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「いいか、俺たちは八百長試合なんかしない。正々堂々と奴らを倒すぞ」



「「「おう!」」」








風の少年 episode.0








『それでは皆さん、これより、青春学園テニス部 対 桜吹雪テニスチームによる、エキシビジョンマッチをお楽しみください!』




翌日。


気持ち良いほどに晴れ渡った天気の中、桜吹雪チームとの試合は予定通り開幕した。


コートの外では 私たちを見下ろせる位置に桜吹雪彦摩呂が不敵な笑みを浮かべて座っている。


「桃城、海堂、思い切りやってこい」


「「ういっす!!」」


第一試合ダブルスの青学サイドは2年コンビ。


八百長に屈しないと決めた私たちは、気合い十分でベンチへと並ぶ。


……しかし私の気持ちは、試合に集中しているようで 何だか半分ぼんやりとしていた。


視界の隅に映るのは




「……越前リョーガ」




「?何か言ったかあきら?」


「えっ!?ううん、何でもない」


不思議そうな顔で振り返った大石。……駄目だ今は試合に集中しないと。


だけど、私には昨日の越前リョーガがどうしても頭から離れなかった。






「…………敵わねえなァ…」






私の体には、越前リョーガに抱きしめられた熱が まだ残っている。






『ゲームアンドマッチ!青春学園、桃城・海堂!』


「!」


「よっしゃあああー!!」


ぼんやりしている内に二人の試合が終わった。結果は二人の圧勝。……やった!


気持ちのいい顔でベンチへと戻って来た二人に、みんながわっと集まる。


「よくやったぞ!」


「あっち、大したことなさそうっすね。」


「こら越前そういうことは言うな」


「だって実際………曲者なのは、多分アイツだけっすよ」


そう言って越前が見据えた先を、みんなが追うように見た。


向こうのベンチに座る越前リョーガ。自分のチームがやられたというのにさして悔しがっている様子はない。


チームメイトに慰めも労いの言葉もかけることなく、越前リョーガは余裕の笑みをたたえたままこちらを見ていた。


「…そんなに、強いのか?」


「分かるでしょ。アイツの格が違うことくらい」


「「「…………。」」」


みんなが思わず黙った。誰もがちゃんと感じている。


越前リョーガの、ふざけた態度ばかり取っている裏に一瞬の隙も無いことを。


「……。何にせよ、これでもう引き返せなくなったね。」


不二が静かに沈黙を破った。


そうだ。もう私たちは引き返せない。


「いいかみんな。このままの勢いで、油断せずに行こう」


「「「おう!」」」


手塚の言葉に、全員が今一度気合いの声をあげた。



















そして続いて行われたダブルスの2ゲームも、大石・菊丸、河村・乾が見事勝ち取った。快勝だ。


前半のダブルスを終えて休憩になった私たちの控室。




「……そうか。俺たちが試合に勝ったことで あっちの選手がそんなことになってるなんて…。」




試合の最中、コートの上から観戦していた桜吹雪彦摩呂の顔がどんどん歪んでいく様子がよく見えた。


向こうの様子を見て来いと手塚に言われて行ってきた英二が持ち帰ってきた話は、桜吹雪チームも桜吹雪彦摩呂に脅されているらしいという話。


どうやらこの八百長での損失分をここで働いて返済するまでは、家にも帰さないと言っていたらしい。


「どうする?」


「桜吹雪に利用されてただけってなら…」


「見過ごすわけにはいかねえなあ、いかねえよ」


みんなが真面目な顔でお互いを見合う。


その時だった。




「やっぱりな。…余計な詮索はここまでだ。」




英二の後ろで急に開いた扉。包丁を持った姿で入ってきたのは、桜吹雪彦摩呂の懐刀のコック。


「「「…!」」」


「不二、手塚、越前。………出ろ。」




…聞かれてた……!






















まさかこんなことになるなんて。


次のシングルスに出る3人だけが部屋から連れ出されれば、私たちの残された部屋には先ほどのコックが見張りについた。勝手なことはさせないということだろう。


「(まさか英二が偵察に行ったのがバレてたとはな…)」


「(ごめえん…)」


「(いいから、状況打開の方法を考えなさいよ!)」


コックに聞こえないようにこそこそと作戦会議をする。


「(何とかしてここから脱出しないと……)」


「…………。ん?」


「(どうしたの乾?)」


「…………船酔いか。」


「え?」






















「さっすが乾!」


「あれを飲んだら無事じゃ済まないっすからね」


なんと、私たちは無事に部屋を脱出した。


乾が船酔いになってた見張りのコックに上手いこと乾汁を飲ませたんだ。コックは部屋で見事に伸びている。


「客船で働くコックが船酔いになどなるはずがない。この船は偽物ばかりだ。桜吹雪が賭けテニスをする為のな」


「偽物…」


つまるところ、あのコック以外の従業員も桜吹雪の息がかかった者たちということ。美味しくないご飯や、骨董品も、全部全部……。益々、時間がない。


私たちは全速力で船内を駆け抜けて行った。まず最初の目的は脅されている桜吹雪チームの解放、それから今試合真っ只中であるだろう手塚たちに私たちの無事を知らせること。


船内の至るところに設置されているモニターが、今は不二が頑張っている様子を知らせてくれた。


S3の試合が始まってから随分時間が経ったはずだ。私たちが逃げる時間を稼いでくれてるということ。


手塚たちに知らせに行くのは桃が請け負ってくれた。一人別行動でコートの方へと去っていく。


「…………。」


「俺たちも早くあっちチームの解放に行こう。英二、部屋の場所はどこか覚えて…」


「ねえごめんみんな!」


「?あきら先輩?」


急に立ち止まった私。かなり前を走っていた他の5人が吃驚して急ブレーキをかけた。


「何だあきら急がないと、」


「私ちょっと別行動する!必ず合流するから心配しないで!」


そしてそれだけ叫んで、私は逆方向へと全力で走り出した。


「はっ…えっ待てあきら!おい!!」


後ろから大石が叫ぶ声がする。「俺が行きます」と海堂の声。このままじゃ海堂に捕まっちゃうな。


入り組んだ船内を複雑に駆け抜けて、海堂を巻くために一旦女性トイレに逃げ込んだ。海堂、ごめんね。


「…………っ、」


乱れた息を整えながらこの後のことを考える。


私の頭の中にはずっとたった一人が浮かんでいた。チャンスはS1が始まるまで。桃が私たちの無事を知らせてしまえば、不二と越前はあっと言う間に試合を片付けるだろう。


「時間が無い…!」


さっきまでの試合のままなら、コートにいるはずだ。無事に辿り着けるかな。桃と一緒に行けば良かった。


限りなく難しいけど どうにかしてアイツだけを捕まえたい。




越前リョーガに 会いに行く。


























見覚えのある短髪が、客席の上から不二に大きく手を振っている様子が見えた。…へえ、上手く逃げたのかあいつら。


途端に試合中の不二のプレーが変わる。やっぱり本気を出してなかったようだ。


黙って退散すりゃ良かったのに、客席の上の野郎がわあわあ騒いだお陰で隣の桜吹雪のおっさんがあいつに気付いた。


「あいつら部屋から逃げ出しやがったな!?」


「すっすいません社長…」


後ろから現れたヘロヘロになったコック。一体何があった?


「全員逃げたのか!」


「はっはい、選手6人と女一人…俺、変な飲み物飲まされて」


「言い訳は良い!さっさと捕まえてこい!」


「はっはいい!」


「…………。」


コックがバタバタと去って行く。俺はそのやり取りを黙って聞いていた。


桜吹雪のおっさんがイライラと煙草を弄りだす。…これで捕まったら、あいつら終わりだな。


「………、」


「おいリョーガ何処へ行く」


「便所くらい好きに行かせてくれよ」


「……さっさと行け」


俺はコートを見渡せる展望デッキから船内へと入れば、足早に階段を下っていった。



























「〜〜〜〜〜!!!」


「ハハッ…まさか女一人で逃げてるなんてな。仲間に見捨てられたのお嬢ちゃん?」




最悪だ。




捕まってしまった。


一人で行動し始めてから間もなく桜吹雪サイドに見つかったのだ。


口も、手も、大の男に取り押さえられてしまったら何も出来ない。最悪だ最悪だ最悪だ。


「(ごめん大石…!)」


「大人しくしてろよ。まっ、たかが中坊捕まえるのなんてワケねえからな、他の奴らももうじき捕まる。」


「っ、〜〜〜!」


一生懸命もがいてみるもののびくともしなかった。マジでやばい。


「とりあえず、男共は他の奴らに任せてお嬢ちゃんは俺と一休みでもしよっか」


「!」


その時男の声色が変わった。私をがんじがらめにしたままぐいっと廊下を引きずり始めた男。


背筋にぞっとしたものが走る。嘘、待って、こいつ、どこに向かってる?


視線をまわりに走らせる。誰もいない。人っ子一人いない。


やばい。やだ。やばい。嘘。やばい!


男の手が、とある客室の扉にかかった。


「―――っっ!」




やばい!




―――ガン!!!




「!!?」


その時 突然男が吹っ飛んだ。


男が勢いよく倒れた衝撃に押されて私も一緒に転ぶ。


何が起きたか分からずに目をチカチカさせていれば、私の腕が力強く引っ張られた。


「立て!走れ!」


「…!」


「早くしろ!!」


そのまま一緒に走り出す。私の腕を引いて前を走る後ろ姿は、たった一人、間違うはずがない。




「おい!テメェ! 越前リョーガ!!!」


「……っ!」




後ろから吹っ飛ばされた男の怒鳴り声が追ってきた。


「隠れるぜ!」


越前リョーガに連れまわされるままに船内を走り回って、もつれるようにして一つの客室の中へと飛び込む。


勢いよく扉を閉めて、暫く越前リョーガが廊下へ耳をそばだてていた。


「……追ってきてねーみてえだな。」


ふう、と一息ついた。


「………っ、……」


「……大丈夫か?」


私は部屋にへたり込んでいた。


息も絶え絶えに目の前に立つそいつをガン見する。


「………会えた…」


「…………。」




「会えた…!!」




私はそのままボロボロと涙を零した。…こんな予定じゃなかったのに。悔しい。


「……怒ってねえの?」


「怒ってるに決まってんじゃん!!」


「………。」


越前リョーガが私のそばまで近付いてくる。少し戸惑っているのを感じた。




「ねえ お願いだから遊びだなんて言わないで」




「!」


時間を惜しむように、私は言葉が零れるままに口を開いた。


「このままあんな奴の言いなりになんてならないでよ。ねえ、分かってるんでしょ?このままこんなこと続けてたらあいつにずっと利用される」


「………。」


「違法だとか、危ないとか、もちろんあるけど、そういうことじゃない。そういうことじゃなくて、」




昨日伝わってきたもの。




「あんたがテニスに懸けてるものを、もっと大事にしてよ!!!」




「……あきら」


「あんな奴に安売りしないで!簡単に誰かの道具にならないで!」


「………。」






「テニス好きなんでしょ!!?」






ほぼ泣き叫んでいた。


息が切れて、嗚咽が漏れる。……何で私ばっかこんな必死になってんの?


こんな、会って間もない奴に。こんな、こんな……




「あきら」




「……っ、」


「顔上げろ」


「やだ…っ」


「何でお前、俺にそこまでするわけ?」


「私が聞きたい!」


「………。……ンだよそれ…」




嘘。


ちゃんと 分かってる




「…………。」


越前リョーガの大きな手が、私の顔を包んだ。


「……!えち、っ…!」




それはあまりにも強引で、優しい口付けだった。


吃驚して逃げようとした私の頭を、越前リョーガの手がぐっと抑えつけて私の体ごと引き寄せる。


どんどん熱く激しくなっていく口付けが、必死で、何でか切なくて、涙が止まらなかった。




ずっとこのままでいられたらいいのに。




「…………あきら。」


「……っ、……」


ふと離れた唇が、囁くように私の名を呼んだ。


「……ねえ、何でこんなことすんの…?」


未だ止まらない涙声のまま、越前リョーガを見つめる。


「…お前のせいだろーが」


「な…」


「なあ、俺の名前呼んで」


「っは…?」


「いいから呼べよ」


「……越前…リョーガ……?」


「もっと」


「リョーガ…」


「………。」


「リョー…んっ…!」


再び強引に唇を奪われた。


さっきよりも更に激しく、それでも今度はあっさり離れた唇に、私は大きく息を切らした。


「…………。」


「…………。」


リョーガが無言のまま茫然とする私を腕の中へと納める。


そうして二人とも口を開かないまま、お互いの心臓の音を聴いていた。




「……お前の言葉、忘れねえよ」




「…!」


数秒か、数分か。暫くの無言の後に、ぽつりと聞こえた言葉。


顔を上げようとすれば、ぐっと私の頭を抑える越前リョーガの手に阻まれた。






「……あきらのこと、忘れない」






「!!」


そして、越前リョーガが勢い良く立ちあがった。そのまま背を向けて歩き出す。


「リョーガ、」


「最高の試合してきてやるよ」


「!」






「俺もテニス、好きだからよ」






最後にちらりと振り返った顔。


満足気に笑ったその顔は、とても清々しい顔をしていた。























その後のことは 本当に嵐のようで 細かいことはほとんど覚えていない。




船内で爆発が起きた。


沈没するんじゃないかという、本当に映画のような混乱の中で越前リョーガの最後の姿を見た。




S1の試合。


コートに立っていたのは S1に出る予定だった手塚ではなく越前と、


…越前リョーガ。




越前リョーガが部屋から去った直後、海堂が探しに来てくれたまま私たちはコートへ向かった。


既に始まっていた試合は早くも白熱していて、それでも楽しそうに笑い声をあげた越前リョーガの姿が焼け付くように頭に残った。


その直後に爆発が起こり、逃げろと手塚から力づくでその場から連れ去られた私は最後まで試合を見ていない。


嫌だって抵抗したのにあきらだけでも先にと一人みんなと別れて避難船に乗せられ、


数時間後、全員と合流する頃には全てが終わった後だった。
























「桜吹雪彦摩呂、捕まったってよ」


はぁー良かった良かった、と 桃が盛大な溜息をつきながら携帯を部室の机へと投げ出した。


ついさっき鳴った着信音。情報提供は氷帝の2年生らしい。


それというのも今回の事の収束は氷帝の部長、跡部くんがつけてくれたからだ。


とんでもない大事件としてニュースに流れてもおかしくない今回の事件だが、問題の中心に私たちがいて大会を控えていること、相手チームも未成年ばかりだったこと、様々なことを考慮して公にならないように跡部くんが全て上手く取り計らってくれた。


それが恐ろしいほど大変だったろうことはよく分かっている。普段はあまり好きじゃない跡部くんだったけど 今回ばかりは彼の持つ権力に頭が上がらなかった。




「でもやっぱ、越前の兄貴の消息だけは消えちまったみたいっすね」




最後に付け足された言葉に、全員が暫し考え込む表情をした。


あの日、船に乗船していた全員が避難した後も、なんと越前と越前リョーガは最後まで船に残って試合を続けていた。


私以外のみんなが船の近くで越前の脱出を待ち続ける中、その越前を船から連れてきてくれたのは他でもない越前リョーガだったそうだ。


そしてそのまま、越前リョーガだけ一人でウォーターバイクで去っていってしまった。




「…死ぬタマじゃないっすよ」




「越前」


「またどっかで飄々と生活してると思います。だってあの人、マジでずっとああやって一人で生きてきたんすよ。」


「まあ……とは言っても俺らと同じ子供だぞ。ああいう危ない仕事だってしてきてたんだろう?」


「もうそんな心配要らないっすよ。……なんか妙に吹っ切れた顔、してたし。」


実の弟である越前がそう言い切ってしまえば、私たちがそれ以上言える言葉は何も無かった。








後で越前がこっそり教えてくれたことがある。


「ねえ、『お前も忘れんなよ』って、何?」


「え、?」


「あいつ。最後に俺に言い残してったんだよ。『あきらに伝言』って」


「!」


「あきら先輩、あいつと何か約束でもしたの?」


「…………。」


口を閉ざしてしまった私に、越前は「…何か面白くない。」とだけ呟いた。








風のような人だった。


手を伸ばしてもするりと抜けていってしまいそうな、風のような人だった。


約束?


そんな立派なものをした覚えはない。何も残していってくれない、ずるい人。








「 ……忘れないよ 」








でも忘れない。


あいつのまなざしを。声を。香りを。吐息を。




私はきっと 忘れない。
















END




長々とお読み頂きありがとうございました…!前後編にしか分けなかったことを大変後悔しています()
遥か昔に書いた「風の少年」、そしてそれから5年以上経ってから書きあげたepisode.0。多くの矛盾と文章の完成度の差はぬるい目で許して頂けるととても嬉しいです。(笑)
こっちが出来てから、ここから本編の再会への展開に至るかという部分の矛盾を拭いきれずほんのすこ〜〜〜しのすり合わせはしたんですが、やっぱり多少の無理があります。(笑)
映画「二人のサムライ」をご覧になっていない方も楽しめて頂けたでしょうか?頑張ったつもりではあるのですが、これどんな流れよワケ分からんわよ!って思ったらマジすみません。持てる力は一応振り絞りました…。

それにしても二人のサムライ、現実に起こったことに仕立て上げるのは本当に無謀な作品だよこんちくしょう。跡部様バンザイ!(笑)
わたしもよくこれにラブをねじ込もうと思いましたね。(笑)しかし楽しかった!お疲れ様でした。