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天使のような笑顔の君に


果たして 自由に飛べる翼はあるのだろうか








天使なんかじゃない








「あきら!柳生が足を捻った、手当してやってくれ」


「え!大丈夫!?看たげるからちょっと座っててー」


「すみませんあきらさん……」


「何謝ってんの、頑張った証拠だね」


ふふ、と笑みをこぼすあきらに柳生が安堵の息を漏らす。


部室から救急セットを持ってきたあきらは、手早く処置を済ませてテーピングを施した。


テーピングの確かな腕を持っているのは、うちの部の数いるマネージャーの中でもあきらだけだ。


「ん!これでとりあえずは大丈夫。あんま酷くはないけど今日は見学して一応病院行ってね。」


「ありがとうございました。」


「どういたしましてー!」


「あきら先ぱあああい、すいません何か洗濯機が大変なことに…」


「はいっ?ちょっと待ってすぐ行くからー!」


柳生への手当が終わったかと思えば、今度は後輩マネージャーの情けない声に呼ばれて部室へと姿を消す。


立海テニス部を支えるマネージャーの詩芽あきらは、今日も忙しない。













いつもポニーテールにしている長くて柔らかい髪。


けらけらとよく笑う高すぎない声、意思のはっきりした目力のある顔立ち。


美人ではないけれど、誰にでも人当たりが良く気の利くあきらは 部活でもクラスでもいつだって人の輪の中心だ。


しっかりしていて大人びている反面、ブン太や赤也としょっちゅうふざけ合うくらには馬鹿騒ぎ好きでもある。


「あきらー!英語の宿題うつさせて!!」


「また!?昨日も見してあげたじゃん!」


「ごめんなさい!今度だけだから!!」


「仕方ないなあ……」


「詩芽、この間の集会の統計って……」


「あ、出来てますすいません!今職員室持っていきますー!」


「すまんな、頼んだぞ」


今日も教室でも大忙しだ。先生達からも頼りにされている。


「おうあきら、どこ行くんだよぃ」


「ちょっと職員室ー!」


「この間言ってた漫画持ってきてやったぞー」


「うっそやだ待ってすぐ戻ってくるから!ありがとう丸井大好き☆」


「うっせえ思ってもねーくせに!」


「待っててね!絶対待っててね!!」


「いてらー」


あきらとすれ違いに丸井が教室へと入ってきた。


バタバタと去っていくあきらの後ろ姿を見送りつつ丸井が前の席へと腰をおろす。


「あいつはほんといつも元気だな」


「何おじいちゃんみたいなこと言ってるの」


「おじいちゃん言うな!」


「丸井も十分元気だよ」


「いやあきらってケタ違いじゃね?悩みあんのかなとか思うじゃん」


「無いわけないだろ」


「いや、だって超人生楽しいですって感じ。本気で無さそう」


「…………。」


くつくつと笑う丸井は何も悪気はなさそうだ。


確かにいつも底抜けたように明るいあきらは、常にニコニコしていて楽しそうにしている。


そうやって笑う彼女に周りも伝染したように笑う。


あきらは天使みたいだな、なんていつか誰かが言って、何その臭い褒め言葉!ってあきらはすぐ笑い飛ばしたけど、決して過言ではないと思う。あきらの笑顔や笑い声に救われている人がきっと沢山いる。


あきらの弾けるような笑顔には、自分のちっぽけな悩みなんてどうでもいいやって思えるような力が確かにあって、実際に俺自身も何度も救われたことがある。


だから丸井の言うことはよく分かる。


分かるけど……。


「やだあもう職員室の帰りに真田に捕まっちゃった。見てこの資料の山。」


あきらが教室へと帰ってきた。手に分厚いプリントの束を抱えている。


「おーおかえり。んだぁそれ?」


「何か他校の試合記録?今度のミーティングで使うからまとめとけって」


「うわーめんどくせえ!人気者だなおつ!」


「心こもってない。」


むすっと頬を膨らませば、「まあ頑張りますかー」とぼやきながら ばさりとその束を机の上へと置いた。


文句を言いつつも しっかり仕事をこなすのもあきらのいつもの姿だ。


俺は思わずそんなあきらに声をかけた。


「……あきら。それ俺がやるから貸して」


「え?何言ってんのこんなの部長がやる仕事じゃないよ。」


サラリとかわされる。


「いや、俺もミーティング前に全部目通しておきたいからね。ついでにまとめるよ。」


「だったら私が見やすくまとめた後に…」


「そんなの二度手間じゃないか。いいから貸して」


「……はい。」


渋々折れてくれたあきらは、素直に束を俺へと差し出した。


ちょっと不満気な顔で俺を見る。まったく、どんだけ仕事が好きなの?


プリントに目を通し始めた俺の横で丸井は自分が持ってきた漫画を読んでいる。


「お前は逆に何でそんな手伝う気0なの。」


「いや俺が手ー出したらややこしくなること必至だろぃ」


「まあそうだけど」


「おい!」


「あはは、ほら、やっぱ私が手伝うから幸村」


「あきらは駄目」


「何で!?」


即答した俺にあきらはショックそうな顔をした。あ、しまった言い方ちょっときつかったかな。


「あきら、まだ先生から頼まれた委員会の資料作り終わってないだろう。いいからそっちやんな」


「え、」


「おっ前はホントによくホイホイ仕事を引き受けんな!」


「……し、仕方ないじゃんそういう性っていうか…」


「ま、お前らしいけど。死ぬなよ」


「そう言うなら手伝ってやれよ丸井。」


「だから俺が手出したら以下略!いーじゃんあきらも好きでやってんだし?」


「もーうるさい丸井!そうですそうですそうですよーだ!」


「ほらな!」


ゲラゲラと笑い合う二人を、俺は何だかぼんやりと見つめていた。


あきらはいつだって楽しそうだ。


そうやって笑う彼女に周りも伝染したように笑う。


あきらは天使みたいだな、なんていつか誰かが言って、何その臭い褒め言葉!ってあきらはすぐ笑い飛ばしたけれど、


笑い飛ばしたけれど……




この笑顔が、消えることを誰かが許したことは あるのだろうか











「赤也ー!フォーム崩れてるよ!変な癖ついてる!」


「えっ何どこ!?」


「右足!ちょっとこっち来てー」




いつもと変わらぬ部活風景。


あきらは雑務をこなしながら、部員の練習にも時折アドバイスを飛ばす。


プレイヤーでは無いけれど 俺たちの姿を毎日見ているあきらはいつも適格な指摘をする。そこもやっぱり流石。


「詩芽、この間の合宿での記録のことなんだが、」


「あ、待ってその話するなら資料取ってくる。」


相変わらずあっちもこっちもと引っ張りだこになりながら 今日も駆けずりまわっていた。


それでもドリンクやタオルの準備は抜かりないし、後輩マネの指導も合間にやっている。あきらの頭の中ってどうなってるんだろう。


「……げほ、」


「……?あきら?」


「え、あ、ごめん。ちょっとむせた。」


「…………。」


そう いつもと同じように、部活の時間が過ぎていった後だった。


部活終了後。ネットやボールの片付けをしていたあきら。


むせた、と言ったあきらに俺は少し違和感を覚えた。


あきらもいつもと変わらない、と…思ってたけど……


「っ!?……幸村?」


俺は突然あきらの腕を引っ張った。掴んだ手。…熱い。


「いつから?」


「えっ?」


あきらの目が一瞬揺れる。俺は見逃さなかった。


「熱あるよね?いつから?」


よく見れば目だってちょっと赤い。これは結構辛いはず。何で俺気付かなかった?


「あ、腕?違うよ、今汗かいてるからほてってるけど…」


「嘘つけ。寒いだろ。鳥肌立ってる」


「ゆ、幸村」


往生際悪く誤魔化していたあきらも、少しだけ動揺し始めた。


「いや、ちょっと風邪の引き始めっぽいけど大したことない、」


「わけ無いよね?俺が騙せると思ってる?」


「幸村、」


「あきら先ぱーい!」


「!」


その時後輩マネージャーがあきらの名を呼んだ。


俺が睨むように振り返ったからだろう、一瞬びくりとしたように立ち止まる。


その様子を見たあきらが慌てて明るい声を出した。俺を押しのける。


「うん何?どうかした?」


「…あ、今度の試合の手配関係で聞きたいことが…。」


「悪いけど、……、!」


そんなの後にしてくれないか、そう続けようとした俺。しかし俺はすぐに口を閉じた。


後輩マネからは見えないようにぐっと引っ張られた背中のジャージ。


それから直ぐポンポン、と叩かれた。……まるで『落ち着いて』と言われるように。


「今度のって、再来週のだよね?今日はもう遅いからとりあえず明日にしよっか。」


「あ、はい。分かりました。」


「じゃあ片付けも済んだしもう上がっていいからね。他の子にもそう言っといて?お疲れ様。」


「了解です!お疲れ様です!」


ちょっと気まずそうだったけど、丁寧に俺にももう一度挨拶をすれば頭を下げて去っていく。


俺のせいで悪くなりかけた空気は、見事に元に戻った。


もし俺があのままキツイ物言いをしていたら、あの子は泣いていたかもしれない。結構気の弱い子なんだ。


………敵わない。


「ごめん…」


「んー?まあそんなこともあるよね。」


ここで謝る必要ないよ、と言わないのもあきらの凄いところ。




敵わないよ。あきら。




「あきら、いいからあきらもこっち来て」


「や、だって片付けあとこれだけ……」


「後で俺がやるから」


「………。」


有無を言わさぬ俺に、あきらはやっと諦めたように素直に俺についてきた。


そのまま部室裏の水場へと連れていく。


冷たい水できつく絞ったタオルを渡せば、今度は大人しくだらりと腰かけた。


「あー気持ちいい。ありがとう幸村。」


「…何でこんなになるまで黙ってるの?」


「いや実際大したことないと思ってたんだって。心配かけてごめんね。」


「………。」


「、!」


無言であきらの隣へと腰かければ、あきらの頭を自分の肩へと引き寄せた。


「ごめんて思うならもっと頼ってくれ。」


「………。…はは」


力なく、それでも嬉しそうに笑ったあきら。…こんな時でも笑うの?


「幸村には、敵わないな。」


「そっくりそのまま返すよ。」


「んーん。魔王様には誰も敵わないよー。」


「……冗談言うよりしっかり休んでくれる」


「あははは!」


今度こそ声をあげて笑ったあきら。それでも息を切らしている。…苦しそうだ。




「笑わなくていいんだよ」




思わず 肩に乗っていた頭を腕の中へと抱きよせた。


「!」


「辛い時は笑わなくていいんだよ。俺の前でくらい、弱音吐いたっていいんだよ。天使な君でいなくたっていいんだ。」


「………幸村?」


「普段みんなの前でだって笑顔じゃなきゃいけないわけじゃないんだ。何であきらはそんななの?」


「…………。」


「全部背負い込むことはないし、疲れた時は疲れた顔したっていいんだ。……いいんだよ。」


腕の中で、あきらが俺を見上げる気配がした。俺はどんな顔をしていいか分からなくてあきらを見ることが出来ない。




「幸村。」




あきらが静かに俺の名を呼んだ。


「…………。」


「幸村。こっち見て」


呼ばれても目を逸らし続ける俺に、あきらはもう一度俺を呼んだ。渋々顔を見れるようにあきらから少し体を離す。




「幸村。ありがとね。」




そしてへらりと笑った顔。………あきらは、本当にずるい。


「だから何で……笑うんだ…」


「何でってそりゃー、嬉しかったら笑うよねえ」


はははっとおかしそうに声をあげるあきら。…何でだよ


「確かにさ、私が笑わなかったら空気悪くするなとか考えちゃうことあるよ。正直。」


「……あきら」


「でも、」




「幸村がそうやって知っててくれるなら、全然いいよ。」




「!」


ふわりと微笑んで、再びあきらはおもむろに俺の肩に体重を預けた。




「全然いい。」




念を押すように、繰り返した。


「幸村さ、自分じゃ気付いてないかもしれないけど、いつも私が忙しくしてると真っ先に心配してくれるでしょ。」


「…そうだっけ…」


「うん。」


だってそれは、君が。


「幸村は私のことばっか言うけど部長だって大変なこと知ってるよ。でもそうやって幸村が私のこと気にしてくれるから、私は自分のこと気にしなくて済んじゃうの。」


「どういう理屈だよ…」


「ふふ。私はね、幸村。嬉しいから笑うし、楽しいから笑うよ。みんなと一緒にいるのが好きだから笑うんだよ。」


「………。」


「考えちゃうこともあるけど、無理はしてないの。幸せだから笑うの。」


「でも、」


「そういう風にいられるのは 幸村のお陰だよ。 ……ちゃんとそれを、わかってね。」




嗚呼。


本当に 敵わない。




「……君は天使なんかじゃないな。」


「ええ?だから前からそう言ってるじゃん。」


「悪魔だよ。…俺を翻弄する小悪魔だ。」


「だって、幸村の前では天使じゃなくても別にいいんでしょ?」


「!」


きょとんとしてしまった。肩に乗るあきらの顔を見つめる。


あきらは満足そうに笑っていた。


「………俺に何度敵わないって思わせれば気が済むんだろうね。君は。」


「魔王様をそう思わせる私って何者なんだろうね…天使じゃないなら神様とか?」


「………。」


「いたっ!?……病人なんですけど」


「うるさい」


思わずデコピンをしてしまった。…まったく。




「部長ー……」




「!」


遠くから、赤也の声が響いてきた。俺を探してるらしい。


「忘れてた。俺、赤也に居残りしろって言ってたんだった。しごくからって」


「えっ、行かなきゃじゃん。ちょっとめっちゃ探してるけど」


「んー…、」


俺はあきらのほてった手を取った。あきらから少し驚いた様子が伝わってくる。


「もうちょっとくらい、放っといても大丈夫でしょ。」


「い…いいの?」


「いいの。」


それでも振り払われなかった手に俺は少し満足をする。






「もうちょっとくらい、俺だけのあきらを独占したいからね。」






今度こそ驚くよりもたじろいだあきらの手。


「……………魔王…。」


「何だい小悪魔さん」


ついでにうらめしそうな声も漏れてきて、俺は何だか笑ってしまった。








さっきよりも少しだけ熱くなったあきらの体温が


熱のせいなのか違うもののせいなのかは、


今はまだ あまり考えないことにした。











END