この日俺の安眠を妨害したのは、けたたましい目覚まし時計の音でも、母さんの怒鳴り声でもなかった。目覚まし時計はセットしていないし、母さんも起こしにくる筈がない。その必要がないからだ。朝方まで起きて、昼過ぎに起きる。春休みに入ってから、すっかり生活習慣が狂ってしまった。

しかし今日は無理矢理早起きをさせられた。
ピンポン、ピンポン、と何回も響くインターホン。客人が来たことを伝える呼び鈴は俺の夢の中にまで響き渡り、それにより俺は目を覚ました。

「うっせぇなあ……」

母さんか幽が出てくれるだろう、と再び瞼を閉じる。

「…………」

しかし一向に鳴り止まないインターホン。

「ああ!うぜぇ!」

盛大に舌打ちをしてから起き上がり、大きく足音を立てながら玄関に向かう。
途中でリビングを覗いてみると誰の姿もなかった。

(そういや幽も母さんも朝から出掛けるって言ってたな……)

再び舌打ちを漏らしながら、未だピンポンピンポンと電子音が響く玄関のドアを開け――……そして直ぐに閉めた。
間髪入れずに次はドンドンと戸を叩く音。次いでグチグチと文句を垂れる声。

「うわ、シズちゃんってば冷血だね。客人が来たって言うのにそういうことする?俺がわざわざ早起きしてシズちゃんなんかの家に来てあげたのに?」

何故だ。
何で臨也が居る。勿論俺はアイツに家の場所なんか教えたりしてねえ。誰がするか。
いや、アイツにとって俺の家の場所なんて容易く手に入る情報なのかもしれない。

まあ、そんなことは、どうでもいい。

「手前!ノミ蟲!人の眠り妨害しやがって!殺す殺す殺す殺す!」

一度閉めたドアを勢いよく開け、怒りに任せて臨也に掴みかかる。一方、臨也は何が可笑しいのかクスクスと楽しげに笑みを浮かべた。

「あははっ、シズちゃん寝起きなんだ?本当だ、寝癖ついてる」
「うるせぇっ!手前、こんな朝早くから何の用だ?っつか用があっても来るんじゃねぇよ!」
「酷いなあ。折角俺がわざわざ出向いてあげたのに。まあ、起こしちゃったことは謝るよ。その代わり、俺の話聞いてくれる?」
「……は?」

面を食らった。
臨也が素直に謝ることなんて今までなかったからだ。
むしろ、上目遣いで眉をしゅんと下げている姿は可愛いと――……

「あ、あり得ねえだろ!!」
「何が?」
「……っ、手前には関係ねえ!」

小首を傾げる臨也に色々とたまらなくなり、俺は臨也の肩を押して距離を置いた。冷静になれ、こいつは折原臨也だぞ。

「早く用件があんなら言えよ」
「あ、聞いてくれるんだ?」
「……うぜえからさっさとしろ」
「…………」

先を促すと臨也は黙り込んでしまった。いつもはベラベラとうるさいその口が閉ざされていると、目の前に居るコイツが臨也の偽者なんじゃないかと思うほど違和感を感じる。

「おい」
「…………」
「臨也」
「……驚かないで聞いてくれる?」

たっぷりと間を置いて、臨也は漸く口を開いた。
今度は俺が唇を結んで黙り込み、臨也の言葉を待つ。

「うん、えと、……あの、何て言うのかな……」

臨也にしては珍しく歯切れが悪い。こくん、と臨也の喉が唾を飲み込む音が聞こえ、妙な緊張感が伝わってきた。
暫くもじもじと視線をさ迷わせていたが、軈て意を決したように臨也は俺の元に駆け寄り、そして抱き着いてきた。

「なっ……!?」

俺は突然のことに驚き、支えていた玄関の扉から手を離してしまった。自然とドアはバタンと大きな音を立てて閉まり、誰も居ない俺の家の中で臨也と二人きりという状況になった。

「俺、……シズちゃんが、好き……。好き、なんだ」

臨也の唇から紡がれた言葉はあまりにも予想外過ぎて理解するのに時間がかかり、それが告白だと理解した途端、顔が熱くなるのが自分でも分かった。

「……っ、冗談、だろ、手前、また俺を騙そうと……」
「ごめん、やっぱり驚いたよね……。でも俺、本気だから。シズちゃんと、こういうことしたいとも思ってるよ……?」

頬を林檎のように赤く染めた臨也の顔がゆっくりと近付き、唇が触れそうな程至近距離で見つめられる。目の前に居るのはあの憎らしいノミ蟲だというのに、俺の心臓は痛いくらい脈打っていた。思い切り殴ってやればいい、押し退ければいい、頭ではそう思っているのに身体が動かない。

いよいよ唇が触れ合う、というところで俺は反射的に目を閉じた。

「……っ」

しかし数秒経ってもそれから何のアクションもない。
その代わり、クスクスと嫌な笑い声が聞こえた。

「あははっ」

その声にハッとして、俺は慌てて目を開けた。いつものようにナイフをこちらに向けて警戒しながらも憎たらしい笑みを浮かべる臨也は、顔を赤くしながら「好き」と言ってきた奴と同一人物なのかと疑いたくなるほどの変わりようだった。

「手前……!騙しやがったな!」
「シズちゃん、信じちゃったの?本当、君って単細胞馬鹿だよねえ。今日は何日だと思う?」
「あ゛ぁ!?そんなこと今関係ねえだろうが!殺す!」
「関係あるんだよ。だって今日は4月1日。そう、エイプリルフールだよ?いくら馬鹿なシズちゃんでもエイプリルフールがどんな日くらいか分かるよね?」

4月1日。エイプリルフール。嘘を吐いても誰にも咎められることはない日。

「……胸糞悪い嘘吐きやがって……!エイプリルフールだぁ?そんなもん知るか!」
「ははっ、こわいこわーい!ま、シズちゃんの可愛い一面も見れたことだし、今日は退散するよ」
「待ちやがれ!」

玄関の扉を開いてヒラリと逃げていく臨也。追おうとしたその時、家の電話が鳴り響いた。

「……っ、くそ」

家に誰も居ないことを思い出し、臨也を追いかけるのを諦めて電話を取る。

「もしもし」
『もしもし、兄さん?携帯に出なかったからどうしたのかと思った』
「いや、ちょっとな……。で、どうしたんだ?」



電話は幽からだった。用件は録画予約をし忘れてしまったから昼のドラマを録画しておいて欲しいとのこと。そういや尊敬する俳優が出てるとか言っていた気がする。
新聞でチャンネルと時間を確認している時、ふと違和感を感じた。

「3月……?」

新聞の日付が3月31日になっていたのだ。昨日の新聞なんじゃないか、見間違いじゃないかと何度も新聞を見直す。
今日は4月1日なんじゃねえのか?エイプリルフールだから臨也はあんな嘘を吐いたんじゃねえのか?
新聞を見つめていてもそこに書かれた日付は3月31日のまま。携帯の存在を思い出し、携帯のカレンダーを確認しようと慌ててディスプレイを見てみる。
カレンダーは勿論、録画のことで携帯の方にも電話してきた幽からの着信履歴も3月31日と表示されていた。

「やっぱり……、今日は31日だ」

臨也は知っていたんだろうか。もし、もし臨也が今日がエイプリルフールじゃないと分かっていて、俺がいつかその事実に気付くと予想した上であんなことを言っていたとしたら。あれが、本心だとしたら。

玄関での臨也とのやり取りが走馬灯のように蘇る。
真っ赤に染まった頬。しおらしく告げられた言葉。抱き着かれた時に気付いた細い腰や、シャンプーの香り。至近距離で見た時の臨也の形のよい唇や、睫毛の影まで鮮明に思い出せる。

「……っ」

ドクン、と心臓が大きく脈打ち、体温が上昇する。
臨也の言葉が本当かどうかは分からない。だけど臨也を想うと俺の鼓動が速まるのは紛れもない事実だった。





























20110410
大遅刻のエイプリルフールネタです。臨也は勿論全て知った上で告白しましたー!両片想い萌え…!



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