(津軽×声の出ないサイケ)





今日、俺は誕生日らしい。誕生日というのはこの世に生まれてきたことを祝う日のことだと、臨也が教えてくれた。実際、俺の場合は生まれたというより作られたという方が正しいけれど、どちらにせよ俺がこの世に存在していることを肯定されているようで嬉しく思う。

「おめでとう、津軽。今日は手前が生まれためでてぇ日だ。プリンたくさん食っていいからな?」
「津軽、誕生日おめでとう。君はシズちゃんと外見は似てるけど、中身はシズちゃんと似なくて良かったと心底思っているよ。サイケの面倒も見てくれるし、感謝してる」
「手前、それどういう意味だよ!俺に似てたら何か困ることでもあんのか?」
「シズちゃんみたいな筋肉馬鹿がこの世に二人も居たら世界が終わっちゃうよ。世界中の人々が困るじゃない」
「んだと、臨也!犯す!」

祝いの言葉を貰って礼を言う前に静雄と臨也はいつものように喧嘩(という名のじゃれあい)を始めた。とりあえずプリンは頂いていいらしい。テーブルに置いてあるプリンを手にとり、隣で静雄と臨也のじゃれあいを楽しげに見ているサイケに差し出した。

「サイケも食うか?」

俺の言葉が耳に入ると、サイケは視線をこちらに向けて花が咲いたように満面の笑みを浮かべながらこくこくと頷いた。
瞼を閉じて薄く唇を開いているサイケを見て、俺も笑みが零れる。食べさせてくれ、と言っているのだ。

「サイケ、あーん」

スプーンでプリンを一口掬い、サイケの口元に持っていく。ぱくん、と美味しそうにプリンを頬張るサイケを見てから、俺もプリンを口に含む。カラメルとカスタードの絶妙な甘さが舌の上に広がる。

「美味いな、サイケ」

プリンを片手にサイケの頭を撫でながら言うと、サイケはにこっと笑って応えた。
俺がどんなに話しかけても、サイケは「うん」の一言も発することが出来ない。その代わり、表情は豊かだし、首を縦に振るか横に振るかで自己主張だってする。
サイケは俺と出会った時にはもう既に声が出なくなっていた。臨也も静雄もサイケの声は聞いたことがない。
サイケには前の持ち主が居た。恐らくその持ち主がサイケを棄てて、何の因果か自分に外見がそっくりなサイケを臨也が見つけて拾ってきたのだ。その時のサイケは酷かったらしい。身体はボロボロで、部屋の隅で身を小さくしながらずっと震えていたと聞いている。
臨也は知り合いの医者(名前はシンラ、と言っていた気がする)にサイケを診て貰い、多分何らかのトラウマがあるんだろう、と診断されたらしい。身体の痣や傷から、虐待をされていたということは分かっていたし、それが原因で声も出せなくなったんじゃないかと臨也は仮説を立てた。


「サイケ、部屋移るか?そろそろ臨也達の行為がエスカレートしてくる頃だからな」

臨也と静雄は未だ喧嘩をし続けているが、放っておけば勝手に仲直りをする。エスカレート、というのは仲直りした後の行為を指して言った言葉だ。
臨也も静雄も、仲直りした後に所構わず盛る癖は直した方がいいと思う。

呆れながらも笑いながら言う俺を見つめて、サイケはふふっと服の袖を口元に当てて笑った。サイケは賑やかな空気が好きみたいで、こういう時は本当に楽しげだ。
声は相変わらず出ないけれど、サイケはよく笑うようになった。声を聞いてみたい、と思ったことがないと言ったら嘘になる。でもサイケが笑っていれば俺はそれで十分だ。

「プリンも持っていこうな。あっちの部屋で食べよう」

こくりと頷くサイケの頭を一撫でして、俺達は部屋を移動した。





ベッドに腰掛け、いつものようにサイケを膝上に乗せる。向かい合わせに座らせるとサイケは恥ずかしがって嫌々と首を振るので、いつものように背面で座らせた。リビングから持ってきたプリンをスプーンで掬っていると、サイケが急にもぞもぞと動き始めて俺と向かい合わせになるように座ったかと思いきやぎゅうっと抱き着いてきた。

「……サイケ?どうした?」

電気スタンドを置いている棚の上にプリンを置き、サイケを抱き締め返しながら瞳を覗き込む。
サイケは戸惑いがちに視線を泳がせ、何か悩んでいるようだった。ふるふると小刻みに震える身体は緊張と不安を表しているようにも見える。様子が少しおかしいサイケを見兼ねて背を撫でてやると、サイケはほう、と息を吐き身体を弛緩させた。
顔を上げたサイケと視線が合い、その瞬間俺は悟った。強く見据えられた視線は固い決意が秘められているようで、ぱくぱくと開閉するサイケの唇が、彼が今何を決意したのかを物語っている。

「サイケ……、何か言いたいことがあるのか?」

サイケにとって言葉を発するということは昔を思い出すきっかけになり得るし、苦痛にしかならない。そう思っていたからこそ、今まで声を出すことを強要してこなかった。
辺りを見渡し、いつも使っているPDAを探していると、両頬にサイケの手が添えられ、ぐいっと顔の向きを変えられた。

「サイケ、無理しなくていい。言いたいことがあるならPDAで……」
「……メ゛、……ゥ」

小さく紡がれた声は聞き取れなかったが、震える唇で初めてサイケは言葉を発した。ひゅ、と酸素を吸う音が聞こえ、更にサイケは口を開く。
俺の鼓膜を揺らしたサイケの言葉は、


「……オ゛、め、……デ、……と、ゥ」


おめでとう、の五文字だった。

途切れ途切れに紡がれ、決して綺麗な声とは言えない、だけど誰よりも心に響く声で、サイケは俺の誕生日を祝ってくれた。
何事にも置き換えられない嬉しさと、胸が締め付けられるような愛しさを感じ、ふと目頭が熱くなった。

「サイケ、ありがとう……、ありがとな……、すごく、嬉しい……。サイケの声は、すごいな、アンドロイドの俺に、涙を流させるなんて、な……」

意思とは関係なしに頬を伝う涙。泣くのは初めてのことだった。アンドロイドが泣けるものだということも知らなかった。俺が泣いていることにサイケも驚いたようで、一生懸命俺の腹を擦ってくれている。

「ははっ、サイケ、腹が痛くて泣いてるんじゃないんだ。……嬉しくて、泣いてるんだよ」

小首を傾げるサイケに思わず笑みが零れ、思いきり抱き締めた。

「好きだ、サイケ……」

今まで通り声が出なくても構わない、でも、もしまたサイケの声が聞けたなら。
俺の溢れてしまいそうなこの気持ちに、「俺も同じ気持ちだよ」と応えてくれたなら。
少しの欲と願望を携え、俺はサイケに口付けた。
自らの声を分け与えるように。
































20110501
今更すぎる津軽の誕生日話でした!津軽、おめでとう!



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