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あきらが世界から消えた瞬間


俺と仁王の世界も確かに一度終わっていた。








2.








「大学の文化祭があるんだ。遊びに来ないか丸井。」


そんな風に柳が連絡をくれたのは俺が仕事が上手く行かず、会社を2年と経たず辞めた頃だった。


柳は院生だったが、学部生の頃から時空間研究という分野に取り組んでいる。近未来映画のような研究は、何も知らない素人の俺にも確かにそそられるものはあって、その頃バイトすらしていなかった俺は気分転換くらいな気持ちで遊びに行った。


「一説ではタイムマシンはもう完成しているという噂もある。」


「はは、だったらすげえな。」


「因みにこれだ。」


「はは……はっ、?」


変な声をあげてしまった。そう言って柳が示したのは異様なデカい円筒。……タイムマシン?


「本物かどうかは知らんがな。」


「いや知らんがなって……何でそんな怪しいもん研究室に置いてんだよ。」


「重鎮のじいさん教授の私物なんだ。得体は知れないが試す価値はあるぞ。乗ってみるか?」


「冗談」


爆発したらどうすんだよと付け加えれば、責任は俺が取ってやると言われたっけ。


「時空間研究といっても当たり前だがジャンルは様々でな、俺はタイムマシンではなく今はパラレルワールドの研究をしている。」


「パラレルワールド?」


「所謂並行世界というものだ。実はこの世界はひとつしか無いわけではなく、何億もの分岐点で未来が別れ、違う世界で違う自分が違う未来を生きている。聞いたことあるだろう?」


「聞いたことあるだろうったって。映画の世界じゃねえか。」


「現実じゃないとも限らない。そういう研究だ。」


「パラレルワールドねえ…。」


「あきらが生きている世界もある。99.9%の確率で、俺は信じている。」


「…………。」


俺が言うんだから信憑性あるだろう?と笑った柳が示した数字は、研究で出した数字なのか、俺を慰めようとした数字なのかは今でも分からない。


柳は柳なりに、きっとあの7年、苦しんでいたんだと思う。


7年、俺と仁王のことをどんな風に見守ってくれていたのか。柳だけじゃない。他のテニス部の奴ら、監督、先生、家族。


みんながみんな、それぞれに背負っていたはずなのに、それでも俺と仁王のことはいつも自分を置いてでも気にしてくれていた。


変わらなければいけないと思った。俺に変えられるものは何だろうと思った。あきらのいなくなった未来に今俺がいるということ。


何で俺は生きてるんだろうと思った。


あきらのいない世界で。あきらの笑わない世界で。


何でだろうな、仁王。


どうするんだろうな。俺たち。


どうするんだよ、お前。


















あの頃、仁王とあきらの仲を取り持ったのは俺だった。


素直にならない仁王と、意地を張ってばかりのあきらと、二人の保護者になった覚えはねえぞ?って俺は中等部のいつだか忘れたくらいいつの間にかよくつるんでいて、…いや、もともとあきらと仲が良かったのは俺だ。ずっとクラスが一緒だった。ノリも合ったしやっぱりちょっと好きだった。


でも中3で初めてみんなでクラスが一緒になった時、あきらと仁王は何かあっと言う間にそんな雰囲気になった。いや好きじゃんお前ら?って誰もが思ってたし、見てる方がやきもきする二人の世話を焼いてる内に俺の恋心なんてすぐにどっか飛んでった。あきらかな負け戦ほど続ける虚しさも青春の無駄遣いもない。俺は普通にいけそうな相手をその内見つける。……なんて、あの頃はジャッカルとかに言ってたけど。


青臭くって誰にも言えなかったけどさ。単純に幸せそうな二人見てる方が楽しかったんだよな。俺があきらを幸せにしたいとか仁王より俺の方がとかそういうのより、仁王とあきらだから良いみたいのがあったんだ。そんな二人のそばにいるのが好きだった。映画の見すぎとか言うな。


映画の見すぎでも大袈裟でもなく、俺は本気でこの二人は何があっても大丈夫と思っていたし、まだただのガキだったあの頃でも実際に二人はしっかり続いていた。勿論深刻な喧嘩だってあったけど。


「おめでとう!結婚式には呼べよ!」「あほ、どんだけ早まりすぎなんじゃ逆に困るわ」……そんな軽口を言い合ったのは二人がくっついて、仁王から付き合うことになった報告を聞いた時。そうだ。冗談めかした軽口だったけど。……でも半分は……いや、結構本気で80%くらい。……馬鹿みたいに、本気で信じてた。


映画の見すぎでも大袈裟でもなく……俺はこの二人の、大人になって結婚して子供が出来て、そんなずっと先の未来まで。本当に見届けられると信じていたんだ。


本当に。













あの日は関東に珍しく雪が積もった1月の日曜日だった。


昼で終わった部活帰り。やっぱり自分の部活に出ていたあきらと合流して、3人で飯でも食って行こうって話してた。いつも真っ直ぐ帰る日は通らない街中。大型の交差点へと差し掛かる大通り。


その車はやけにスピードを出していて、ふらつく軌道も怪しくて、俺たちはすぐに異変を感じ取った。周りを歩いていた他の人達も同じだった。みんな自然と歩道の奥へと下がって行く。


「酔っ払い運転かの。」


「昼間だよまだ」


「そういう奴らに昼間も何も関係ねえよ。あきら、そっち歩くな。」


周りと同じように車道から離れながらスマホを取り出す。こんだけ目に余るからもう通報されてるかもしれないけど。


「警察呼んだ方がよくね?」


――― RRR!


立ち上げたディスプレイ。


発信画面を開くより先に、俺のスマホは呼び出し音を響かせた。電話。


「……柳?」


柳蓮二と表示された名前。珍しい。通話ボタンを押そうとして――






「ブン太!!!!」


「――!?」






あの景色は例え何百年経ってもきっと忘れない。






俺を突き飛ばしたあきらの腕。なびいたポニーテールが、俺の視界からコマ送りのようにゆっくりと消えていった。仁王が名前を叫びながら手を伸ばす。宙をかいた手のひら。俺は白い結晶が赤く染まっていく様子を見ていた。




そしてあきらはこの世界からいなくなった。























「お前、ちゃんと飯食ってんの?」


「お前さんには言われたくないのう」


「俺は実家バリアーがある。」


「職無しがよく言うぜよ。」


「うるせぇな……。」


物が無いから一見綺麗に見えるその部屋の、片隅に積まれたカップ麺のゴミの山を横目に見ながら玄関の扉を閉めた。女の匂いがする。さっきまで誰か連れ込んでやがったな。


「土産。」


「実家バリアーとか言うなら手作りの飯が良かったの。」


「感謝されても文句言われる筋合いはねェ。」


「そりゃそうじゃな。」


持参したホカ弁をこたつの上に置いて湯だけ勝手に沸かす。くくっと笑った仁王を横目で見て、人間らしい顔はちゃんとしてんだなと少しほっとした。


「お前、今年こそ行くんだろうな。」


「何が?」


分かってるくせにと思いながら口には出さない。


「墓参り。」


「行かん。」


「…………。」


それ以上は俺も何も言わなかった。


観てもいないテレビの音を聴きながら、黙々と二人で飯を食った。


「お前さん仕事どうすんじゃ。」


「探すよ、ちゃんと。俺はまだ腐ってねえからな、誰かさんと違って。」


「俺は働いとる。」


「単に金貰ってるだけだろ。汚え金もな。」


ご馳走様、と手だけは合わせて俺は立ちあがった。


いつも飯だけ食ってあとはあんまり長居もしない。2〜3週間にいっぺんくらい、ちゃんと仁王が生きてんのかくたばってやしないか、確認のつもりで仁王を訪ねるのがすっかり習慣になった俺は、相変わらず保護者みたいだなんて思う。長男気質にも程がある。


「いい加減足洗えよ。」


「考えとく。」


まったく音のこもってない言葉を背に俺は仁王の部屋を後にした。
















あきらが死んでから俺と仁王はテニス部を辞めた。


3年が引退してから俺と仁王はレギュラーになっていたが、同級生も監督も先生も俺たちを引き留めなかった。いつでも戻ってきてもいいぞとか、テニスをしてた方が気が紛れるだろうとか、そういうことさえ一切言われなかったのは本当に有り難かったと思う。優しい言葉も気遣う言葉もあの頃は心の底から要らなかった。時間だけが必要だった。


3年に上がってからは、部活の奴らは部活じゃなくて普通に遊びには誘ってくれた。テニスだってした。部活の先輩後輩だったからこそ絡んでいた赤也を始めとする後輩たちでさえも、俺が部員じゃなくなっても結構気軽に連絡くれた。辞めた当初こそそりゃ腫れものだったけど、別に喧嘩したわけじゃないから。時間と共に少しずつ固まっていたものが溶けていく。俺はそういうことが、ちゃんと上手く出来ていた。そう、俺は。仁王は違った。


3年の半ばには仁王は学校へ来なくなった。一応工学系の専門学校への進学は決めて、あとはアルバイトをしてるみたいと仁王の弟が教えてくれた。仁王は知らない内に実家も出ていた。


全く連絡が付かないわけじゃないが、何せ捕まらない。別に隠すつもりはないみたいで、教えてくれたアパートの住所はいつ訪ねても留守だった。バイト先は教えてくれなかったがいくつも掛け持ちしているようだった。


あきらが死んでから仁王は目に見えて無気力だった。荒れたりはしてない。でも所謂楽しいとか、人生とか、生き甲斐とか、つまりそういうものは多分みんなどうでも良くなって、自分を大切にしなくなったんだと思う。夜、やばそうな奴らと一緒にいるのを見たよという話も聞くようになった。卒業式も出ないままあいつと俺らは離れていった。


「ちゃんとしたバイトもしてるみたいだがな。その一方で素性の知れない裏仕事のようなこともしてるみたいだ。学校は一応行ってそうだぞ。」


テニス部の連中はやっぱりそりゃ仁王のことは気になっていて、卒業してからも会っては仁王の話になった。ちゃんと仁王と会えてる奴の方が少なかったから、柳が掴んでくれた情報を共有することがほとんどだったけど。


もちろん強引に会いに行った奴らもいたんだ。単に無気力なだけだった頃は放っといていたが、怪しい噂を聞くようになってからは流石にみんなじっとしていられなくなった。俺だって相変わらずアパートはよく訪ねてみたし、意外と入れる時は入れてくれる。見かけたバイト先へ行ってみたり、柳生は学校へも行ったと言っていた。


ただ仁王は昔以上に誰のことも見なくなった。会ったら「よう」と挨拶はする。会話っぽいものもする。相手はされない。仁王の「中」には留まらせてくれない。お手上げな俺たちも少し疲れて、見守ることしか出来なくなった。




「……仁王?」




そうやって結局どうにも出来ないまま、あきらが死んでから2年が経った。


もう用が無ければ通らなくなった街中の大通り。大型交差点。あきらの命日だけは、花を持ってそこに行く。その日は仁王がそこに立っていた。正直俺は幽霊でも見た気分になった。


「…………。」


「…………。」


仁王は俺の姿に当然気付いたが特に言葉は発さない。俺も会話の必要性は感じなかったから、何となく無言で近付いた。


「…………。」


「…………。」


ふと思い立って持っていた花束を差し出す。仁王はあっさりそれを受け取って、やっぱり無言で道端に置くのを俺も黙って見つめていた。


「……あの頃、」


仁王がぽつりと口を開いた瞬間、あ、今、ここに仁王がいると思った。


この2年。


どこにもいなかった仁王が、今はここにいる。




「…楽しかったのう。」


「……そうだな。」




あの時 雪に染まっただけの赤い色はすっかり跡形もない。


仁王の中にだけはきっとまだ溶けない雪が残っている。














あれから俺は仁王のアパートへ時々ふらっと通うようになって、一緒に飯だけ食って生存確認だけして帰る。それだけだけど仁王も特に追い返すことはしないし、迷惑がってる風もないから続けている。一緒にいることがとにかく大事な気がした。そうやって仁王の存在の輪郭みたいなものを確かめるのが大事な気がした。


いつもさり気なくチェックしてるのはあいつの懐具合と不審な怪我とかしてないか。


仁王は学校を卒業してからそれなりには働いているが相変わらずヤバイ奴らとはつるんでいて、所謂裏取引とかの売買みたいなやつ。急に羽振りが良いと結構やばい案件に関わっている。怪我は今までは見たことない。こんな言い方もどうかと思うが多分上手いこと立ちまわってるんだと思う。


仁王がそういうことをしてると周りが知ってることも仁王自身は気付いているし、そして本人はあんまり隠す気がない。何度かいい加減にしろよと周りがたしなめる度、明るいところにいるより落ち着くんだとこぼしていた。


仁王はなかなか俺たちの前に心を置いてくれない。だからこそそんな風に言われると、俺たちは難しくてそれ以上は何も言えない。




ここにあきらがいたら。


あきらが笑ってくれさえしたら。




きっと誰もが、そして仁王自身が。何十回、何百回、心の中でそう叫んでは押し潰されている。




あの日、雪が積もっていなければ。


あの日、部活なんて無ければ。


あの日、飯に行こうだなんて話にならなかったら。


あの日、俺が立ち止まったりなんてしなければ。


あの日、柳の電話なんて気にしなければ。




あきらのいない今日を、明日を、俺たちは消化できないまま歩いている。




仁王に上手く手が伸ばせないまま、あきらが救ってくれたこの命を俺はぼんやりと持て余している。


俺に何が出来るんだろう。


俺に変えられるものは何だろう。




「あきらが生きている世界もある。99.9%の確率で、俺は信じている。」




「…………。」




あきらが好きだった。


仁王とあきらが好きだった。


二人の未来を信じていた。




「……99.9%の確率を……。」




俺もまだ


信じたいんだ、柳。




そして俺は タイムマシンへ乗った。









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