誰にでもコンプレックスというものは存在するものだ。
素敵で無敵、眉目秀麗とも謳われるこの俺も、その例外から外れていない。完璧な人間なんていないのさ。
でも、前まではこんなに悩む程気にしてなかったんだ。それが、シズちゃんと付き合うようになって、段々と夜の方も意識し始めて、自分の身体にコンプレックスを抱くようになってしまった。
毛は濃くも薄くもない、ナニの形も色も変じゃない。
じゃあどこがコンプレックスなのかって?毛でもなく、ナニでもない。分かるだろう?

乳首だよ。



乳首の色が黒いことが、コンプレックスなんだ!



俺がこんなに乳首について気にするのもシズちゃんが原因だ。もっと言うと、シズちゃんの乳首が原因だ。俺はひょんなことからシズちゃんの乳首を目にしてしまった。確か突然雨に降られたからと言ってシズちゃんが俺の家に雨宿りしに来て、その時に服を貸してあげたらその場で着替え始めて……、それで目に入っちゃったんだよね。シズちゃんの乳首が。

それはもう可愛らしいピンク色で。男のものとは思えなかった。

それからだった。ただの胸の飾りだと思っていた乳首にコンプレックスを持つようになったのは。
インターネットでも色々調べたさ。美白化粧水をコットンに染み込ませて乳首に貼ってみたり……。でもそんなに早く効果が現れる訳じゃないだろう?俺にはもう時間がない。
三日後、シズちゃんが泊まりに来るんだ。初めてのお泊まり。シズちゃんもそろそろだって思ってる筈だ。
俺だってシズちゃんとシたくない訳じゃない。ただ、怖いんだ。シズちゃんが俺の身体を見た時に失望するんじゃないかって。
最近は気付けばいつもそのことばかりを考えている。


「随分難しい顔をしているじゃない。珍しいわね」
「……波江さん」

どうやらまた考え込んでいたらしい。秘書の声でハッと我に返った。

「まあいいわ。これ、頼まれてた書類よ」
「ああ、ありがとう」

バサ、と書類の束を渡される。
その時、波江の指……正確に言うと爪を見てピンと来た。

「じゃあ今日は帰っていいかしら?誠二の様子を見に行かなければいけないの」
「あ、待って待って!一つだけいいかい?」
「何かしら?手短に済ませてくれる?」
「あのさ、波江さん…………」

人間とは面白いものだ。窮地に立たされると予想外の行動に出る。
今の俺が、正にそれだった。





ギシ、とベッドのスプリングが軋む音が妙に生々しい。
下から見上げたシズちゃんは今まで見たことがない雄々しい顔をしていた。
約束していた通り、シズちゃんは俺の家に泊まりに来た。そして予想通り、俺はシズちゃんに押し倒されている。

「臨也……」

シズちゃんの、低い声。
これからの行為と俺の身体を見た時のシズちゃんの反応を考え、不安と期待が募る。
でも緊張しているのは俺だけじゃない。俺に触れるシズちゃんの大きな掌は微かに震えていた。

「シズちゃん、緊張してるの?」
「……手前だって、震えてる」
「うん。不安なんだよ」
「不安?」
「シズちゃんはどんな俺も愛せる自信ある?」

彼の答えなんて分かりきってるけど。
でも、シズちゃんの口から聞きたかった。

「当たり前だろ」

ああ、やっぱり。平和島静雄はこういう男だ。
もういいだろ、と言わんばかりにシズちゃんの手が服の中に忍び込んできた。
黒のインナーを捲り上げられ、ついにその瞬間が訪れた。

「…………」

静寂。
布擦れの音も、俺の身体を這っていたシズちゃんの手も止まった。
シズちゃんは俺の身体――胸の突起を見つめたまま、何のアクションも起こさない。
沈黙に耐えきれず、シズちゃん、と俺から先に彼に声を掛ける。シズちゃんは俺の声にハッと我に返り、

「臨也……手前、乳首に何かやってんのか」

と、俺の乳首を見ながら言った。

「あは、バレた?」

精一杯の作り笑顔を浮かべる。
やっぱりいくら単細胞のシズちゃんでも誤魔化すのは無理があったか。
ああ、終わった。嫌われる。どうせ嫌われるなら、洗いざらい全部話してドン引きさせてやる。シズちゃんにトラウマを植え付けてやる。

「これね、マニキュア。塗ってるの。乳首に」

マニキュアは波江さんから貰ったものだ。波江さんの弟くんの情報を一つ教えてやったらマニキュアくらいいくらでもやる、と快く手放してくれた。流石に乳首に塗ったマニキュアを返すのは気が引けるでしょ?
お陰で黒ずんでいた俺の乳首は淡いピンク色に変わった。でもマニキュアが乾くと何だかパリパリするし、違和感も拭えない。
案の定と言うべきか、シズちゃんにもバレバレ。何て浅はかな考えだったんだろう。乳首にマニキュアを塗ったってバレるに決まってるのに。
それでも、汚い乳首を晒すよりはマシだと思った。

「何でこんなこと……」

シズちゃんが呟いた。
そんなの、


「そんなの、シズちゃんによく思われたかったからに決まってるじゃないか!……っ、シズちゃんの乳首、すごく綺麗なのに……!俺のは黒くて、汚くて、シズちゃんに幻滅されるのが怖かった……」

頬が濡れている。勝手に涙が溢れた。
こんなことで泣くなんて、信じられない。馬鹿馬鹿しい。情けない。自己嫌悪。
もうシズちゃんの顔をまともに見られなかった。
はあ、とシズちゃんから溜め息の漏れる音がして、それに反応するようにびくっと身体が震えた。何を言われるのか、考えるだけで怖い。別れの言葉?罵り?それとも……

「このノミ蟲。幻滅する訳ねえだろ」
「……え」

シズちゃんの口から飛び出したのは、別れの言葉でも罵りの言葉でもなかった。
頭の回転は早い方だが、今回ばかりは思考が停止した。

「手前はそのままでいいんだよ。俺は臨也の身体が好きで付き合ってる訳じゃねえぞ。そん位分かれ。これも必要ねえ。ありのままの手前を見せろ」
「あっ、ひゃんっ……な、なにして……っ」

急に乳首に刺激が走り、声を上げてしまった。自分の声に驚きつつも、シズちゃんの方に目を遣る。
なんと言うことだ。シズちゃんが、俺の乳首に爪を立てマニキュアを剥がしている。トップコートも塗ってあったというのに、それごと剥がされてしまった。

「ほら、可愛い乳首が顔を出してきたぜ」

マニキュアが剥がされたそこは、本来の黒ずんだ俺の乳首があった。これのどこが可愛いのか分からない。お世辞やムード作りの為なら止めて欲しい。余計悲しくなるだけだ。

「これのどこが可愛いって?シズちゃん、いい眼科を紹介してあげるよ」
「手前こそ分からねえのか、この良さが」

シズちゃんは俺の乳首をツンツンと愛おしそうにつつきながら更に続ける。

「まるでお節料理に入ってるような黒豆みてえに綺麗じゃねえか。ちっちゃくてすげえ可愛い。食べたくなる」
「やっ、食べちゃ、だめ!」

俺の抗議を無視し、シズちゃんは俺の乳首に吸い付いた。舌のザラザラとした感触と、乳首が取れてしまいそうなほどの吸い付き。シズちゃんに愛撫されていると思うと、羞恥と嬉しさで頭が真っ白になった。

「俺は臨也の乳首、好きだぜ?それにほら、マニキュアなんか塗らなくても綺麗な色になってるじゃねえか」
「え……」


驚いた。
ぷっくりと立ち上がった乳首は俺のものとは思えないほど真っ赤に染まっていた。

「……ありがとう、シズちゃん」

俺が微笑むと、シズちゃんも優しく笑ってくれた。
もうマニキュアなんて必要ない。
ありのままの俺を愛してくれる人がいるのだから。

























20110130
普段はサーモンピンク乳首が大好きなのですが、たまには黒もいいかな、って…!…………すみませんでした。

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