俺は今 池袋に居る。ただ、ここは俺の知っている池袋ではなかった。

「あの、本当に大丈夫?医者が直ぐ近くに居るから診て貰った方が……」

首がある首無しライダー。

「そうした方が良さそうだな。顔色が悪ィみてえだ」

俺を心配そうに見詰める平和島静雄。
おかしい。何もかも。感じるのは違和感ばかりだ。
思えば、マンホールに落ちた時から様子がおかしかった。いくら非日常に慣れていて順応性に優れているからと言って、こう何度も立て続けに夢のような出来事が続くと頭が混乱してくる。

「セルティ!随分と遅いから待ちくたびれたよ。静雄くんは居たのかい?」
「あ、新羅!今呼びに行こうと思ってたんだ。この人のこと、ちょっと診てやってくれないか?」

新羅、という名が俺の耳に入り反射的にその人物を見つめる。ここは病院じゃなく街中だというのに白衣に身を包み、眼鏡を掛けた童顔の男。そこに居たのは俺が知っている新羅だった。

「新羅だ!ああ、良かった、新羅だ……!」

見知った人物の登場で、俺はここに来て初めて安堵した。
しかしそれがいけなかった。色んなことが重なり疲れきった身体は、少し気を緩ませただけで簡単にくらりと目眩を起こし――……そこからはよく覚えていない。





夢を見た気がする。俺の名を叫ぶ誰かの声。多分、あれは、シズちゃんの声だ。ああ、シズちゃんと喧嘩したいな、なんて夢の中の俺は思っていた。



「ん……」

もぞ、と誰かが動く気配がして目が覚めた。辺りを見渡して、自分が気を失っていたことに気付く。俺は見覚えのある部屋のベッドの上に居た。

「あ、起こしてしまったかい?」

声のした方に目を遣ると、俺の足首に包帯を巻いている新羅の姿が視界に映った。

「……新羅、何してんだよ?」
「うん、足首を捻っていたみたいだから、治療をね」

新羅は困ったように笑いながら応える。その表情は、俺が仕事先の人に見せる営業の顔とよく似ていた。他人に見せる笑みのような気がしたのだ。

(やっぱりこの新羅も俺のことは知らないのか……)

でもこの部屋は昔からよく世話になっているから分かる。ここは新羅の家だ。

「……少し、話を聞けるかな。セルティや静雄……さっき僕と一緒に居た二人にも出来れば聞かせたいから、あっちでお茶でも飲みながら」

治療を終えた俺の足首の具合を見ながら告げられた新羅の言葉に俺は頷いた。
俺もこの状況について整理したい。



俺が寝ていたのは客室だったらしく、部屋を出るとシズちゃんとセルティがソファに座っていた。

「気が付いたんだね!良かった……」
「セルティは優しいなあ、優しくて美しくて、本当に完璧な女性だ!」
「わ、私のことは今どうでもいいだろう!」

心配してくれたのか、セルティは俺の姿を見るなり胸を撫で下ろし、その様子を見た新羅はデレデレと頬を緩ませている。コイツの根本的な性格は俺の知っている新羅と変わりないらしいことが分かった。

「とりあえず気ィ失っただけで良かったな。で、手前はどこの誰なんだ?さっき、俺の知り合いみてえな口聞いてたよな?」
「まあまあ静雄くん。今からちゃんと話してくれるみたいだから。君もここに座って」

ぽん、とソファを叩いて促す新羅に応え、そこに腰を降ろした。新羅もセルティも席に着き、シズちゃんを含めた3人の視線が俺に注がれる。
さてどうやって説明しようか、と暫く思案してから、俺はゆっくりと口を開いた。





「なるほど。つまりここにいる僕らは君の知ってる僕らとはどこか違う。でも名前も外見も一致するんだね」

新羅は心無しか瞳が輝いているように見えた。きっと俺を解剖したいとか考えてるに違いない。

「俺は自販機や標識を振り回すほど怪力で、年中バーテン服、か……」
「私なんて首がないらしいぞ!?」

シズちゃんとセルティは俺の話に軽くショックを受けたようで、信じられないという顔をしている。

「でもこんな奇想天外なことが起こるなんてね……。君がここに来た経緯も現実では考えにくい。マンホールに落ちたら普通大怪我をするか、下手をすれば御陀仏だ。それに君が話す世界は私達からしたら、そう……漫画の世界のようだ」
「漫画……?」
「あー…、漫画の設定とかにありそうだよなあ」

シズちゃんも納得したように頷く。
確かにあの池袋は非日常が溢れているけど、漫画のようだなんて思ったことがなかった。俺にとってはあれが普通で、日常だからだ。

「でも君が嘘を吐いているとも思えない。となれば、可能性としてこういうことが挙げられる」

ピッ、と人差し指を立て、新羅は神妙な顔付きで続けた。

「漫画の中の世界……、二次元から、君はここに来た」

それを聞いて、反論の言葉が出てこなかった。
ここにいるシズちゃんに化物じみた力があるかどうかはこの目で見ていないからまだ分からないけど、さっきのショックを受けた様子を見るとこのシズちゃんは強すぎる力のせいで悩んだことはなさそうだ。何より、目の前に居るセルティには首がある。

多分、今のこの状況こそが、普通なのだ。

「……信じられないけど、ね」
「うん、僕も信じられないよ。でも今のところそれしか考えつかないんだ」

暫し沈黙が流れた後、シズちゃんが口を開いた。

「なあ、手前、名前は何て言うんだ?」
「……お、折原……臨也、だけど」

シズちゃんに自己紹介するなんて、何だか変な感じだ。

「そうか。困ったことがあれば何でも言えよ?……臨也」

ふわりと柔らかな笑みを浮かべるシズちゃん。こんなに優しい顔をする彼は今まで見たことがなかった。
小さく頷いてみるも、心の中では戸惑っていた。
優しいシズちゃんは、何だか調子が狂う。

「あっ、それならさ、静雄くんの家に暫く折原くんを寝泊まりさせてあげれば?」
「はあ!?」

新羅のとんでもない提案に、思わず勢いよく立ち上がってしまった。
シズちゃんの家に?俺が?まさか!あり得ない!

「あれ、寝るとこあるのかい?」
「ない、けど……」
「ここに泊めてあげたいのは山々なんだけどね、僕は君の知っている岸谷新羅と同じ闇医者なんだ。患者は皆素性を知られたら困る人達ばかりでね。部外者が居ると知られたら信頼性がなくなってしまうんだよ……」
「俺は……」

ネカフェとかに泊まるからいい、そう言おうとする前に、シズちゃんが割って入った。

「俺は別に構わねえぜ?」
「シズちゃん!?」
「行くとこ、ねえんだろ?」

情けないことに、不安な気持ちがないと言ったら嘘になる。池袋と言えどもここは俺の知っている池袋ではない。寝るところもない。
正直、誰かに縋りたかった。
例えそれが、あの平和島静雄でも。

「……直ぐ、アパートか何か借りるから。それまでの間、よろしく、シズちゃん」
「ああ、こちらこそよろしくな」

そう言って差し出された掌。
シズちゃんと握手をすることがあろうなんて、今まで考えもしなかった。
躊躇いがちに掌を重ねると、そこからじわりと体温が伝わってくる。

初めて喧嘩以外で触れたシズちゃんの体温は、とても暖かかった。




























20110323



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