Beautiful days | ナノ



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「えー…あー、それでは第一回嬢ちゃんを守ろうの会会合を始めまーす。」

  クルーの情熱から生まれた『嬢ちゃんを守ろうの会』。いと当人もキャプテンさえも預かり知らぬ間に出来上がったこの会にて遂に初の会合まで行うにこぎ着つけたのであった。

「初っ端ではあるが…重要な話し合いだヤローども。」

  会合場所は例によって普段はひと気の無い書庫、その机に物々しくも両手を着いたシャチは鉛を溶かした重苦しい声を吐いたのであった。聞き入るクルー達も真剣である。

「いとちゃんのこころ、をどう治すか…これが最優先事項だ…異議は?」
「無ェぞ。」
「これはみんなの総意だ。シャチ続けろ。」
「おう。これはおれが書いた方のノート…わかりやすくシャチノートと言わせてもらう。…シャチノートでのいとちゃんの台詞で判明した事だ。」
「…嬢ちゃん、生きる意思ってのが…」
「うん、弱い。ってか無いに等しい。」

  皆で目を通した二冊のノート。『何がどうしてこうなった』とのあらましを知ったクルー達はいととローの、それぞれの愛し方に打ち拉がれてしまっていたのだ。事件の最中はなんでこんな事になった、どこでどう捻れたと思っていたのだが…真相を知ってみればそれ以前の問題であった、というのがクルーの共通の思いである。

「こんな仕打ちしたらお嬢さんそりゃああなるわ…」
「…あー…」
「言うな、切ない。」
「むしろなんでキャプテンについてきてくれたんだろうな。」
「止めて泣ける。」

  あらましを語っていた時の彼女をシャチは思い出して頭を傾げたり、目頭を揉んだりしているクルー達の誰にも気付かれぬ様に小さな溜息をついた。

『…"貴方の為に死んでもいい"。』
『え、いと、ちゃ、』
『ぁ…彼方の世界での…"愛しています"の解釈の一つ、なんですよ…ふと、思い出しちゃって…話逸らしちゃってごめんなさい…』
『…』

  きみの、こたえは。キャプテンへの愛し方はそうなのか?
  とはとてもじゃないが目の前で諦めた様に微笑む彼女には言えなかった。
  最初からいとはローの為に命を捨てる覚悟で来ていたのだった。だから今回病で倒れても、無抵抗に死を受け入れてしまっていたのだ。"思っていた結末とちょっと違う"くらいの感慨だったのだろう。

(ホントは一緒にいたいんだろう、けど。)

  けれどもあの時の病状からしてそれは無理だと誰よりも彼女本人がわかっていて、そして優し過ぎるいとの事だ…ここで自分が駄々をこねて死にたくないと叫んだところで周囲を、何より愛おしい男を困らせるだけだと思ったのだ、おそらく。
  なら余計なことは言わずに黙って、本当の事にも決して余計な感情を乗せないように。と彼女は静かに瞳を閉じたのだった。

『ローのこころに爪を立ててしまわないように…私が居なくなった時に残る傷なんてない方がいいでしょう…。…ね?』
『…っ、いと、ちゃん。』
  
  どうして、本当にどうしてそんなになってまでキャプテンに着いてきてくれたんだ。捻り出された苦しい言葉は彼女の耳に届いていた様でいとはまた静かに微笑んでいた。

『彼方ではローは子どもの姿だったって言いましたよね?』
『、ああ』
『それで、彼方に居た時ローがふとみせるんです…寂しげな顔、』
『キャプテンが…?』
『そんな日の夜は一緒に寝たり、して…ちょっと語弊があるかもしれないんですけど「愛されたことがないのかなぁ」と思って、しまって。』

  …それなら世界を越えて何もかもを捨てて、そうしてでもあなたを愛したいと思った女がここにいれば、居たんだよって感じてもらえたらちょっとは違うかな、って。
  ローがこれから生きていく時に"愛された経験"として拠り所ぐらいにはなれるかなって思って、着いて来たんです。そうしたらローは本当は大人で、私には不釣り合いで。そして信頼し合っている皆さんが居た事も初めて知って。…これなら私が居なくてもよかったんだとわかったんですよ。
  そう話して、私の自己満足みたいなものだったんです。といとにまた微笑まれて…だからシャチはノートが出来上がった日にしこたま、生まれて初めてといって過言では無い程の大泣きをしたのだ。
  生きながら死んでいっているみたいなものじゃないかこれは。それでもキャプテンを好きだと言ってくれるのか。どういう事なのさ、キャプテンのばか、いじめっこ、どえす、にぶちん。

「ここまでぼろぼろになったこころをどう治せってんだ。」
「返す返すもキャプテンがバカやったのが痛いよねー…」
「それ言い出したらきりないだろ。でも嬢ちゃんなんでこんなダメ男についてきてくれたんだろうなぁ…」
「あれだ、天使だから仕方がない。」
「それだ。」
「いや、いとちゃんは人間だからなおまえら。」
「突っ込んだら負けだペンギン。」
「元の論点ずれてるぞおまえら。」
「突っ込んだらいけないんだペンギン。」
「ていうかキャプテン嬢ちゃんに会うのに一生分の女運を使い果たしたっていうけど嬢ちゃんみたいな子に会えて恋人になれるなら安い投資だよな。」
「ほんとにな。」
「…おまえら…散々な言い様だな…」
「いや、普段は尊敬してるよ?おれらが心臓を捧げたキャプテンだもの。でもそれとこれとは別って言う。」

  その後も普段は尊敬している筈のキャプテンに向かって散々な物言いであった。守ろうの会では全員が全員こんな内心である。ひとえにいとの愛し方が切な過ぎたのだ。

「知らんかったとはいえ惚れた女にこんな哀しい覚悟させた段階で男としてボロクソいわれても仕方ないだろ…。」
「…。」
「キャプテンこれ自業自得じゃね?」
「…。」
「…。」
「おい誰か何か話せ。」

  暗礁に乗り上げるとはこの事か。誰もが心中で暗雲を膨らませてしまい雰囲気はどんよりとしてしまう。

「あっ。」

  こき下ろしも止んだ静かな書庫で突然思いついた様な声が上がる。シャチが掌に落としていた視線をそちらに向ければ何とも渋い表情が一人、目に飛び込んできた。

「…いや、今すっげー嫌な事に気が付いたんだが…」
「なにさ?」
「嬢ちゃんはキャプテンの事が信用出来なくって死にかけてんだよな?それで今も信用できてないけどキャプテンの臓器と入れ替えて持たせてると。」
「…うん。」
「じゃあよ、嬢ちゃんの実際は今でも死神の鎌が首に掛かっちまってる状態だろ。キャプテンの能力でようよう執行猶予が付いてるみたいなもんじゃね?」
「…。…うん。」
「無い、とは思うがこれ以上愛想尽かされる事に、なったら、さ、あ…」
「ちょ、え、これ…」

  話している本人も聞いている周りもどんどんと顔面が蒼白になっていく。もし、今度こそ彼女が絶望してしまえば…。

「ヤバイヤバイマジヤバイ。」
「おわああああ…」
「と、取り舵嬢ちゃんの部屋!」
「「ヨーソロォー!」」

  我を忘れたのはいとへの感情移入が強過ぎたからであり、キャプテンへのこき下ろしが思いの外尾を引いていた所為である。

「ウチのキャプテンが迷惑かけてマジすいませんでした!」
「でも悪い奴じゃないんです、ちょっとひねくれてるだけで!」
「お願いですから愛想尽かさないで下さい!」
「…は、ぃ?」
「すまない、いとちゃん。止められなかった…」
「ええ、とペンギンさん…何か、あったんですか…?」

  突発的、いや突貫よろしく彼女の部屋に雪崩れ込んできてしまったのは半泣きの者、蒼白面の者、その他諸々のハートのクルー達であった。冷静なのはペンギンくらいである。
  自室のベッドの上、上半身を起こしたいとは瞳を大きくして驚きを隠せずにいた。無作法だとは思っていてもクルー達の顔をおずおずと眺め見てしまっていたのだった。
  
「実は、な…」

  事のあらましを語るペンギンにこくこくと頷いて、時折微苦笑を浮かべ、最後に納得したのかいとは一言大丈夫ですよと柔らかな声音で微笑んでいた。

「嬢ちゃん?」
「確かに、そうでした。今回の事が起こる前は。…独り善がりをしていたんですよね、私は。…多分ローも。」

  ゆるゆると穏やかに語るいとは悲痛さを浮かべてはいない。

「今回、たくさんローと話せました。心の中で想っていた事、お互いに話せて…。ローの気持ちを教えてもらって、私も伝える事が出来ました。」

  "入れ替えた"時の事を瞳を閉じて思い出せばありありと、ローの真っ直ぐで強い想いを乗せた言葉が蘇る。耳元で囁かれた震える声も熱い吐息も全て。こんなにもこの人は、私に想いを向けてくれていたのかと心から打ち震えてしまった。

「ローの事がだいすきです。」

  瞳を潤ませて、恥ずかしそうにはにかみながら。それでもするりといとの唇から言葉が零れていく。

「この先も、ずっと大好きですよ。」
「そうか。」
「ローの隣に、居たい…です。」
「…わかった。ありがとうな話してくれて。」
「はい…。心配してくださって、こちらこそありがとうございます。」

  目尻を弛めて応えてみせたのはペンギンだけであった。残りの面子は感涙であり、「ゴチソーサマでした。」と呟いていたりと忙しそうである。照れ入るのも何人かいたが…これは少々気色が悪かった。

「だそうです。…よかったですねキャプテン。」
「「「え。」」」
「じゃ、おれはこれで。」
「「「ペ、」」」
「ロー、いつの間に…」
「面会謝絶、と言った筈だがな。…なぁ…おまえら…。」

  いとのカルテを携えた隈の主治医、やっとこさ調子を取り戻しつつある我らがキャプテン、ニヤリと不敵な笑みをクルーに向けているトラファルガー・ローが壁に寄り掛かっていたのだった。

「…あぁ…おまえらは言葉で言ってもわからないのか…そうか。」
「キャプテン落ち着いて。」
「シャチ、事の発端はおまえだろう?」
「「「アッサリバレタ!」」」
「いとに負担を掛けるな。バラすぞ。」
「もうバラす準備してますよね、これROOMですよね、あっ今ブーンって聞こえましたよ、」
「煩ェ。」

  いとが宥める間も無く。止めるペンギンも後にして。
  潜水艇のとある廊下では暫くバラバラにされ、部屋から叩き出されたクルーが仲良く転がっていたのであった。



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