DVD派生キャラの、月島静雄×八面六臂臨也







ガタン、ガタン、と電車が揺れる。外はもう真っ暗で、窓の外を流れていく街はネオンの光が溢れていた。車内の席はぽつぽつと空いているが、敢えて席には座らずドアの傍に立つことにした。
景色を眺めるふりをして、窓に映っている恋人の姿を見つめる。俺の恋人は何て綺麗なんだろう。こんな人とデートをしていたなんてまだ夢を見ているようだ。この人の傍に居ると、一日中歩き回って疲れていた筈の足もへっちゃらになる。そう思ってはいても、肉体的にはきつかったんだろう。無意識に足首の運動をして痛みを和らげていた。

「疲れたなら座ればいいのに」

俺に背を向けているのにも関わらず、俺の行動は見透かされていたらしい。外を眺めていた六臂さんがくるりとこちらに向き直りぴしゃりと言い放った。

「あ、いや……、俺は疲れてないっす」
「嘘つき」
「本当です!」

精神的に疲れていないのは本当だ。六臂さんに誤解されたくなくて少し声が大きくなってしまった。ちらちらと車内に居る人達の視線を感じる。

「分かったから、少し静かに……、っ」

六臂さんの言葉は、ガタンっ、という電車の大きな揺れによって途切れた。

「六臂さん……!」

手摺に掴まっていなかった六臂さんは身体のバランスを崩し、それを目の当たりにした俺は六臂さんの身体を支えようと咄嗟に腕を伸ばした。しかし、伸ばしかけた手は空中で止まる。
俺が躊躇っている間に六臂さんは体勢を持ち直していた。転倒しなくて良かった、と胸を撫で下ろす。
手摺、ちゃんと掴まってないと。
何ていう言葉は六臂さんに絶対に言ってはいけない。
この人は電車の席に座ることは勿論、手摺に掴まることも出来ないのだ。そして俺は、今のようにバランスを崩した六臂さんに手を貸すことも暗黙のタブーとされている。

六臂さんは潔癖症だ。

外食の際は自分の箸を持って行き、一日に何度も手を洗う。他人に触られることを何よりも嫌がる。その“他人”という枠には恋人である俺も含まれるだろう。
直接触るなと言われたわけではない。でももし俺が触れようとした時に、六臂さんに拒絶されたらと思うと怖い。だから今日のデートも、キスはおろか手を繋ぐことも出来なかった。

「……月島」
「あっ、え、何ですか?」
「次の駅で降りるよ。俺のこと家まで送ってくれるんでしょ?」
「……も、勿論っす!」

ぶっきらぼうに言いながらも、六臂さんの耳は真っ赤に染まっていた。
手が繋げなくても、キスが出来なくても、俺しか知らない六臂さんが見られる。俺はそれだけで十分だった。





人気のない夜道を、六臂さんと二人で歩く。街灯の人工的な光に照らされている六臂さんの横顔はすごく綺麗で、歩きながら見とれてしまった。

「ねぇ、……」
「は、はい!」

突然六臂さんに話しかけられ、思わずビクッと肩が揺れた。見とれていたことがバレたのかと思って。

「何焦ってんのさ?」
「な、何でもないです」
「変なの」
「俺のことはいいですから!何か言おうとしたんじゃないんすか?」
「……うん、何て言うかな……」

続きを促すと、六臂さんは急に下を俯いて歩みを止めてしまった。閑静な夜道に沈黙が続く。
もしかしたら別れ話を切り出されるんじゃないか、とかそんな嫌な予感が頭を過り始めた時。六臂さんは重たい口を開き、ぽつりと呟いた。

「月島は、今日楽しかった?」
「え……?」
「本当のこと言ってよ。楽しかった?」

予想外の言葉に一瞬頭が回らなかったが、六臂さんの不安げな表情が目に入り俺は慌てて言った。

「楽しかったに決まってるだろ!」

思わず声を荒げてしまった。おまけに敬語まで抜けている。ハッと我に返ると、六臂さんが怯えたように身体を震わせていた。

「ごめんなさい、六臂さん……。怒ってるわけじゃないんです」

こんな時、思い切り抱き締めてあげられたらどんなにいいだろう。言葉じゃ伝わらないことが多すぎてもどかしくなる。
恐る恐る六臂さんの様子を伺うと、瞳が涙の膜で揺らいでいるように見えた。
街灯に照らされて映し出された表情は、あまりにも悲しげで、胸が締め付けられた。こんな顔をさせてしまったのは、他でもない、俺だ。

「俺は今日、楽しかったです。色んな六臂さんが見れて、もっともっと好きになってくのが分かって……っ」
「じゃあ……、じゃあ、何で、触れてこないんだよ!」

今までに聞いたことのない、感情に任せた六臂さんの大きな声。その声にも、その紡がれた言葉にも、俺は驚いた。
六臂さんが何を言っているのか理解出来なかった。
未だ一言も応えることの出来ない俺に、六臂さんは更に続けて感情を吐露する。

「俺が嫌いだから?めんどくさいから、触るのも嫌?俺は、今日すごく楽しみにしてたよ……。でも君は、手も繋いでこなかった。初めは照れてるだけかと思って……、でも、こんな暗い夜道でも、手繋いでくれないし……!俺達、恋人なんじゃないの?」
「六臂さん、ちょっと待って。……俺達は確かに恋人同士です。でも貴方は、他人に触られるのが、苦手だって……!だから、俺今まで我慢してたんすよ!?」

段々と、自分も感情的になっているのが分かった。
六臂さんと俺の中で、擦れ違いが起こっている。そしてその原因が掴めそうな今、落ち着いて話せという方が無理だった。

「何それ?じゃあ月島は、俺が潔癖症だから触れてこなかったの!?」
「嫌われるのが…、拒絶されんのが、怖かったんですよ……!」
「一人で悩んで、勝手に答え見つけて……、バカじゃないの!」
「だって、六臂さん一言も何も言ってくれなかったじゃないですか!」
「言わなくても分かれよ!月島は、俺の恋人でしょ?……恋人は、他人とは違う!」

ぽろ、と六臂さんの瞳から涙が零れ落ちた。普段は強くて弱音を吐かない六臂さんの涙を見て、熱くなっていた俺の頭は急激に冷え始める。

「六臂さん、泣かないで……」
「月島……、抱き締めて。そしたら、泣き止むから」
「ごめんね、六臂さん、ごめんなさい……、もう、我慢しないから」

巻いていたマフラーで、そっと六臂さんの涙を拭う。擽ったいよ、って小さく笑う六臂さんが可愛くて、胸が締め付けられた。

「六臂さん、好きです、大好き!」

腕を伸ばして六臂さんを思い切り抱き締めた。六臂さんはびくっと一瞬身体を強張らせたが、それが嫌悪ではなく緊張からくるものだと俺でも分かる。躊躇いがちに俺の背に回された腕がその証拠だ。
初めて触れる身体。細い腰や、ふわりと鼻腔を擽るシャンプーの香り。髪を撫でてみると、柔らかな黒髪はさらりと指先を抜けていった。
六臂さんに触れているという事実に俺の胸の中は満たされていく。
もっと、もっと触れたい。
少し身体を離し、六臂さんの滑らかな頬を撫でる。ふと、自分の指が震えていることに気が付いた。六臂さんもそれに気付き、くすくすと笑った。その綺麗に弧を描いていた唇は軈て閉じられ、挑発的な瞳で見つめられた。

「月島……」
「ろ、っぴさん……っ」

瞼を閉じる六臂さんの肩に手を添え、顔を近付ける。ドクン、ドクン、と心臓が痛い程脈打っている。唇が合わさるまで、あと数センチ――……

「……っ、ああっ!やっぱりまだ無理です!刺激が強すぎて……!」

バッ、と六臂さんから身体を離し、ふるふると頭を振る。六臂さんの唇は柔らかいんだろうな、レモンの味がするのかな、って考えたら頭がパンクしそうになった。

「月島のへたれ!」
「ごめんなさい、六臂さん!緊張しちゃって……!」
「もう、バカ!興醒めだよ、全く。ほら、帰るよ」
「すみません……」

情けなくて六臂さんの顔が見られない。そんな俺を見兼ねてか、六臂さんはくしゃくしゃと俺の頭を撫でた。

「あの、六臂さん?」
「月島」
「……はい」
「次は期待してるからね」
「!……はい!」


ゆっくり、ゆっくり六臂さんに近付いていこう。
とりあえず次は六臂さんの唇を奪ってみせる、と密かに俺は決意した。


























20110417
ちなみに、ろっぴの方が年上、月島はアパレル店員でろっぴは美大生という隠れ設定があったりします。書いてて楽しいですね、月六!



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -