事後注意
「……臨也」
カーテンの隙間から射し込む朝日と、耳元で低く響いた愛しい声で自然と瞼が開いた。
目の前には薄っぺらいけれど逞しい胸板。そしてすぐ上には金髪。
顔を上げると、シズちゃんが優しく頭を撫でてくれた。
「悪い。起こしちまったか?」
「ん、平気。おはよう、シズちゃん」
「ああ、はよ」
「眠れなかったの?」
「いや、俺も今目が覚めたとこだ」
「そう」
身体から伝わるシズちゃんの体温が心地好い。目は覚めたが、起き上がって行動を開始する気はしない。
シズちゃんと過ごした初めての夜の後の、初めての朝。もうちょっとシズちゃんとこうしていたい。
第一、身体が動かない。特に腰が酷かった。重りを乗せたようにズキズキと痛む。
「身体大丈夫か?」
「ははっ、腰も喉も痛いし、最悪」
「……悪い」
「ほんと、シズちゃんはがっつき過ぎ。獣みたいだったよ?ちょっとは俺の身体を気遣うとかなかったのかな」
大袈裟に言うと、シズちゃんは顔を歪ませた。まるで子供が親に叱られた時のような表情。もしシズちゃんに犬の耳がついていたら、しゅん、と垂れ下がっていたことだろう。
大きな身体に似合わないその態度に、俺は思わず吹き出してしまった。
「んだよ?」
シズちゃんは決まり悪そうに小首を傾げる。
「ううん。シズちゃんって可愛いなあって思ってさ。大丈夫だよ。本当は獣みたいなセックス嫌いじゃないかもしれない。シズちゃんに抱かれてるって全身で感じられたもん」
「臨也……」
至近距離で暫く見つめ合って、不意にふに、と押し付けられた唇は、少しだけかさついていた。触れるだけのキスの後、唇を離してそのまますりすりとシズちゃんに頬擦りをする。
「……ん?」
その時、頬に微かな痛みを感じた。例えるなら、紙やすりに触れた時のような。
「臨也、どうした?」
「あ!シズちゃん!」
「うるせぇな、急に大声出すな」
シズちゃんの掌が俺の口を塞ぐが、俺はその手をどかしてシズちゃんの“ソレ”に触れながら呟いた。
「……シズちゃん、髭が生えてる」
驚いた。
普段のシズちゃんは髭なんて見当たらないから。
「そりゃ生えるだろ。男なんだからよ。手前だって……」
シズちゃんが俺の顔を撫でる。
そして、意地悪く笑みを浮かべた。
「シズちゃん、何も言わないでいいからね」
「臨也くんは男なのに髭生えないんだなあ?」
「言わないでいい!」
「そうかそうか。手前、下の毛も心なしか薄かったしな」
「……最悪」
本気で怒った訳じゃないけど、人が気にしていることを……。
ごろん、と寝返りを打ってシズちゃんに背を向けた。しかし直ぐにシズちゃんの手が追い掛けてきて、ぎゅう、と抱き締められる。
「別にいいじゃねぇか。触り心地いいし、俺は好きだけどな」
「……」
「臨也、こっち向けよ。からかったこと怒ってんのか?」
「んー、半分正解で、半分ハズレ」
何でもないように答えるけれど、さっきから心臓がうるさくて仕方ない。俺の心拍数は上がるばっかりで、そろそろ壊れてしまいそうだ。
シズちゃんはドキドキしてないのかな。
何となく、自分だけこんな状態になっているのが気に食わなくて、シズちゃんの胸板に再び顔を埋めた。
「で?残り半分の理由はなんだよ?」
「えー?それ言わせる?シズちゃんってばキチクー」
「意味が分かんねえよ」
「うん、そうだな……シズちゃんの男の部分を見て、ちょっとときめいちゃったって言うのかな。シズちゃんって馬鹿力だけど細身だし、色も白いし、でもやっぱり男だったんだなって。つまり、初めて見た朝のシズちゃんもかっこいいなってこと……」
だから今シズちゃんの顔見ると心臓がおかしくなりそう、と付け加えると、シズちゃんの身体がぴくりと震えた。
胸板に押し付けていた俺の耳に、シズちゃんの鼓動が伝わってくる。ドクン、ドクン、と、心臓が音を立てている。
「手前、それわざとか……?」
「何……、んンっ」
顎を捕らえられ、再び唇が重なる。さっきのキスよりもずっとずっと深くて、激しいもの。
「朝から煽りやがって……また無理させちまうだろうが」
ゾクリ、と。ギラギラと光る瞳に見つめられ、俺は背筋が震えるのを感じた。シズちゃんの顔は、すっかり“雄”のものになっていた。
(多分、俺も、同じような瞳をしている)
20100407
髭、大変萌える。陰毛、大変萌える。