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『幸村の結婚式、マジで来ないの?』


『仕事休めなかったんだよ〜〜』


『二次会も?』


『遅くなっちゃうからパスした。またその内ね!私の分もおめでとうって言っといて(^^)』


そんなメッセージのやり取りをしたのが一週間くらい前。スマホに映るその画面を俺はぼんやりと見つめた。やり取りをしたその時は、そっか忙しいんだなあくらいにしか思っていなかった。


俺たちはまだ20代の若造で、仕事も恋愛も、人生の苦労とか、ぶち当たる壁とか、そういうのは自分も周りもまだまだこれからで、せいぜい結婚して自分の家族ってやつがやっとスタートしたくらいの、所詮その程度の奴らがほとんどだった。


俺たちは色々なことを知らない。


ただ月日を重ねただけで大人になったよななんて、歳取ったよなあなんて、いつしか軽口で言うようになった俺たちは、知らないことを、知らないんだ。











「詩芽、実家に帰ったらしいぜ。」


「え?」


「俺もつい最近人から聞いて知ったんだけどよ。」


立食になった騒がしい二次会の会場の一角で、酒のグラスを傾けたジャッカルが教えてくれた。


「神奈川にいないってこと?」


「らしい。もう半年も前だと。何だ、ブン太も知らなかったのか。」


「初耳だよ。仕事も転職したのか?」


「そうだろ?まあ、最近多いけどな、俺らのまわり。」


「そうだけど……。」


ストレートに大学を卒業した奴なら働き出して4年5年。確かにこの近年転職する奴らは多かった。東京神奈川から離れて実家に帰る奴も。…でも詩芽が?


「あんな楽しそうに仕事してたじゃん。」


「なあ。まあ暫く会ってなかったから最近どうだとかも聞いてなかったけどな。お前も連絡取ってなかったんだな。」


「今日のことで連絡した時が久々だったんだよ。でもあいつ、そん時は単に仕事休めなかったって言っただけで…遅くなるから二次会も行けないって……てっきり神奈川にいるんだと思ってた。」


「ふうん?まあ、わざわざ話すまでもないって思ったんじゃねえのか」


「………。」


何だよそれ。水臭すぎだろい……。


そんな文句は口には出さず、何てことないように話すジャッカルを気付かれないように睨んだ。


詩芽も詩芽だ。遅くなるから二次会行けない?実家に帰ったんなら当たり前だ。あいつの実家は電車で二時間はかかる。何で教えてくんねえんだよ。


詩芽の電話番号を呼び出した。今二次会の最中だってことは詩芽も分かるはずだ。鳴り続けるコール音は待てども待てども途切れなかった。


思い返してみれば気付けば1年以上もう詩芽とは会っていない。幸村のようにこうやって結婚した仲間も増えてきて、子供も出来た奴らもいて、男友達とさえ働き出しの頃のようにしょっちゅう会うなんてしなくなった。付き合い悪いとか良いとか最早そういう話じゃないのだ。それぞれ大事にしなければならない生活が、当たり前のように、俺たちにはそれぞれ増えた。


あんなに楽しそうにしていた仕事を辞めて、詩芽はどんな生活を選んだんだろう。












『電話くれたのにごめんねー!結婚式どうだった?』


折り返しの電話ではなくメッセージで返信が来たのはもうてっぺんも随分回った時間だった。迷うことなくもう一度電話をかける。メッセージが来てから間をあけてない。


だけど詩芽は、出なかった。


『何で電話出ないんだよ?』


『ごめん電車の中!ねえ写メとか送ってよ。』


『写真は女子のが撮ってるから、別の奴に頼んだ方がいいかも。じゃあ電車降りたら教えて』


『遅くなっちゃうから今日は無理かな。丸井も今日はお疲れ様!丸井も結婚する時は教えてねー(笑) じゃ、おやすみ!』


「は?」


俺はスマホの画面を凝視した。あからさまだった。あまりに強引に畳まれたメッセージ。冷静になって考えれば、あいつの地元じゃそもそもこんな時間に電車だって無いんじゃないのか。………嘘吐かれた?


「何の為に……。」


電話したくない理由ってなんだ。長引くことさえ許されなかったやり取り。……電話が嫌なんじゃなくて、そもそも話したく、なかった?俺何か嫌われるようなことしたっけ……。


学生時代からかなり仲は良かった。大事な友達だった。卒業してからもよく仲間内で遊んでたし二人で飲みに行くことだってあった。いつの間にか飯に行くことも減っていって、SNSくらいでしか近況も知らなくなって……そんな奴らは、別に詩芽だけなんかじゃないけど。


あいつ最近どんなことあげてたっけ?そういえば詩芽の近況、よく覚えてない気がすると思って、SNSの詩芽のアカウントを呼び出す。


いつの間にかアカウントも消えていた。


「……え?」


なんか、おかしい。


いや、アカウントを消すなんて別に珍しくない。でも詩芽は結構豆に更新するタイプで、仕事のこともプライベートのこともわりと楽しそうにアップしてて、相変わらず元気そうだななんて思ってて……。いくつかあるSNSの詩芽の名前は全部消えていた。そりゃ最近の近況なんて覚えてないわけだ。


「……はは、何だそれ。」


『近況なんて覚えてないわけだ』? 違う。それ自体が間違っている。


ただのSNS上のタイムラインを読んだだけだ。知った気になって元気そうかもなんて……違うだろ。




『知らなかった』んじゃないか。


最初から。




さっきやり取りしたばかりのメッセージを読み返す。


アイコンだけじゃ詩芽の顔なんて分からない。声を聞くことさえかわされた。


詩芽、今、お前、


「『何処』にいるんだよ…?」












『お父さん事故にあって……要介護になったって言ってた。実家継ぐために戻ったの。』


「………。」


詩芽と同じように仲良くやっていた別の友達から電話でそう聞き出したのは、詩芽がLINEも電話も全然返してくれないことに焦れた頃だった。


「…何で隠すんだ?」


『言えるわけないじゃん、東京で働き盛りの友達にさ。あきらがしてることは実家継ぐだけじゃないんだよ丸井。これから親を介護していかなきゃいけないし、家だって土地だって守っていかなきゃいけない。それって今だけ頑張る話じゃないの。これから死ぬまで一生なの。同年代の友達みんなが東京で好きな仕事して、夢を追いかけて、結婚したりしててさ……言ったら、辛くなるのは自分だよ。』


「………。」


『付き合ってた彼氏とも別れたって言ってた。……多分将来結婚するつもりも無いと思う。』


「はあ?極端だろ」


『丸井。』


「!」


その友達が急に出した鋭い声に、俺はびくりと口を閉じた。




『あきらはもう戻れないの。覚悟した場所と人生があるの。………簡単にどうにか出来ると思わないで。』




……そんなの、分かってるよ。


『………。』


「………。」


『……丸井。』


電話の向こうでふっと空気が緩んだ気配がした。鋭かった声色が柔らかくなる。


『うちらの歳ってさ、若いってだけで楽しいよね。毎日さ。やりたいこといっぱいあるし、何でも始められる気がするし……社会人になって、望むことをひとりで実現できる力も持てるようなったし。…それが当たり前じゃない人がいること、身に沁みるのはどうしたって難しいんだよ。だって結局若いんだもん。』


何だよ、それ。


『分かった気になったって分かれないの。分かったなんて思っちゃ駄目なの。無理なんだよ。うちらじゃ頑張れなんて言えない。』


「……何だよそれ…。」


『……今はまだあきらも忙しいだろうけどさ、何も知らないふりしてくだらないLINEでも偶に送ってあげて。それだけで十分だよ。』


そして切れたスマホの画面を、俺は暫くぼんやりと眺めていた。









例えば仕事がすげえ辛くて、しんどくて、目標とかなかったりして。人間関係が上手くいかないとか、ブラック企業とかよくある話だし、自分は何のために頑張ってるんだろうって思ったりする。


恋愛トラブル、修羅場、浮気とか不倫とか。子育てが上手くいかない、結婚したけど離婚の危機、いくら俺らが若いからって、いや若いからこそのことも含めて、やっぱり珍しい話じゃない。


みんな色々あるよな。泣きたくなるくらい重たいもの、きっとみんな抱えて生きている。そんなことは、みんながみんな、ちゃんと分かっている。


だけど自分じゃない他人の人生なんて、案外みんな、分かってない。


『みんな色々あるよ。』


たったその一言で、分かった気になって共有した気になる。「自分だけが辛いんじゃないよな。」って、そう言えばまるで一緒に頑張っているような錯覚に陥る。


それはそれでいいんだ。一緒に頑張ってる気になれる、それが大事な時もあると思う。でもSNSで押したいいねで、他人の辛さを分かって、受け入れた気になって……。




本当に救えたものって 一体いくつあるんだろう。














「何でいるの?」


目の前に立つ詩芽がそう呟いた瞬間、詩芽の目からは大粒の涙が零れていた。きっと本人も涙が流れたことに驚いていた。でもどうしようも出来ないことに戸惑ってもいた。


「何でいるの? 丸井、」


「会いに行くって言っただろい。」


「そ…そうじゃなくて……」


ずっと繋がらなかった電話。最終手段だと、「会いに行く」と送ったメッセージに、初めて詩芽から電話がかかってきたのがつい昨日のこと。


『今まで返信出来なくてごめんね丸井ー!ほんと最近仕事が忙しくってさ。まだ休みも暫く取れないから…会うのはちょっと、』


「お前今神奈川いないだろ」


『…え?』


「帰ったんだろ、実家。全部聞いた。」


『え、あー…うんそう、そっか知ってたんだ。そうなの実は転職したんだよね、地元恋しくなっちゃってさ。』


「ふざけんなよ。」


『!』


気付いたらそんな言葉が零れていた。


「何も知らないと思うなよ。何でそんな嘘吐くんだよ。今、大変なんだろ。辛いんじゃないのかよ、しんどいんじゃないのかよ?」


『ど、どしたの丸井…』


「何でそんな何でもないことみたいに話すんだ?弱音くらい吐けよ!」


『…………。』


いつの間にか俺の声はほとんど叫んでいた。電話の向こうで詩芽が息を深く吸い込んだのを感じた。


『……やめてよ……。』


「なあ、会いたいんだけど。」


『やめて、優しくしないで』


しぼり出すように言った涙混じりの声を最後に、電話は強引に切られた。もう何度かけても電話は繋がらなかった。


流石にしつけえかな。本気で嫌われるかな。彼氏でもなんでもない男にこんなことされて、怖がらせてたら、ほんとごめん。


でも、だったら何で泣いた? あんな今にも消えてしまいそうな声で。


心細いと、伝わってしまう声で。


馬鹿野郎、隠すなら、もっと上手くやれ。


考えるよりも先に次の日俺は電車に乗っていた。


電話はしても無駄だ。今お前の地元の駅にいるとだけメッセージを送って、駅前のコーヒーショップで時間を潰した。


数時間後に息を切らして現れた詩芽は、顔を合わせた瞬間に泣いていた。


「……流石に引いた?」


冗談交じりに言った俺に、詩芽はくすりとも笑ってくれない。


「やめてって、言ったのに……っ」


詩芽はどっから出てくるんだってくらいぼろぼろに涙を零した。自分でもどうしたらいいか分からないようだった。


こんな風に泣く詩芽、見るの初めてだ。本当馬鹿だろ、どんだけ気張ってたんだよ?我慢してたんだよ?俺なんかに会ったくらいで、そんななるほど……




(……俺の方が、つらい。)




気付いたら手を伸ばしていた。


「何で?何でいるの?」


俺の腕の中で詩芽は泣きながら何度も同じ質問を繰り返した。震える体が可哀想で仕方がなかった。




『分かった気になったって分かれないの。』




あいつに言われた言葉を思い出す。


分からないよ。まだ、俺には詩芽の背負ってるものがきっと分からない。


でも分かりたいんだ。分けて欲しいんだ。一緒に持たせて欲しい。自分は強いんだなんて思わないで欲しい。


「そばにいたかったから。」


「っ……」


「詩芽のそばにいたかったから。」


「丸井、」






「俺がそばにいるから」






頼むから。


「一人なんて選ぶんじゃねえよ……」


「うう……っ」




俺を掴む詩芽の手に、力がこもるのを感じていた。


震える体を俺も同じくらい強く抱きしめた。詩芽の不安が、寂しさが、どうかほんの少しでも無くなるように。


俺がここにいることが、痛いくらいに伝わるように。




「俺がそばにいるから……」




何度だって、伝えるから。










END