Beautiful days | ナノ



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  物資の補給にと立ち寄ったのは陽が傾きだしてから、夜風が心地よい秋の夏島である。旅を共にする侍が墨の匂いがしそうだと呟いている間に夕陽は完全に水平線にとっぷりと沈んでしまった。
  ならば島に上陸するのは陽が明けてから…。と決め込んだ一味達は島近くに碇を降ろしてダイニングに集まっていくのであった。

「んナミすゎぁーんっ!ロッビンちゅぅわぁん!いとちゅゎんもー!ご飯出来たよぅっ!」

  残りの野郎共は勝手に食え。とお決まりのフレーズを言い終えて麦わら一味最高のコックは芳ばしい湯気を上げる大皿を所狭しとテーブルに置いたのだった。小さな侍が最後に席に着くとそこからはいつも通りのディナーじみた宴会が始まるのだ。

「いつもありがとうございます、サンジさん。」
「いとちゃん、お褒めの言葉有難く…しっかり食べてねぇー!」
「あ、はは…。…はい、頂きますね。」

  本日も見事な『恋の嵐』にいとは今日も見事に圧倒されていたのであった。差し出された小皿をおずおずと受け取る彼女の仕草にメロリンを振り撒いていく。
  まあそれを今日も見事に…気に食わないのが一人いる訳なのだが。

「黒足屋…。」
「ンだよ、クソ束縛ヤロー。」
「いとにそれ以上寄るな、バラすぞ…」
「ハッ。素敵なレディに美味しい食事をお届けするのがおれの使命なんでな。…じゃあねいとちゃん、また後で。…んナミすぅわん!これ今日の自信作だよー!」
「…っち、」
「まあまあ…」

  微苦笑をやんわりと浮かべたいとの隣に座るのは相変わらず、この男、死の外科医トラファルガー・ローであった。お馴染みの帽子を脱いだ頭は少々跳ねていて、苦笑を引っ込めたいとが教えてやると直せと小さく甘えたを呟くのであった。柔らかで細い指を感じると僅かに溜飲が下がる。
  それでも妙に威嚇し続けているのはここ最近のご機嫌具合であろう。この船に同盟として乗り込んでというもの、碌な目に合っていないのだから。一度目は大切な大切ないとに無理矢理以前の『事のあらまし』を聞き出され、二度目は女部屋へと匿って中々会わせようとはしなかったのだ。
  ああ、クソ。と隈付きの男は誰にも聞こえない溜息を吐く。

「トラ男ー!その肉貰うぞ!」
「わ、ルフィ君、ビックリした…」
「…麦わら屋…」
「んめぇ!なァ、涙っ子、サンジの飯はうんめェだろ?」
「はい、とっても。」

  そんな威嚇など一切合切まるっと見向きもしないのが、この一味を背負う船長である。当然の様に腕をぐぐんと文字通り『伸ばす』と不機嫌をこれでもかと発していた男の皿を掬い取ってしまうのだった。一瞬眉間の皺を深くすると、ローは低い声をもしゃもしゃと咀嚼を繰り返す麦わら帽子に吐き出す。

「麦わら屋。」
「なんだァ?」
「おれのおんなに手を出したら即同盟解消だからな、あのコックにもよく言いつけておけよ…。」
「?おお。」

  がやがやワイワイと賑やかなダイニングで負のオーラを撒き散らしているのはこのたった一人だけ。いとの手をテーブルの下にて緩く握っているのでまだ気分はマシな方ではあるが…麦わら帽子を見据える視線はいつもより鋭かった。

「まァまァ…ピリピリなさらないでください。楽しいディナーを満喫しようではありませんか。」
「あ、ブルックさん。」

  宜しければ一曲披露いたしましょうか?と鋭い視線をぼかす為に現れたのはフサフサ頭の骸骨であった。派手な服装に個性的なサングラスとギター、奇天烈なのは外見だけで中身はまとも…かと思いきや、彼もまた『曲者揃い』の麦わら一味の一角である。

「お礼はいとさん、パンツ見せてくれればよろしいので…」
「…見せるかァ…っ!」
「ヨホホホホ!」

  地獄の底から這い出してくる様な低い唸り声を上げたのはいとの隣を陣取るローである。いよいよ本気になり、アフロ頭を穴が空くかと思う程睨み付ける眼差しは残虐と称される七武海の名に相応しい。しかし追っ払われた骸骨はジョークです!スカルジョーク!とあまり反省せずにヨホヨホ笑ってティーカップに手を伸ばしていた…始末におえない。

「…麦わら屋、おまえの船はどうなってるんだ。変態しかいねェのか…。」
「失敬だな、おまえ失敬だ。」
「まぁまぁ兄ちゃん、そうカッカしてねぇでコーラでも飲むか?」
「お腹…っ、開ぃ、ええ?」
「おお、嬢ちゃんは初めて見るか。」
  
  本日も実に面倒見の良い変態である。口を手で覆って驚くいとにニカリと口角を上げて冷えたビンを取り出す姿はシュールを超えて寧ろ圧巻であった。

「いらねェよ、存在自体が変態が…!」
「いやいや褒めるんじゃねぇよ…」
「…どんな耳をしてるんだ。」
「ろー、ま、まぁまぁ…」
「いと、もっとこっちに寄れ。隠れてろ。」

  かたやテレテレ、かたやイライラ。
  本来なら己の仲間と同盟相手の仲裁を執り行うのが船長の役目なのだろうが、このモンキー・D・ルフィという船長は全てにおいて規格外である。まず期待は出来ない。…というよりイライラしている男の感情などすっかり無視してこの状況を楽しみだしているのだから困りものである。

(でもトラ男君も充分変態側にいるんだけどね。)

  先だっての出来事を遠い眼差しで思い返していたのはコックの荒ぶるサーフを軽くいなしていた航海士である。あそこまでの執着っぷり束縛っぷりは四皇クラスだとオレンジ色のつややかな髪を一房テーブルに滑り落したのだった。
  幾らイライラしているといっても他に当たらないでくれるかしら、と内心ごちてそしていとの方を眺めては溜息ひとつ。勿論自分達がその原因だとは百も承知だ。

「いとも大変ねぇ。」
「お母さんみたいよ、あのこ。」
「言えてる。」
「ウワァ…なんだこのしっくり感。」

  少し離れたテーブル。航海士の傍には考古学者に狙撃手がちゃっかり安全地帯にて好き勝手話し込んでいたのでいたのであった。因みに剣士も近くにいたのだが我関せずを貫いて一人ジョッキを煽っている。
  
「いとってばトラ男君の面倒ばっかりで自分の事とか出来てんのかしら?」
「そうね…。」

  控えめな服装に大人しめな風貌。大概はローの傍らにいて手伝いをこなしているのだがいかんせん、彼女の自分の時間たるものはいつ?何処に?と疑問が浮かぶのは自然であった。

「…夜は女部屋にいるとして…いとが自分の為に時間を使ってる事。見た?」
「…無いわね。」
「おれもロビンに同じく。」
「ゾロ?あんたは?」
「知るか。」
「知ってた。」
「じゃあ聞くな!」

  船医と小さな侍がきゃいきゃいと戯れている姿を横目に捉えてから何かを決めたらしく、航海士ナミははすっくと立ち上がったのであった。歩き出す寸前、狙撃手にウソップあんたも手伝うのよ、と声を掛けて微笑む考古学者と含みある視線を交わす。

「フランキー、ちょっといい?」

  喉を鳴らしてコーラを飲む船大工と何やら二、三言交わすとナミは更に前へと歩き薄い肩をとんとんと人差し指で叩いてやるのだった。この顔は間違い無い、これからイタズラを企てる小悪魔の顔である。

「いと?ねぇ、ねぇ。」
「はあい?どうしたのナミちゃん?」
「おまえは…。」
「今更なんだけどいと、着替えとか大丈夫?」
「着替え?」
「あの島から出てくる時、碌に荷物とか持ってこなかったでしょ?」

  あの島、とは勿論極寒と灼熱のパンクハザードである。慌ただしくも出港してしまったため男のローならまだしも何かと要り用になってしまったのは女であるいとの方だ。実際細々した物はナミやロビンに借りているのが現状だった。

「うん。だね。…だからローと明日一緒に買いに行こうって、」
「そうそこよ!」

  ビシリと人差し指をいとの鼻の頭にくっつけると、ナミはふふんと口元を歪めてみせたのだった。何やらやたらとたのしそうで、古傷をほじくり返された男は背中に冷たいものが流れていく。

「ねーいとー…?」
「うん?」

  顔を近付け、形のいい瞳を細めていく。艶やかとはかくなるものかと吐息を漏らしてしまう様な顔つきは百戦錬磨の女の面持ちそのものであった。

「わたし、いととデートしたいなぁ?」
「で、でーとっ?え、でも。」
「誰が、」
「許すか?…トラ男君じゃなくていとに聞いてるの、わたし。」

  妖艶さここに。戸惑ういとの手をするりと掬い上げるとその雰囲気を存分に振るい、彼女を立ち上がらせてしまう。挙動不審な小動物になってしまったいとはナミと隣にいたローを交互に見ては困り顔を浮かべてしまうのであった。

「おめかししてお買い物行かない?」

  そう言い終えるナミの後方にはこれまたたのしそうな微笑みの考古学者…今は愉快に満ち溢れたニコ・ロビンが歩みを始めていたのである。

「飛びっきり可愛いくおしゃれしましょ!腕に寄りを掛けたげるわ。ちょっと付き合いなさい!」
「ぇ?わ、わわ…っ」
「いと…っ?!」
「あららー…いとさんまた連れてかれちゃいましたねー。」

   宙に片腕を彷徨わせた男の姿、再び。いつぞや似たような光景を見た、と呟いたのはその隣でカップを揺らした奇天烈な音楽家であった。




「うん。その服似合うわ!フリーサイズは便利よねぇ。」
「貸してくれてありがとう、だけど。ナミちゃん?」
「はい次ここ座る。入ってもいいわよウソップ、髪よろしく!こっちはメイクするから。」
「おーう。邪魔するぜー。」
「え?あ、の、ええ?」
「ちょっと落ち着きなさいよ。」
「今、からお化粧するの…っ?」
「そうよ?」

  いとが引っ張り込まれたのは女部屋。特別許可が下りたウソップもテキパキとドアをくぐりいとの頭を弄り出してしまったので小動物は椅子に座ってじっとするしか無いのだった。わたしもすぐ準備するから待ってなさいね。と女でも言葉を無くしてしまう様な綺麗な微笑みを向けられてしまえばいとは口を閉じるしかない。

「よし、出来たぞーナミー。」
「こっちもいいわよ。」
「わ、わ、すごいナミちゃん…ウソップ君もすごい…!どうやったらこんな…。あ、ありがとう…っ。」
「ふふん、完璧ね…!」

  瞳を瞬かせて驚きと喜びをミキサーに掛けた表情のいとは頬を赤くして高揚を体一杯に押し出していたのであった。普段しない髪型は随分と手が込んであって、メイクも普段より華やかな色使いだった。

「そんなに喜んでくれるなんて頑張った甲斐があったわ。いとそこで待ってて。ウソップじゃあ、サンジ君呼んどいて?」
「へいへい。」
「は、はい…。」

  圧倒されっぱなしのいとは近くのソファに座り、自分の用意を始めたナミをぼんやりと眺めるのであった。なんでこんな事態に…と小首を捻って押しに弱い自分に溜息を付く。ナミ達が自分に何かしてくれようと動いてくれている、というのだけはハッキリと分かるのだが。

「はいわたしも終わり。出かけるわよ!」
「…いまから…?今からっ?」
「そ、今から。」
「夜の海は危ないんじゃ…それにローが、」
「トラ男君はお留守番。…ふふ、わたしね、いとと女同士のショッピングしてみたかったのよ。」
「…ナミちゃん…。」

  静かな声にいとははたと、瞠目する。ローの隣にいるのはいとにとって当たり前であったけれど、こうして同盟として何より友人として彼女達と関わった事は少なかったかもしれない。ここまで親身になってくれたのに同盟が終わればさようなら、では確かにあんまりにも寂しいといとは瞬きをしたのだった。

「わたしのお願い、聞いてくれる?いつもトラ男君ばっかりいとに引っ付いてるし今日はわたしにいとを独り占めさせて欲しいなー?」
「寧ろ、私でいいの?私、お買い物に誘ってもらえてすごく嬉しいけどセンスとか…あんまり自信無くて…。」
「いとが、いいの。この小動物めっ。」
「きゃ、ふふっ、ナミちゃんってばっ。」
「ね?本当に行く?」
「…はい。ご一緒させてください。」

  あたたかな気持ちは友情である、とここで漸く名付ける事が出来た。『此方』の世界で初めて出来た同性の友人にいとはじんわりと目頭を熱くさせたのであった。

「泣いたらメイク崩れちゃうわよー?ま、いとの為なら化粧直ししてあげてもいいわ…格安でっ。」
「うん、ありがとう。すごーく心強いよ。」
「あはは、」
「ふふっ。」

  ソファの横に並んで座って、肩を触れ合わせは自然な笑顔を綻ばせたナミもきっと同じ感情で心を温めているのだろう。そうして暫く戯れていれば、ナミはいつも通りの何処かイタズラっ子じみた眼差しに戻すとドアに向かって歩き出す。

「夜の航海?わたしの腕を舐めてもらっちゃ困るわ。夜風のデートと洒落込みましょ、フランキーに準備お願いしたしね。島についたら服とサンダルを見て…バーでカクテル、なんていいかも。」

  ノブに手を掛けて振り返る姿は洗練された大人の女性であった。いとは眩しいものを見る様に目尻を緩めてその姿に続く。さて、ローに行って来てもいいかと言わねば。と苦笑を小さく浮かべながら。

「ボディーガードにはサンジ君がついてくれるから大丈夫よ?…ねぇトラ男君?」
「ロー?待っててくれてたの…っ?」
「…。」

  ダイニングに向かう腹積もりであったのに、といとはドアの向こうに佇む男を見上げるのであった。当然の様の待っていたローは眉間に皺を寄せてはオレンジ色の髪を睨め付けている。相も変わらずのその『いと待ち』にナミは内心呟く。…忠犬か。

「お留守番って言われたでしょ?」
「おれに命令するとはな。それよりいとをはや、く返、せ…。…いと…?」
「可愛いでしょ?」
「…お待たせしちゃってごめんね。…あ、これナミちゃんとウソップ君がしてくれたんだよ。」

  ヒュ、と喉が鳴るのは言葉が出ない替わりであろうか。ああ、可愛いとも、普段よりも艶やかな姿は決して下品では無く大人の雰囲気を醸し出していた。柔らかな手触りの髪は結い上げられてキラキラとした髪飾りがいとの美しい髪色を引き立てていた。そうやって何度も瞼を動かしてしまう男はいっそ可愛げがあり、イタズラが成功したのも相成ってナミは口元が震えてしまうのである。

「でしょ?でも残念。トラ男君は着いてきちゃ駄ぁ目。」
「なに…。」
「な、なみちゃん?」
「…触らせてもあげないわ、どう?羨ましい?でもダメ、好きな女の子褒められもしない男なんてナンセンスだもの。ね?」
「ふざけ、」
「ふざけてなんか無いわよ?トラ男君が大事大事にし過ぎて仕舞い込んでるいとちゃんに、『こっち』の楽しい事たっくさん教えてあげるだけ。」

  大切な女の子ならもうちょっといとの為の自由時間ぐらい作ってあげたら?何枚も上手の、流れる様な声であった。足をその場に縫い付けられた男は絶句し、そしていとの行って来てもいい?というおずおずとした声にただ、こくんと一度頷いたばかりであったという。




「今頃何してるのかしらね、うふふ…。」
「チッ、」

  あぁ火花散る。そんなフレーズを思い出して、遠目から死の外科医と恐れられている筈の男を眺めるのは『曲者揃い』の麦わらの一味、男衆であったという。



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