(皆が臨也の誕生日を祝う話の中編です)




電車が池袋駅のホームに滑り込み、俺は六本の薔薇を抱えたまま電車を降りた。祝日の池袋はいつも以上の人混みで、人が多すぎるせいか薔薇を持っている男にわざわざ目を向ける人間もあまり居ない。
しかし中にはこの人混みの波で俺の姿を見つける人間も居た。

「臨也さん!」

改札を抜けて東口の出口に向かって歩いている途中、少し高めの男の声で名前を呼ばれて後ろを振り向く。

「やあ、帝人くん。紀田くんに、杏里ちゃんも」

来良の三人組だ。GWということで、いつも見慣れた制服姿ではなく三人共私服だった。そしてラフな私服に似合わない薔薇の花を皆一本ずつ持っている。

「臨也さんが誕生日と聞いて用意したんです。これ、貰ってください」
「……俺も、一応用意したんで」
「私のも、どうぞ……」

帝人くん、紀田くん、杏里ちゃんから差し出された薔薇を受け取った。紀田くんはいかにもやらされているという雰囲気が滲み出ていていっそ見ていて面白い。

「ははっ、紀田くんに誕生日を祝って貰えるなんて、予想外だったな」
「祝う気があったかどうかはご想像にお任せしますよ。ああ、でもアンタの驚いた顔が見られたのは良かったかも」
「正臣!」

紀田くんの敵意剥き出しの言葉に帝人くんが止めに入るが、紀田くんは険しい表情から一変して困ったように笑った。

「分かってるって、帝人。今日は臨也さんにとって特別な日なんすよね。俺も今日だけは何もかも忘れますよ。まあ、薔薇っていうのはちょっとアレっすけど。だって薔薇は杏里みたいにキュートでビューティな女の子達にあげる為に……」
「はいはい。じゃあ臨也さん、僕達はこれで」
「ちょっ、帝人!俺の話はまだ続きが!」
「わざわざありがとね。君たちの誕生日には俺もサプライズを用意しておくよ」

三人の背中を見送り、俺も再び歩を進めた。
帝人くん達に貰った分も合わさり、俺の持っている薔薇は小さな花束のようになっている。
それを眺めていると、自然と笑みが零れてしまう。まさか俺を嫌悪している紀田くんからも祝って貰えるとは思わなかった。少しだけ、本当に少しだけ、俺とあの子の間にあった蟠りが溶けた気がする。
足取りも軽くシズちゃんとの待ち合わせ場所に向かっていると、背後から怪しげな会話が聞こえてきた。

「黒い服に黒い髪、細身で身長約175センチと見られる男性。今日のターゲットを確認しました。突撃しますか?」
「いや、突撃って……普通に話しかけりゃいいだろ」
「普通とは具体的にどのように?普通が理解不能です。見本を要求します」
「いやいやそんな難しいことじゃねーべ?」

妙な日本語を話す女性の言葉からして、どうやらターゲットとは俺のことのようだ。
不審に思い背後を振り返る。

「あれ……?」

俺の後ろに居たのはドレッドヘアの男と金髪で外国人らしき女。この二人には見覚えがあった。

「……田中さんですよね?シズちゃんの上司の」
「あ、バレちまったか」
「バレた?緊急事態の発生と判断しました。任務は失敗ですか?」
「任務?」
「あー、折原、こいつのことは気にしなくていいから。ヴァローナも、これは任務じゃなくてアイツの協力な」
「ふふ、任務って俺にその薔薇を渡すことですか?」

例の如く、二人の手には一輪の薔薇。田中さんの持っているそれを指差しながら問い掛けると、田中さんは困ったように笑った。

「流石、情報屋だけあって察しがいいな。まあ、詳しいことはまた後でアイツから聞くと思うが、とりあえず俺達はこれを渡してやってくれって言われてるもんでな。貰ってくれや。……誕生日、おめでとさん」
「生誕御祝い申し上げます」

二人から薔薇を受け取り、何とも言えない気持ちになった。俺と深い関係があるわけではないのに、誕生日を祝って貰うなんて何だかおかしな話だ。

「やっぱりシズちゃんに頼まれたんですよね、これ」

質問、というよりは確認に近い言い方で田中さんに問い掛ける。彼は、そうだなぁ、と少し迷ってから俺に応えてくれた。

「アンタの予想が当たりにしろ外れにしろ、俺はこの計画に協力してやっただけさ。自分の誕生日のようにアンタの誕生日を楽しみにしてたよ、アイツは。俺はそんなアイツの気持ちが伝わったから、協力したんだ。アイツにとってはさ、折原は初めて出来た恋人なんよ。……俺から言うのもおかしな話だが、アイツと末永く幸せにやってくんねーか」
「私からも要求します。先輩、貴方のことを口に出す時、幸福そうに笑います。私も恋愛感情とは異なりますが、笑った先輩は素敵だと判断。可能ならばその幸福を未来永劫継続して欲しいと願望しているのです」

二人の話を聞いて、取り立て屋は皆こうなのだろうか、と思った。少なくとも俺の知っている取り立て屋は、素直で、嘘が下手くそで、思い遣りのある人間ばかりだ。

「あははっ、ほとんど答えのようなものじゃないですか」
「え、あ、ヤベ……」

笑みを浮かべている俺とは対照的に、田中さんは自分の失態に悔やんでいるようで眉根を下げて頭を掻いていた。

「シズちゃんが田中さんになついているの、よく分かる気がします」

人が良くて、後輩思いで、芯も通っている。

「安心して下さい。俺もシズちゃんのこと、離す気ないですから」
「そうか、ならいいんだ。……あ、時間、大丈夫か?静雄と待ち合わせしてんだろ?」

ふと時計を見ると、待ち合わせ時間の5分前だった。

「本当だ、そろそろ行かなきゃ。じゃあ、俺はこれで。薔薇、ありがとうございました」
「おう、静雄によろしくな」

軽く頭を下げて、その場を後にした。
それにしてもシズちゃんが俺達の関係のこと上司にも後輩にも話してたなんて知らなかった。
少し恥ずかしいけど、嬉しい。
周りに隠れて会瀬を楽しむよりも、周りに公認されて堂々とシズちゃんと付き合っていきたいから。それに、隠れてこそこそするのはシズちゃんは得意じゃないしね。
でもそんな隠し事が苦手なシズちゃんが、今日の為に俺に内緒で前々から計画を立ててくれていた。
その事実だけで、もう立派な誕生日プレゼントだ。


そう思った途端愛しさが込み上げ、きゅう、と胸が締め付けられた。
早くシズちゃんに会いたい。会ってありがとうと言いたい。


「あれ、シズちゃんまだ来てないや」

待ち合わせ時間が迫っていたものだから小走りで待ち合わせ場所に向かったが、シズちゃんの姿は見当たらなかった。携帯を開き、連絡が来ていないか確認する。シズちゃんからのメールは入っていなかった。シズちゃんは遅刻する時は必ず連絡をくれるタイプだし、連絡がないということはシズちゃんももうすぐ来る筈だ。

人が行き交う様子を眺めていると、後ろからポンポン、と肩を叩かれた。それも両肩同時に。

「シズちゃん?」
「残念、静雄くんじゃないよ」
「よぉ、臨也」
「新羅、ドタチンも……!」

俺の肩を叩いたのは薔薇を持った新羅とドタチンだった。

「誕生日は満喫しているかい?」
「恋人想いのグラサンバーテン服のおかげで、ね」
「……気付いたのか」

ドタチンの言葉に応えて肩を竦めてみせる。

「気付くも何も、こんな分かりやすい計画立てるのシズちゃんくらいしか居ないじゃないか。サプライズするならネタバレするまで気付かれないようにしなきゃ」
「とか言いながら嬉しいんだよね、臨也は」
「新羅、うっさい!」

図星を突かれて居たたまれなくなりそっぽを向いていると、ポスっ、と胸元に薔薇の花を押し付けられた。

「サプライズはもう見抜かれているようだけど、受け取ってくれるよね?」

新羅もドタチンも、シズちゃんが用意してくれたシナリオ通りに行動しているだけかもしれない。少しだけそう疑ったが、二人の表情に嘘はなかった。それなら、俺も素直に受け取るべきだろう。

「改めて、誕生日おめでとう、臨也」
「おめでとう」
「……ありがとう」

ドタチンからは一輪、新羅から二輪の薔薇を受け取る。

「何で新羅は二本も?」
「ああ、もう一輪はセルティからだよ。今日、急な仕事が入ったから渡してくれって言われたんだ。本当、セルティって寛仁大度で女神のようだよね!」
「へえ……、黒バイクが……。そう、じゃあ一応ありがとうって伝えて貰える?」
「分かった、伝えておくよ。これに感謝して、セルティに危ない仕事を依頼しないようにしてよ」
「ははっ、それとこれは別……、っと、メールだ」

ポケットに入れていた携帯が震えていることに気付き、携帯を取り出す。

「静雄からか?」
「多分そうかも」
「じゃあ僕らはそろそろ失礼するよ」
「……ドタチン、新羅、今日はありがとうね」

礼を言って二人の背中を見送り、携帯のメールを確認をする前にふと二人に渡された薔薇に視線を移した。そういえば、と俺は気付く。学生の頃は誰かの誕生日を祝ったことも祝って貰ったこともなかった。それが20代も半ばになって初めて同窓生に誕生日を祝って貰い、今更になって気恥ずかしさが込み上げてくる。
赤く染まっているだろう頬と耳を隠す為にフードを被ったが、後ろからクイッとフードを引っ張られた。

「待たせたな、お姫様」




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