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「あーかや!差し入れ!」




「!!?」


突然顔面に飛んできた固い物体。


スコン!っていい音が響いて、俺は鼻の頭がむっちゃ痛くて、「はあ!?」って気分で振り仰いだ先にいたのはしてやったりと言うような楽しそうな笑顔。…何だよその顔。怒れねえじゃん。


「んなトコで何やってんすかセンパイ…」


2Fの渡り廊下の上から「ざまあみろー」と笑う先輩に向けて恨みがましく言えば、「しっかり食べて部活頑張んなー」と、俺の足元に転がるカロリーメイトを指さす。人の顔面に投げつけたのはこれか。


「ちょっとこれ、……」


拾って再び見上げれば、そこにはもう先輩の姿は無かった。


いつだってそうだ。


俺が見上げる時には、先輩はいつも、もういない。


「…お礼くらい言わせろっつの。」


誰にも聞こえない声でそう呟いて、手にしたフルーツ味のカロリーメイトを 俺は大事に鞄へ仕舞った。


















「先輩、どうして立海出るんすか。」


「夢があるから。」


いつの日か聞いた俺の質問に答えた声が、やけにさっぱりしていて、迷いがなくて、それが無性に俺をイライラさせた。


ああ、これがこの人だったと思った。




夢や想いを、天秤にかけるような人ではない。


そんな先輩が好きだった。


いつでも志に真っ直ぐな先輩が好きだった。


















「先輩、今日は待っててくれるんすかー?」


「えーどうしよっかなー」


「え!」


「あはは嘘だよちゃんと部活終わるの待ってるよ」




初めて会った時から、掴みどころのない人だなとは思っていた。


なんせ幸村部長でさえ手を焼いていた人だ。


玉砕覚悟でした告白。


俺の彼女になってくださいと言った言葉に、「いいよ」と答えてくれた時


恐ろしく舞い上がった心の奥底で、けれどきっといつかは飛んで行ってしまう、そう薄々と感じていた。


ちゃんと俺の心は感じていた。




「もーこうやって一緒に帰れんのもあと半年っすね」


握った手をぶらぶらと揺らしながらそう呟いた。


部活がある俺と部活のない先輩だから毎日ではない。


けれど残った月日の短さに、最近は待っててと俺が駄々をこねる日も多くなって


勉強もあるだろうに嫌な顔はひとつしない先輩に 俺はすっかり甘えさせて貰っているようなもんだった。




先輩たちが引退してから二か月近く。


季節は既に夏の影を潜め始めていて、日が暮れるとカーディガン無しでは肌寒い。


それでも未だシャツ一枚な先輩に、寒くないの?と聞くと全然なんて返されて、


俺のカーディガン貸しますよと言いかけていた彼氏面が 情けなく転がっていく。


「寂しい?」


「……当たり前じゃん。」


「…ふふ、」


「何笑ってんすか」


「いや、可愛い」


嬉しくねえ…。




年上の彼女。


出会いが部員とマネージャーだった。


あくまで先輩と呼び続ける名前と敬語は、先輩たちが引退した今もどうしても気軽になんて外せない。


それは自分が悪いのだけど、先輩がやけに大人に見えて年下の自分がガキっぽく思えてしまうのは、


それだけのせいじゃなくて、やっぱり先輩のいつも一歩先を行く余裕が 俺をイラつかせるのだろう。




「先輩」


「ん?」


繋いでいた腕を引っ張って、ぎゅっと抱きしめた。


「人が通るよ」


「この時間は通んねえし」


実際人がいないからこうしようと思ったし。


先輩の華奢な腕が、俺の背中に優しく触れた。まるで慰めるみたいに。……俺、まだ何も言ってねえのに。


「やっぱり寂しい?」


「…別に。先輩がシャツ一枚だから。」


「そうかー。」


言いながらふふふと笑う、その笑い方。いつも拗ねてる俺をたしなめるような柔らかい声。


全然寒くないと言っていた先輩だけど、大人しく俺の腕の中でじっとしていた。


「先輩」


「ん?」


「どうしても立海出るんすか」


「………。」


無意識に力のこもった俺の腕。


先輩が、ちょっと背伸びして 俺の頭を抱え込むように手を伸ばした。




「 夢があるからね。 」




前は「どうして」と聞いた質問。


今日は「どうしても」と聞いた質問。


答えは何も、変わらない。





「……俺は?」


どうなるんすか、なんて、決して言葉に出来ないけれど。


いつだって余裕で大人な先輩は、どうせお見通しなんでしょ?


「あんたにも、夢があるでしょ」


「………。」


俺の夢。


立海大附属のテニス部で、頂点に立つこと。


幸村部長や、真田副部長や、他の3年の先輩たちの背中を、越えること。


今もずっと追い続けている、夢。




「あんたには立海にいないと叶えられない夢があって、私には立海にいると叶わない夢がある。」




こういう時に泣いたら、本当にガキだって思い知るようなもんだから。


泣かない。


俺は泣かない。


先輩の前では泣かないって、決めてる。




「先輩、俺のこと好き?」




俺は泣かないって決めてるのに




「 夢を追ってる赤也が好き。 」




そうやって笑いながら、涙をボロボロ流す先輩は 本当にずるくて最低だ。


最高にずるくて、最高に最低で、




最高にそんな先輩が、 




狂おしいくらい、好きだ。











( だからそのままの君でいて )