「付き合うなら誰がいい?」
お昼休みに数人の仲間内でそんな話になったのは本当に暇潰しだった。ただ話題にするのが楽しいだけの、女子にありがちなゴールの無いもしも話。標的は男子テニス部だ。イケメンが多いからね。
別に誰も本気の相手を上げるわけじゃない。言わば芸能人で騒ぐようなそんな感覚に近かったと思う。もちろん私も。
「んー……じゃあ忍足くん」
「やる気なさそうに名前上げたな」
「だってあの人彼女いなかったっけ?モテてるイメージある」
「C組の子でしょ。続いてんの?」
「さーよく知らない」
「そんな興味なさそうなのに何でよ」
「単に顔のタイプ。あとまあ、優しそうかな」
なんて、クラスメイトなだけでほとんど絡んだことないけどさ。
「忍足くんは確かに優しいけどさー、ちょっと慣れてそうだよね。」
宍戸くんの名前を上げていた友達がううんと首を捻る。
「あはは、まあ分かるね。平気で甘い台詞とか言いそう。」
女子ってこういう話をしてる時は大抵まわりに疎くなる。例に漏れず私もそうで、深く考えず本人の居ないところで好き勝手相槌を打っていたバチは容赦なく当たった。
「俺どんなイメージやねん」
「「「!!」」」
みんなで一斉に固まった。後ろから降って来た声。学年でたった一人しかいないその関西弁は勿論
「お、忍足くん…」
恐る恐る振り向いた先には呆れたような顔をした忍足くん本人が立っていた。
「うわ、どっから聞いてた?」
「詩芽が俺の名前上げたあたり」
げ
「ちょっともっと早く声かけてよ!」
最悪だこの人。恥ずかしすぎる。流石に羞恥心と罪悪感がつのった。
「こんな話普通に声かけづらいやろ!ちゅーか扉の目の前で話しとるお前らが悪い」
「う、確かに」
ごめんごめん、と謝りながらも みんなやっぱり後ろめたそうだった。品がない話だった自覚はみんなある。
「ちゅーか俺別れたで」
「え?C組の?」
「嘘わりと仲良くやってたよね?」
しかし忍足くんはこの所謂 女子会トークになんと普通に乗って来た。
「随分前やん。俺の話で盛り上がるならそこちゃんとリサーチしてくれん?」
「だってさあきら」
「ごめんそこまでは興味なかった。」
「お前……」
「あはは、ごめんて」
笑って応えながらも私はちょっと吃驚していた。まるで違和感なく私たちのトークに混じる忍足くんが意外なのと感心なのと。
ちゃんと話したことなかったけど、忍足くん普通に面白い。流石ノリが良いというか。
「だから今の俺は狙いどころやで詩芽」
「まあ考えとくね」
「おい」
「ねえ宍戸くんは今彼女いないよね?」
「滝の情報もあったら欲しいんだけど」
「待て俺の話もう終わりかい」
みんなでどっと笑った。あっという間に弄られ役にされた忍足くんだけどそれも彼の話術な気がした。こりゃーモテるわけだ。勝手に好き勝手言ってごめんね と心の中で謝っておく。
結局忍足くんと友達らしい会話をしたのはこの昼休みが初めてなようなもので、このノリもその場だけだと思っていた。
単にみんなでわいわい話すから楽しいっていう、その場だけで終わるものだと思っていた。
「詩芽って意外とおもろいよな」
「………。…お疲れ。」
「お疲れさん」
それから数日経った部活後の昇降口、そんな風に突然話しかけてきたのは他でもない忍足くんだった。一瞬誰に話しかけられたのか分からず変な間が空く。
「部活か?一人?」
「居残り練してたからね。忍足くんは何で校舎いんの?」
「今日部活休み。図書室おった。詩芽は吹部やっけ?」
「あれ、よく知ってるね」
「クラスメイトの部活くらい知っとるやろ」
そうかなあ?と 他のクラスメイトの顔を思い浮かべて、ちらほら所属不明の顔が上がる私は薄情なのかと妙に悲しくなる。そんな風に思うと忍足くんが私の部活を覚えてくれてたのは嬉しい気がした。
「ていうか意外とおもろいって何…」
「や、ノリええやっちゃなと思って。今まであんま話したことなかったやん」
「それそっくりそのまま返すからね。忍足くんもっと冷たい人かと思ってた」
「おま…この間 優しそうって」
「彼女とかに対してはね。興味ない人にはとことん興味持たないみたいなイメージある」
「ずけずけ言うなあ」
そう言って呆れた顔はこの間の昼休みと一緒だ。忍足くんも隠さずそういう表情をするあたり十分遠慮ないと思う。
「よし、ほならちゃんと優しさを発揮したるわ」
「え?」
「送ったる。家どっち?」
「は」
思わず忍足くんを凝視した。何を言いだすこの人?
「いや、いいです」
「何で即答」
「だっていきなりじゃん!いいよ一人で帰れるよ!」
何よりそんな仲良くもない男子と二人で帰るとか恥ずかしすぎる!
「だってもう暗いやん。ここで普通に別れる方がおかしいやろ」
「おかしかない、おかしかないよ。てかこれくらいいつも一人だし」
確かに外はもうすっかり暗かった。だけど別にこの暗さで帰るなんて珍しくない。
急に忍足くんがにやりと笑った。
「何やの照れとんの?」
「なっ…」
また何てことを言いだす!?
「ええやん付き合うなら俺なんやろ。願ったり叶ったりやん」
そして面白そうにこの間の話を持ち出してくる。楽しんでる。完全に楽しんでる。
「ちょ、あれはあくまで例えばの、ってかその話恥ずかしいからほんと掘り返さないで」
「何でや、俺はちゃんと嬉しかったで?」
「許して下さい謝るから!」
「そんな意地んなるんは照れてます言うてるようなもんや」
ちょっと待って、何、いきなり何。
タチ悪い。誰かこの人止めて。
「照れてるわけじゃっ…〜〜〜ってか、忍足くん、!」
「ん?」
どこか逆らえないような忍足くんの余裕そうな顔。
その顔が、
「ち、近い……」
「………。」
忍足くんはにこっと笑っただけだった。
何でこうなった?
変な押し問答をしている内に私はいつの間にか迫る忍足くんにロッカーぎりぎりまで追い込まれていた。
近すぎて忍足くんの顔の下半分しか見えない。否、見れない。ここで顔あげたら多分死ぬ…
「何でこっち見てくれへんの?」
精一杯の抵抗として私は思い切り顔を背けた。何でって…
「お、忍足くん…」
「ん?」
「……やっぱ、めちゃくちゃ慣れてるよね…?」
それは例の女子会トークの話題だが、
「俺別に否定してへんもん」
………やられた。
いや、やられたとか、やられてないとか、そういうことじゃないんだけど、
じゃないんだけど………
「因みに詩芽のイメージも当たりやな」
「え、?」
さっきから目の前の出来事にいっぱいっぱいの私は忍足くんの言葉が真っ直ぐ頭に入ってこない。イメージ?何の話…
「俺、興味ない奴はとことん興味ないし 興味持った奴にしか優しくせえへんから」
「!」
忍足くんが更に近付いてくる。……正しくは、忍足くんの顔が。
「おし、」
「で、」
待って、まじで
「 詩芽は何で逃げへんの? 」
「……!」
私が絶句した瞬間 忍足くんがふっと笑った吐息を唇に感じた。
(……やっぱ、慣れてんじゃん……)
忍足くんの大きな手に包まれながら一気に力は抜けて
思考の奥で忍足くんを毒づいたのもあっという間にどこかへ掻き消えた。
慣れてないわけない上手すぎる口付けに翻弄されるまま 時間も忘れるほどに二人夢中で溺れていった。
END
手を出してはいけないもの