に入ってれば次期に暖まるよ。ほら、ケーキ食べたかったんでしょ?」

軽くあしらわれ、納得のいかない静雄だったが、一口ケーキを口に含めば直ぐに頬を緩ませた。

「やっぱ甘いもんはいいな。美味ぇ」

生クリームは蕩けるように甘く、スポンジはふわふわで静雄の好みにぴったりはまっている。

「そう?良かった。作った甲斐があったよ」

ほ、と安堵したような笑みを浮かべる臨也に対し、静雄はケーキを食べていた手の動きを止めて目を丸くした。

「これ、臨也が作ったのか?」
「うん、そうだけど?あ、勘違いしないでよね?気が向いただけ。俺って結構何でもそつなくこなすタイプだろう?このくらい朝飯前だよ。練習とか全然してないから」

臨也はいつも以上に虚勢を張っていたが、素直とは言えないその態度にさえ静雄は愛しさを感じていた。

「そう、だったのか、……なんつーかよ……、ありがとな。ケーキまで手作りだと思わなかった。……すげえ、うれしい」
「な、何だよ、そんな畏まって……!」
「手前も今日くらいは素直になれよ。なあ、臨也……」

静雄の低い声が臨也の鼓膜を揺らす。

「臨也……何でここまでしてくれたんだ?」
「……っ、分かるだろう……!」
「分かるけど、手前の口から聞きてえ」

静雄の指が臨也の冷たい唇をなぞれば、臨也の頬は微かに朱に染まり始め、たちまちケーキのように甘い空気が二人を包み込んだ。

「特別な日だからだよ……。シズちゃんの誕生日が、特別だから。君が生まれたこの日を、祝いたかったんだ、一緒に……。俺は、シズちゃんが生まれてきてくれたことに、感謝してるんだよ……」

臨也は躊躇いながらも、先ほどとは一変して素直な気持ちを言葉にして紡いだ。

「あー、くそ、……、たまんねえ……」

臨也の言葉を聞き、更に感情が昂り耐えきれなくなった静雄は、テーブルから身を乗り出して臨也に口付けを送ろうとした。

しかし二人が口付けを交わすことは叶わなかった。
空気を変えたのは、臨也でもなく、静雄でもない。
テレビのアナウンサーの声だ。
静雄が身を乗り出した時に手をついた場所がテレビのリモコン――それも電源ボタンの上だったのだ。当然ながらテレビの電源は入り、二人しか居ない筈の部屋に第三者の声が響き渡った。アナウンサーは今日あったニュースを読み上げている真っ最中であり、その声はまっすぐと静雄の耳へと入っていった。

『今日、新宿の交差点で事故がありました。トラックと乗用車が衝突し、双方の運転手――さんと、――さんが重傷、交差点を渡っていた通行人も数名が軽傷を負い、その内折原臨也さんは重傷を負い病院に運ばれましたが間もなく死亡が確認されました。警察はこの事故の原因について調べています。』

アナウンサーは次のニュースを読み上げ始めたが、静雄の頭の中では“折原臨也の死亡”という言葉がぐるぐると回っている。他のニュースなどもう耳に入らなかった。

「どういう、こと、だ……、臨也……」

皮肉にも静雄の頭はこんな状況だからこそ冷静になっており、やっとあの時感じた違和感の本当の原因を知った。
静雄が玄関で感じた違和感。臨也は部屋に上がっていたのに、ある筈の臨也の靴が見当たらなかったのだ。
臨也の身体が異様に冷たかったのも、何より部屋を飾り付けたりケーキを作ってくれたり誕生日を例年以上に大切に祝ってくれたのも、全て臨也が死んでいたから。

「ごめんね、シズちゃん……。言わないつもりだったけど、どっちにしろ時間みたいだ。……来年も、祝ってあげたかったな……、シズちゃんの、誕生日」



ざあざあ。
臨也の身体が透け始め、臨也の向こう側にある窓ガラスが視界に入る。静かに降っていたはずの雨が、いつの間にか強く降っているのが分かった。









20120128


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