2014/03/04
古花
今日、何度目かも分からない嘘をついた




IQ160の男を遙かに凌駕する明瞭にして冷徹な頭脳を持った俺たちの首相兼部長は今日も啼いていた。人の声にしてはあまりにも悲惨なその様に、そう表現する以上に適切なものは無いと、俺は思う。啼いていたのだ。高い音にしか聞こえないそれはタバコ臭い個室の中で意味もなく空気中へと消えていく。それを俺はただただ聞いていた。目を閉じて、肩口に感じる生暖かさから目を背けながら。されるがままになる事で、好きにさせてやる。それは彼本人が望んだ事だった。そして、俺がこうしている為の条件だった


この関係は昨年の十一月頃から始まった


大して世間に興味を持たない俺は特に何をするというわけでもなく、進学高校にいて只々日々をやり過ごすことに徹していた。俺には幼い頃の記憶がない。記憶はないが、幼い頃に会った何かを俺は知っている。それのおかげで俺には大凡感情と言われるものがごっそりと欠落していた。表情筋は動かず、目に光は宿らない。唯淡々と、世の中の風景を受け流すだけの人間だ。俺には触角はあっても痛覚は無い。好みはあってもそれ以上は無かった。俺の中に特別、という感情は一切ない


それを彼は、花宮真は気にいったらしい


何処で俺という存在を認識したのかは知らない。だが、俺の事を観察していたという。そして、大凡こういう人物だろうと、中りを付けられた。それは大正解だから特に言い返すこともせず、まぁ、外れていても言い返すつもりはなかっただが、それを事実だとごくごく普通に認めた。俺には大凡感情と言われるものがない。と。それを聞いた花宮は俺に頼みがある、と言った。頼みは全部で二つだった

一つ目は、バスケ部にはいる事
二つ目は、花宮の傍にいる事

一つ目だけでも構わないと言われた。俺は彼曰く小器用で、運動神経も反射能力も学習能力も状況適用能力も、大凡一般人に求められるスキルは上々らしく、普通に欲しい人材だと。二つ目に関しては、もっと、細かい指示がある。受けるかうけないかを決めてから、詳しくは説明してやる。まず、大まかな説明だが、と、花宮が話をしようとした時、俺はそれを遮って、いいよ。と一言返した。花宮は酷く驚いた表情をした。俺はそれを感慨もなく見ていた。普通、出来ない人間からすれば、彼のように普通に感情を持つことは"羨ましい"事なんだろうな、と思いながら

「何もきかねーのか」
「いらない。聞いたところで俺は何も感じない」
「・・・そう、だな」
「花宮は俺を都合よく使えばいい。俺はそれでいい」

花宮の表情が一度消えて、それから一瞬暗くなった。ニッと無理やり歪められたかのような口元が、ふはっと、息の様な声をだし、それから、何故か辛そうな表情で花宮は口を開いた。俺は何も辛くないのに

「頼んでおいてなんだが、それで、お前に何のメリットがある」
「俺は感情が欠落していると言っても間違えじゃない。実際は違うらしいが」
「・・・ああ」
「だから、他人の感情には興味がある」
「でも、聞かねーんだろ?」
「聞かない。どうしても話したいのなら話せばいい。俺は無理に求めたいとは思わない」

花宮は何も言わずに暫く俺を見ていた。俺はどうすべきか分からなかったから、とりあえず黙っていた。それが正しい選択だったのか、間違えた選択だったのかは知らない。だが、沈黙が続いた。俺は普段自分から口を開かないから、沈黙は苦じゃない。大体、苦ってなんだろうな。そんな程度のつまらない人間だ。面白みに欠けているの代表格になれるだろう。面白み、さえ、分からないが

「じゃあ、いい。俺の命令を聞け」
「ああ、分かった。花宮」

俺はその場で五つの約束をした。俺にしてはなんだ、その程度か。そう言ってしまいそうなものだった。言わなかったが。花宮は多少の羞恥だろう感情に支配されたのか、顔を仄かに上気させた状態で言い放った

其の一、花宮に無駄な詮索はしない
其の二、花宮の好きにさせてやる
其の三、花宮の質問には的確に答える
其の四、花宮との関係は公言しない
其の五、花宮を置去りにしない

ワール●イズマインかよと、思わなかったわけではない。四に関してはするつもりなど毛ほどもない。第一どう説明すればいい。俺は定期的に、もしくは頻回にカラオケボックスか視聴覚室に連れ込まれて半ば抱き枕扱いでストレスが限界値、崩壊寸前の花宮真の感情を発散する手伝いをしてやる係です。と言えばいいのか?高校バスケットボール界では悪童と名高く、高校内では優等生として有名な"あの"花宮が、ボロボロだ、だなんてそんなの誰が信じる。どうした古橋、夢でも見たのか?そういわれるのが落ちだと思う。だから俺は特に気にしていなかった。条件はあってないようなもの、そう思っていた。俺はされるがままにさせてやり、何も言わずに傍にいる。昼休みより前に声をかけられた時は黙って花宮について視聴覚室まで付き合い、部活前後なら、花宮のペースに合わせて帰り支度を済ませてカラオケボックスへと寄った。特に何か声をかけるわけでもなく、散々啼き声を聞いて、それから一緒に帰る
カラオケボックスの時には、一曲くらい歌ってから帰る。 そして、全額払おうとする花宮を遮って俺が払ってしまうので、花宮に文句を言われるが、その代わりにと、花宮はからなず帰りにマジバで何かを奢ってくれた。別に良いのに

「康次郎」

合図は名前。小さく、小さく、呼ばれる。普段は古橋と呼ぶそれが、俺を人用とした瞬間に、下の名前に変わる。弱弱しいそれに俺は黙って頷く。俺にとっては会ってないような約束事をしっかりと守って、俺は花宮に寄り添う。いつもピッタリと隣にいるから、"花宮厨古橋"とか言われているらしいが本当のことなので否定するつもりはない

「康次郎、俺は、ちゃんと、"花宮真"を演じきれているか?」

弱弱しい声は俺に問う。俺はそれに小さな嘘で答える。大丈夫だ、と。俺には彼が言う花宮真が誰なのか分からない。悪童と名高い彼なのか、もしくは霧崎第一高等学校きっての優等生として有名な彼なのか。俺には分からない。彼を善か悪かと問うた訳ではないし、問われても答えるつもりもないが、花宮の質問の意図も、分からない。俺は正しく答えてやれていない。唯の気休めを吐いているだけ。中身のない気休めなんて、所詮、嘘でしかない

「花宮、俺はお前に感謝してる」

例え、感謝という感情が、正しく理解できていないとしても





「古橋、」

或る日、突然花宮が俺の家を訪れた。住所は教えていたが、人が訪ねてくることも無かったため、たぶん、驚いたんだ。様子からしてストレスを溜めこんだわけではないと判断した俺は取りあえずリビングへと彼を招き入れた。花宮は始め、キョロキョロ見回すようにしていて、それから人様の家だと、それを窘めた様に通されたリビングのソファーに大人しく座っていた。そんな花宮に、アイスティーを提供する。偶々飲みたくて、準備をしていたんだ。それを提供して、花宮の隣に腰を下ろした花宮は取りあえず、と言った感じで一口、それを口に運びそれから、口を開いた。

「どうして、お前は、・・・感情を失くしたんだ」

意を決したように発言した彼はまっすぐと俺を見る。それはどこか不安そうで、そして、他にも色々と複雑に感情を混ぜたような言い様のない色を瞳に浮かべていた。唯黙ってその色を見ていた俺に、花宮はどういう解釈をしたのか。すまないと謝って立ち上がった。何かを捲し立てているが半分以上聞き取れない。どうやら何かを勘違いしているらしい花宮はそのまま帰ろうとしたので俺は腕をとってそれを引き止める

「・・・ふるはし」
「花宮、お前には何が見える?」

15階建てマンションの11階の南向きに大きな窓と広めのテラスの部屋。全室3LDKで完全防音。場所は郊外で比較的静か。その為セキリュティには細心の注意を払っている。白を基調とした広々としたリビング。俺の行動と発言にとりあえず腰を下ろした花宮は、居心地が悪そうにアイスティーを口に運んだ

「何もないだろう?」

白い壁には空っぽな写真用の額がいくつかかけられ、部屋の隅には観葉植物の白い鉢が置いてある。アイスティーを受け止めるコースタはガラス製のローテーブルの上におかれ、その下に合わせて敷かれた絨毯も、俺が腰を下ろしたままの組み換え式のソファーも、白だった。ローテーブルの端におかれたノートパソコンだけが、黒を主張した。四人掛けにもできるソファーはあえて三人掛けになる様に部屋の角になれべてあり、開けっ放しの和室の障子の向うは、明るい光を反射させ、ぽっかりと何もない空間に只々畳の蒼さを輝かせている。何も置かれていないカウンターキッチンのリビング側の壁は物置棚になっているが、そこもただただ白い空間を作っているだけだった。何もない。埃させない。それは徹底している。キリ

「始めから、父親が俺名義で買ったマンションなんだ。俺はココに一人で暮らしている」

花宮は黙って俺を見ていた。俺はなんとなく、カウンターキッチンの向うの食器棚に不相応にも並べられた沢山の食器を見た。使いもしないそれはすべてピカピカで、己の空っぽさを主張するようだったから目を逸らした。このマンション自体は父親の友人が管理をしていると聞いた。幼い頃、俺もお世話になったらしいが生憎記憶にはない。最近は会わないので、知らない

「俺名義の通帳には、一年浪人してから医学部に入って、研修期間を得ても有り余るほどの金が入れられている」

ふとグラスを見て、空になっているのに気付いた。俺は御変りは居るか?と聞けばコーヒーが飲みたい。と言われた。インスタントだが、と断りを先に入れてから薬缶を火にかけ、準備を始めた。俺の突然の行動をどう思ったのか、お茶菓子代わりのクッキーの入った缶を持ってきた俺をもの言いたげな表情で見ていた。キッチンに戻れば丁度ケテルが悲鳴を上げたところで、俺は火を止め、コーヒーを作る。カップに注ぎ、一応ミルクとシロップを逸れた状態で花宮に提供した

「俺には母親がいない。父親はいるが、国外、確かジュネーブに家を持っていて、家庭を持っている」
「・・・は?」
「別に捨てられたわけじゃない。俺が、"知らない人"の世話になるのが嫌だっただけだ」

缶のクッキーに手を伸ばし、一枚口に運ぶ。甘い。やっぱりこれは口に合わない。そう思いながらブラックのコーヒーを口に運んだ。どうせなら、引き立てを花宮に出してやりたかったな、なんて思っていたら、名前を呼ばれた

「康次郎」

開きかけた口を閉じ、花宮が何を言うのかを待った。花宮は珍しい表情を浮かべていた。人はこれを、困惑というのだろう

「お前、それ、俺に言っていいのかよ」
「いい。別に今まで聞かれなかったから黙ってただけの話だ」
「で、でも、」
「聞きたくないなら。黙る。俺としてはそれだけなんだが」
「違う、そうじゃない!」

珍しく語調を荒げた花宮ははっとした様子ですまんと言った。俺は別にかまわないのだが、花宮はどうしてそんなに慌てているのかが分からないため、どうしていいのか分からない

「俺に話していいのかよ、・・・聞いて、良いのか?」
「・・・聞いてくれるのか?」

花宮の視線が少し彷徨う。それを見ながら俺はもう一口、コーヒーを口に運んだ。


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