あなたに伝えたいことがある
tsunagu 〜long loveletter〜
1.
空を見上げる。
毎朝、毎晩、君の面影を探して、空を見上げる。
聞こえてくる気がする。
君の笑う声、怒ってる声、泣きそうな声、私の名を呼ぶ声。
瞼の裏にはいつまでも焼き付いている。
君の太陽のような笑顔、ひたむきな姿、悔しそうな顔。
空を見上げる。
一目。そう、たった一目でいいの。
あなたに会いたい。
神様に願いを込めて、 空を見上げる。
『ついに、辿り着いたぞ。』
「……え、」
滅多に聞くことのない、興奮したような、逸っているような、…だけど苦しそうな、柳の声。
電話越しに聞く声は少しばかり疲れている。時刻は午前2時。柳も明日は仕事で朝早いはずだ。
ベッドの上で体を半分だけ起こしたまま、寝ぼけた頭は一瞬理解出来ずにリアクションが遅れる。
そんな私に、柳は自身も落ち着くようにだろう、ゆっくり、言葉を繰り返した。
『辿り着いたぞ。……ツナグへの電話番号』
「……!!!」
弾けたように脳内が覚醒した。
『明日の夜は会えるか。他のみんなにも声をかけておく。』
頭が回っていないような、反面ありとあらゆることが脳内を駆け巡っていくような、奇妙な感覚に襲われながら「会える」と一言だけ返事をした。
『本日日本時間午後4時、アメリカ ニューヨークの市街地にあるRビルにて大規模な爆破事故が発生、火災に発展した被害は周辺ビル及び住宅に現在も拡大中であり、消火活動が続いています。原因究明と生存者の確認はまだ取れておらず――』
渋谷の交差点、ぼんやり見上げた大型ビジョン。混乱にまみれた雑踏の中で、単調なアナウンサーの声だけが浮かびあがった。
映画みたいな、赤々と燃え上がる炎の映像。夢か、現実か。
ざわめき。
さざ波のように広がっていく、不穏なざわめき。
曇りガラスのように霞掛かった思考回路に、携帯の呼び出し音だけが妙に響いていた。
『あきら!今どこにいる?テレビつけろぃ、今、ニュースでニューヨークで爆破事故って―――あいつに連絡付かなくて、あきらは…あきら!?聞こえてねえのか!?あきら!』
「―――…。」
ざわめき。
赤也。
「精市が調べてくれたツテが今回は当たった。恐らく間違いない。」
「確証は?」
「89%だ。スマンな、100%と言えなくて」
「いや、十分だ。柳がそう言うなら間違いないと俺も思う。」
ぐるりと見渡す顔ぶれは、幸村、真田、柳、仁王、柳生、丸井、ジャッカル。
深夜に柳から電話のあった翌日…正しくはその日の夜。仁王のマンションの部屋に私たちは集まっていた。
やはりあまり寝ていないのだろう、柳の顔にはうっすらと疲労の跡が見える。
しかし他の面子も似たようなもので、それぞれ皆連絡を受けた後 寝付けなかったのかもしれない。私もその一人だった。
「……2年以上、経ったな。」
「「「………。」」」
「2年経って、やっと糸口が掴めるかもしれない。」
呟いたのは幸村。他のみんなは難しい顔をしたまま目を伏せていた。
赤也の行方が分からなくなって2年半。
アメリカ ニューヨークで起きた爆破事故から、2年半。
プロのテニスプレイヤーとしてニューヨークに渡っていた赤也が、事故現場に居合わせていたらしいと情報を得たのは、事故が報道された翌日のことだった。
事故の規模は 程度は様々ながら原因のビルから広く周辺に及び、日本人被害者数は予想10名前後と報道はされたものの 壮絶な火災跡から回収叶わなかった死体も多かった。身元不明のものも全体被害者予想数の半数以上に登る。
そして赤也の行方も、ぷつりと分からなくなってしまった。
ニューヨークでの赤也の周辺人物から得た情報は その日事故現場にあったマンションにいる友人を訪ねていたということのみ。
誰もが、思っていた。
彼は事故に巻き込まれて死んだのだと。
連日取り上げられるニュース。
液晶画面に浮かぶ『プロテニスプレイヤー、切原赤也死亡か』の文字。
あの頃のことは、自分がどんな風に仕事をして日常生活を送っていたのか よく覚えていない。
事故が起きた2日後、赤也の両親と仕事の都合をつけた幸村、柳がニューヨークへと向かった。何らかの手掛かりを得る為だ。
しかし二人が持ち帰ってこれた情報は やはり赤也が友人に会いにそこに居たかもしれないということだけで、その時間にその現場で赤也を見た人も話した人も居なければ、その友人の生存も確認出来なかった。
他のみんなも、私も、それ以降 代わる代わる休暇を取っては現地へと赴いたが結果はあまり変わらぬまま…
時が経つ度に徐々に明らかになっていく生存者一覧にも、死亡者一覧にも、切原赤也の文字は永遠に出てこなかった。
「……本当に、いるんかのう……ツナグなんて」
「…………。」
一人ベランダで煙草を吸いながら話を聞いていた仁王が ポツリと呟いた。
「私だって、ずっと都市伝説だと思っていました……でも、」
『…皆さん、非現実的な話に縋る気は ありますか』
事故から1年ほどたったある日のことだった。
柳生が集まった私たちに そう重々しく口を開いたのは。
『私も、本当の話かどうかは分からないのです。あくまで都市伝説として、茶飲み話のようなものとして……たった一度、聞いたことがあるだけの話なのです。』
『………“ツナグ”…?』
『…そう呼ばれているそうです。いるかどうかは分からない……でも政界や、業界…そういった世界で、伝えられる人には確かに伝えられている、ツナグという人。』
『 生きている人と、死んでいる人を ツナグ人 』
『まず、電話をするんだそうです。会いたい人がいる、と。そうすると死者とコンタクトを取る方がいて…その人が…ツナグなんでしょうか、分かりませんが、こちら側…つまり生きている側と会ってくれるかを死者に聞いてくれる。死者が、会うと返答すれば 会う為の段取りを付けてくれるのだそうです。』
勿論みんな最初は信じなかった。そんな馬鹿な話があるかと。
それでも……そんな馬鹿みたいな、夢見るような話でも。
縋りたかった。
それほどに、私たちは追い詰められていた。
「まさか、辿り着くまであれから1年以上もかかるとは思わなかったな。」
「いや俺は正直辿り着けるなんて思ってなかった…やっぱり心のどっかで疑ってたぜ」
「でも辿り着いた。……辿り着いたんだ。」
「「「…………。」」」
みんなが一斉に黙り込む。
全員重い表情をしていた。考え込む顔。
喜ぶ人なんて誰一人いない。だって、そうなんだ。ツナグに依頼をするということは。
もしこの依頼が通ったら………通ってしまったら。
赤也は。
「あきら。」
「!」
幸村が私の名を呼んだ。びくりと顔をあげる。
「もうみんな、心は決まってる。……あとはあきらだけだ。」
「…………。」
「あきらが 向き合う覚悟が出来たら電話をする。」
全員の視線が私へと向けられている。
「 君が、赤也に会うんだ。 」
もしこの依頼が通ってしまったら―――
『 あきら! 』
赤也の弾ける笑顔が 瞼の裏から 離れない。
もしこの依頼が通ってしまったら―――
私たちは 本当に 赤也と決別をしなければいけないんだ
Next...
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