2014/03/01
.





"買って嬉しい花一匁"
                "まけて悔しい花一匁"
"あの子が欲しい"
                "あの子じゃ分からん"
"相談しましょう"
                "そうしましょ"





        一人、残った男の子





パッと目を覚ませば、木の板の組み合わせられた木目の屋根が視界に飛び込んだ。普段はなかなか木材だけで仕上げられた空間に身を置かないからか揺れない船にいるようで、少し居心地の悪さを感じ、体を起こせば、此処が何処だったかを思い出した
しゅるり、と、いつの間にかかけられていたらしい上着が落ちる音を聞き、あたりに視線を彷徨わせる。どこからか入ってきたらしい鼻の花びらが可愛らしい色も持って、昼寝する自分の周りに散らばっていた

よく寝た

自分の国では床で寝るなどありえないことだが、この国ではそれがあまりにも自然だった。どれほど長い時間寝て過ごしたのかは定かではないが日の高さからして三時間程だろうと苦笑する。タタミという床の後が体中あちこちに赤い線を作っていた
基本的に穏やかで安定した気候を持ち、四季というあまり馴染みのないものを、風情として楽しむ最果ての島国
自国では不浄の象徴とさえ言われる月を愛で、それを見ながら酒を酌み交わすことに少しばかり慣れてきた今日この頃、今晩の肴はなんだろうか、と心を躍らすに至っていた。のんびりと綺麗に整えられた自国とはだいぶ趣の異なる庭を眺める。絢爛さを求める西と、ありのままを調和というありのままを求める東。その違いを噛みしめるように、庭に揺れる花々や、木々のざわめきに耳を澄ました





「イスパニアさま。イスパニアさま」

てこてこと、小さな女の子が走って寄ってきた。彼女はココにいる間に自分の身の回りの世話を手伝ってくれる召使いの一人だった。どことなく彼の人に顔が似ていて、可愛らしかったので、彼の人に頼んでそうなる様にしてもらった

「どうしたん?」
「祖国様を、菊様を見かけませんでしたか?」
「今回はまだ見てへんのやけど、なして?」

あちこちを船で回る生活の中、また、彼の人の会える日を得た。いつもなら俺の到着に合わせて彼の人自らお迎えに来てくれるのに、今回はそれがなかった。きっと忙しいのだろう、といつも通り、ここへ来たときに止まる宿へと案内され、さっさと堅苦しい服を脱いでしまっていた

「い、いえ、瑣事ですので、どうぞお忘れください」

何処か慌てた様な物言いに、言ってはならないことを言ったという状況がピンときて、彼女を引き止める。大丈夫だと説き伏せて、事情を聴きだせば、彼女はおずおずと細やかに告げてきた

「菊様が、お見えにならないんです」

正直よく意味が解らなかった。それが彼女にも伝わったのだろう。彼女はか細い声のまま、三日ほど前から菊の姿が見えないのだと、教えてくれた

「いなくなった?」
「イスパニヤ様がいらっしゃったので、帰って来ていらっしゃらないかと、思ったのですが」

彼女は不安そうに眉をよせ、所在なさげに畳を見つめる。心細さからか、たすき掛けられた袖を後ろから引き、指先で遊ばせていた

「堪忍な、俺、今待て寝てたんや」
「・・・それは、失礼いたしました」
「かまへんよ。それより菊ちゃんやなぁ。見かけによらず強いし、問題はあらへんと思うけど」

少女はそっと視線を上げる。あまり年を感じさせない国の娘であるから、必要以上に幼く見えて、自分には似合わない庇護欲というものを多少、煽られる。そんなもの、慈悲の次に持ち合わせないものだと無いというのに

「うん、状況は分かった、じゃあ、俺も菊ちゃん探すんを手伝ったるわ」
「・・・え?」
「菊ちゃんには世話になっとるわけやし、何もせんと罰が当たりそうやわぁ」

おどけて言えば彼女は戸惑ったようにですが、と口を開く。次に続くだろう静止の言葉を遮るタイミングで彼女の頭に手を乗せて、撫でてやった。不安がらんでもええんやで。ふと、彼女が泣きそうになっていることに気づいた。だから大丈夫や、そう言って彼女を連れて館を出る。ほら、イコか。戸惑いながらも、頷いた彼女は、瞳に沢山溜まっていたはずのそれを綺麗に、何処かへとやってしまっていた





町の中で、手分けしようかと声をかけ、別行動を始めた。自分がいる見知らぬ土地に戸惑うことは無く、わくわくとしながら歩いた。これが、彼の人を形成しているパーツ。完全に自国とは趣が違う店が軒を連ね、これならば、火を放てば制圧も安いわ、なんて考えて、苦笑した。あかんわ、あの中の、小さいが精巧な商品たちが泣いてまう

「"売れるモン"は大事にせな」

思わず呟いたらしい言葉は、独り言として空気中に消えた。誰にも聞かれていないだろう。そう思ったし、第一、聞かれたところで何のことかは分からないだろうから、と、気に留めないでいた。だが、そのつぶやきの直後から、何処からともない視線を感じる。店と店の隙間から。行きかう民衆の中から。どこかの店先から。見られている、見られている

「コソコソせんでもえーんになぁ」

ふと、ある路地から、小さな小汚い男の子が顔を覗かせた。真っ直ぐにこちらを見て、何かを口パクで何かを短く繰り返す。リップリーディングは苦手やわぁ。そんなこと思いつつ、口の形を音にする。この国の言葉なら分からないかもしれない。そんなことを思いながら一番近い音を発すれば、自分の国の言葉だった。それは"Ven"という単語

「ついて来い、なぁ」

彼はこちらが意図を汲んだことに気づいたのか後退する。くるりと背を向け路地へと走っていった。それをなんとなく、追いかける。この先に物取りがいて、袋小路に追い詰められようが、構わない。俺はそれを口実に、さっさとこの国を自分のモンにするだけだ。そう、笑いを浮かべながら

暫くは知っているうちに、可笑しいな。と思った。少年の背を見失ったのだ。この国は不思議が起こるとよく聞くが、まさかそんなと首をかしげる。気づけば町からは結構遠くに来たらしく木々の聳え立つ薄暗い場所にいた。どうやってここまで来たのだろうか。全く覚えがない
キョロキョロと歩いていると人の気配を近くに感じた。これは売れる。これは売れるぞ。と下卑た声がする。それに合わせて幼女を抜けきらぬ声。女衒の一種だろうか、何処の国でも同じだな。そんなことを思いつつさっさとそこから離れようと思った。売りつけられてはかなわない。俺の身なりは相当いいのだ。顔も明らかに金を持っているモノの形だ

「おい誰だ、こんなのを捕まえてきたのは、男じゃないか」

その声に思わず足を止めた。この国では男も売り物になるのか。何時もならそう思った程度だっただろうが何故か気になった

「それがその小僧、中々に人気だ。今日も掛け声は荒くなり金は積まれる。明日で落とされるだろうが、」

男たちは下卑た声でそんな会話をしていたように思う。つまり、競売にかけられ、相場を吊り上げる商品がそこにいるということだ。それはどんな形をしているのか。純粋に好奇心が疼く。男にはたいして興味はないが、売人たちの声に混じって女の声もする。それはどうにも売り物だろうと分かるが、見てみるのも悪くはない。そんな事を思っていたからか、じゃりっと、足が音を立てた。微かな音だったが、男たちはなかなかに察しのいい質だったらしい。誰だと声を上げ、振り返った

「・・・んー、おじさんたち、そんな怖いせんで欲しぃわぁ。俺、道に迷っただけでやさかい」

木の陰になっていた位置から一歩ずれ、彼らに姿をさらせば彼らは驚いたように息をのんで、それから分が悪そうに前においていた金の詰まった袋を隠した。そんことせんでも、別にそないなはした金、手出す気なんてないんやけど

「お、お兄さん、お客かい?」
「客?おじさんら、何の商売しとるん?・・・奴隷商人?」

にっこりと、笑顔を作ってそう問えば、似たようなものだと声が答えた。警戒心を剥き出しにしているその声に、何やら優勢にあるように感じて、愉快だった。何に対して優勢なのか、全く見当がつかないのだが。商品になる人が、手足を縛られ、汚れた衣服でそこに並んでいた。女、女、女。すぐに買い手がつくだろうと、予測できそうなものばかりがそこに並んでいる。どうにも全て、人攫いによる商品のように見えた。その中に一つ、目を引くものも見つける

「居た」
「ん?あんちゃん、どうし、た・・・?」
「ん、あ、堪忍、怖がらせてしもた?でもちょーっと、動かんといてなぁ」

男たちを無視して、その目的へと歩み寄る。それに初めから気づいているだろうその者は、目をそらしたままいっこうに此方を向こうとはしない

「菊ちゃんご機嫌よぉ、それ、楽しいんかな?」

白い襦袢姿で後ろ手に手足を縛られ、あちこち泥に汚れた姿のそれは、どう見ても、見知った命だった。日本というこの国の化身。紛れの名は、本田菊。首筋やら、肌蹴た個所から覗く肌やらに、赤黒い鬱血痕やら、花の後やらが覗く。気持ち悪い

「あ、あんちゃん、それ気に入ったのか?それは高いぞ、今10両にまで、」
「30両」
「・・・は?」
「30両で買ったるわ。これ返してくれへん?」
「っちょ、アントーニョさん」
「なぁ、ええやろ?それとも、その10両の人よりも、高値を付ける奴に心当たりがあるん?」

布の袋に、この国の金の板が確か50は入ってる。重たいが、重たいからこそ意味があるそれを、いつも持ち歩いていた。目の前に三十枚きっかりをばら撒いてやれば男たちは慌てたように飛びのいて、後ずさる。いらへんの?そう呟けば男たちはさっと顔を青くした

「自分ら、分かってへんのやろ?その恐怖の意味」

男たちは、意味が解らないと言った顔で、恐怖に絡みとられて崩れ落ちる。無様に尻餅をつく姿に、この国は本当に強いのだろうかと首を捻りたくなった

「俺は、エスパーニャ。俺に、これ、日本を売るッちューことは、お前らは俺の支配下になるって事や」

きっと理解はしてないだろうが、それがいい事でもないと、本当的に悟っているような姿で、男たちは身じろぐ。馬鹿馬鹿しい。落とした30枚のそれのうち一枚を拾って男の一人に近づいた。っひ、と息を吸った音を聞く。目線を揃えてしゃがんでやれば、ひぃ!と化け物を見たかのように叫ばれた。侵害やわぁ

「売ってくれるん?」
「アントーニョ様、いい加減にして頂けますか」
「菊ちゃんが悪いんやで。逃げへんのやから」
「私の国民に、手を上げないでいただきたい。それに私を三十両程度で買おうとは烏滸がましいぞクソガキが」

いつの間にか背後に来ていた探し人を見上げる。彼は残りの29枚を確りと持っていてそれを俺に突き返した。いつの間にか仕立てのいい着物を上から羽織っており、それが彼の普段着だと知る。普段は最初から最後まで、接待でしかないのだから、もっと上等な服装しか知らない

「私が持っていた財布、貴方方が持っていらっしゃるのでしょう」

菊ちゃんが何を言う気か予想が出来て受け取った金を懐にしまった。そしてそのままでは薄着で寒そうで、自分の上着をかけてやる

「返せとは言いません。それで手切れにしてください」

男たちはこくこく頷いて了承を示した。それから、ざっと地に額を擦り付けて許しを請い始める。何とも愚かしいものか。食い物にしようとしていたものがまさか、自分たちが死守すべき存在だったとは思っていなかったのだろう。まぁ、当然だろう。俺だって自分で買いだしとか、滅多に行かないし
菊はそんな彼らを気に留めるそぶりもなく着物を着つけて歩き出した。一度上着を返すと言われたが、羽織がないのはやはり寒いらしくいいから着ていろという旨のことを言えばおずおずと羽織った。男達への対応に物足りなく感じつつ、後に続いて歩く。ココで止まったら帰り道が分からない。菊は今日の夕飯は何を召し上がりますか?と、何事もなかったかのように





「よかったぁー!」

街中で再開した少女はそう言って抱き着いた。菊はすみませんでしたと彼女を抱きしめ優しくなでる。その姿をほほえましいと思いつつ、何処か釈然としない気持ちになっていた
並んで館まで戻り、少女は仕事場へと帰っていく。俺と菊は俺の宿泊する部屋まで一緒に向かっていた。肩に乗せられたままの自分の服さえ恨めしい
部屋に入ってすぐに、世話役の人間がお茶と茶菓子を持って入ってきた。それを菊が受け取って彼の使用人は下がる

「菊、」
「このたびは誠にありがとうございました」

菊は俺が言葉を言い切る前に、いや、中身を言う前に、それを遮って三つ指を立てる。深々と綺麗に沈む体に、美しいなと思った。上体を起こした菊は丁重に俺の上着を返してくる。それを受け取って、また、妙な腹立たしさを覚える

「なぁ、エスパーニャとしてとちごーて、アントーニョとして喋るわ」
「・・・はい」

黄色いという程でもないようで、むしろ自分より白い肌の菊が綺麗な黒い瞳をこちらに向ける。黒曜石みたいで欲しくなるが、"取る"訳にはいかないから、さっさと笑顔を作って次の句を言う

「俺に買われたって、菊」

胸に巣食う腹立たしさを抑え込みながら、そう告げる。彼は困ったように息をつて、ご迷惑をおかけしましたからね、と呟いた





[newpage]







"買って嬉しい花一匁"
                "まけて悔しい花一匁"
"あの子が欲しい"
                "あの子じゃ分からん"
"相談しましょう"
                "そうしましょ"

         "あかんべーー"





意味を解しているのか居ないのか、子どもたちはキャッキャと声を上げて遊んでいる。"きーまった"と、指名をの句を告げて、彼らは取り替えっこに勤しむ。それを傍目に普段はだらしなく放置しているタイを綺麗に結び直した。洋化がだいぶ進み、レンガ造りの建物が急激に増えた国に寂しさを覚えつつそんなものだと首を振る

鎖国を解いて急激に近代化をした日本は次々と隣国を下し、極東の覇者になっていた

そして俺は、安定しない自国に悩まされつつ、態々こんな遠くまで足を運んだのにはそれ相応の意味がある。散々好き勝手してくれる新参者たちに一泡吹かせるために居た



そして、国としてではなく個人として、欲しいものを完全に手中に入れるために





「本当にえーんか?菊ちゃん、最近豪い人気なんに」
「貴方こそ、宜しいんですか?こんな老いぼれを相手にしていらっしゃって。自国が危ういのでしょう?」

長髪のつもりがあっさりと痛いところをつかれて、面倒になる。降参やと手を上げれば他愛もないと嗤われる。そんな顔もごっつ美人さんやから、ええなぁなんて思いながら提供されたワインを口に運んだ

「っげ、コレ、フランス産やん」
「おや、お分かりになられましたか」
「あんなぁ、馬鹿にしとるん?」
「大分年を重ねられたとしても、私にとっては貴方はまだまだ子供なもので」

澄ました顔で菊はワインを口に運んだ。先ほど、さらさらと気持ちのいい音で、契約を交わした後とは思えない程世間話感覚だ

「イギリスとくむっちゅー話も、あったんやろ?」
「はい、ロシアとどちらにすべきかで揉めてました」


prev | next

table by CAPSULE



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -