Gift | ナノ

水の都で副社長と
※相互記念ありがとうございました。



  この男は非常に緊張していた。言い淀んでいた所為で不格好に解してしまった鶏のソテーから目を離すと、意を決して正面を見る。目の前には男とは正反対の顔をしたキョトンとする女がフォークを持った手を止めていたのだった。

「あ、明日だなそのな、」
「うん。どうしたのパウリー。」
「ほら最近仕事にかかり切りでなまえにほら、こう、か、構ってやれなくてだ、」

  ガレオンの造船を任された。船大工として何時も以上の熱意と時間をつぎ込んで朝早くから、時には泊まり込み、なまえにお弁当を持って来てもらいつつ…本日正午前、誇らしげな船首は祝いの酒飛沫を受け進水したのであった。この瞬間、大工として打ち震える心と己の誇りは最高潮に達するのであった。

「ううん。パウリーすごく気合い入ってて、見てる私まで船が出来るのワクワクしてたの…完成おめでとうございます。お疲れ様でした。」
「お、おぅ、ありがとぅじゃ無くてな!そのな!」
「うん?」

  幾ら己が『そっち方面』に疎かろうが流石に愛しい女に対しての所業として如何なものかと自問自答する。決死の覚悟で尊敬する社長兼市長に尋ねて、そして考えついた答えをとうとう口にしたのであった。

「明日デートにイキマセンカ…ッ!」
「デート?…いいの?パウリー疲れてるんじゃ…?」
「いやおれの息抜きも兼ねて、いやなまえが楽しんでくれるのが一番で、何が言いたいかというとだ、な、」

  しどろもどろ、顔を真っ赤にして額に汗をかく男を一瞬ぽかんと眺めてしまったなまえは次第に目尻をゆるゆると下げていく。可愛いひとだなぁ…と真っ赤を移された彼女は嬉しそうに綻んでいたのであった。

「うん。じゃあ明日よろしくお願いします。…嬉しい。ありがとうねパウリー。」
「!…よ、よし、決まりだぞ、そうだその折角のデデデデートだし、そのスッ、スッカートとかでおめかしをだな、」
「…ふふっ。はあいパウリー。頑張りますっ。」
「…っしゃ…!」

  


  さてそんな遣り取りから一夜明けて。

(勢いってのはスゲーもんだ…)

  己の偉業を振り返り、パウリーは靴屋の椅子にドカリと座っていたのであった。フルオープンの店前は水路の光が反射して天井に波模様を作り出している。その規則正しい模様を時折崩すのは己達が乗って来たブルであった…本日もニーニーと鳴いて実に元気一杯である。

「パウリ、パウリ、」
「…っおゥ、何にしたんだ?」
「どうかなぁ…?」

  放ったらかしをしたお詫びだと無理矢理なまえを納得させて入った靴屋、彼女は店員と幾らか言葉を交わして選んでいる様だった。己はそういう女もののセンスに欠けていると分かり切っているので大人しくこうして待っていたという訳だ。

「綺麗な色だな。」
「うん。この色とっても気に入っちゃって。…パウリー、あの…ほんとにいいの?」

  これに決めたのか。と男はゆっくりと腰を上げてばかやろ、と柔らかくも少々ブスくれた声を出していたのであった。このなまえという人間はどうにも遠慮がちで仕方ない。

「あー…、あの、だ。なまえに、似合ってる、なまえにピッタリの色だ。だからおれはこれを買う。おまえが履いてるのもっとみたい。ので、」

  言い慣れていない台詞に背中がむず痒くなるわ、もっとマシな褒め言葉ぐらい言えやと己を罵倒してしまうわ、ハレンチ!と騒ぎたくなるわでこの男、内心は大混乱となっていた。しかしぐぐぐ、と堪え震える手でベリーを店員に押し付けると一言。そのまま履いてく、と言い放ったのであった。ブルにはこの辺で遊んでろ、と一声掛けて。

「うん、じゃあ、お言葉に甘えまして。…パウリー、ありがとう。」

  なまえに似合うふんわりとしたスカートのその下。彼女のほっそりとした足首を辿って降りれば小さな足を包み込む小さな靴。色を讃える言葉もその固有の名前も殆ど知らないが、この色はわかる。碧みのあるこの色は波模様を生み出す水路の色。ウォーターセブンの水色だ。

「折角履いたんだ、その。…ちょっと歩くか?」
「うん…っ。」

  そっぽを向きながら言ってしまう男の顔は耳朶どころか首筋まで真っ赤であった。照れて照れて、さてこの後どうしたらいいもんかと後ろ頭を掻く。目を逸らしてしまった先は流れる水路、ゆらゆらと揺蕩う水色はなまえの靴と足首のたおやかさが途端に蘇る。何をしていてもなまえの事に繋げてしまう。

「おれが歩くの速かったら言え?」
「大丈夫。」
「おゥ。」

  他のどんな知人よりも距離を狭めて、並んで歩いていく。時折に手の甲が当てるのはワザとであった。この男とて手を繋ごうとこれでも努力をしているのだが、いかんせんままならぬ。

「そうそう、昨日ね、」
「ん?」

  気を遣ってくれているのだろう。なまえは己が仕事に出向いている間近所で何をしていただの、晴れて良かったねだの話してくれている。不意に訪れる僅かな沈黙さえも彼女の気心を物語る様で、気まずさなど微塵も感じない。

「水の音が気持ちいいねぇ。」
「…あん?そうか?」
「うん。こうちゃぷちゃぷって音…すごく癒されちゃうなぁ…」
「リラックス効果ってヤツか…?」

  露店を冷やかして、そぞろ歩くこの楽しさよ。隣に寄り添う愛しい面差しの愛くるしさよ。行き交う雑踏の音と楽しげに泳ぐブル達のその通り抜けていく音が己となまえを祝福してくれているかの様だ。

(…おれのハレンチ…!)

  何時からこんなにもロマンチストになってしまったというのか。ああ小っ恥ずかしい、と頭を掻き毟りたくなってしまう。がこの心の琴線をかき鳴らす相手がなまえであるとおもった瞬間にすとんと受け入れてしまっている己がいるのもまた事実なのだ。
  …ハレンチでも…まぁ、今日はデートだから、大目に見ても。

「きゃ、」
「ぅおっ…どした、大丈夫か?…あぁ、靴擦れしちまったか?」
「…ぁ、大丈夫、ちょっとだけだから。」
「嘘こけ。」
「わ、わわ、」

  この遠慮しいめ、とは言わず男は先程までとは打って変わってなまえをヒョイと抱え上げてしまったのだった。スカートがめくれない様に特に気をはらってそのまま己達のブルのもとへと足を向ける。
  一人内心大慌てとなっているのはなまえの方で、男の逞しい腕の中ですっかりと縮こまってしまっていたのであった。この男ときたら普段はなまえ以上に恥ずかしがり屋である筈なのにふとした瞬間にいきなり真反対の行動を始めてしまう。心臓が保たないよ、ドキドキして止まらなくなっちゃうのと訴えてもガンとして己の意思を曲げないのも今となってはなまえは身に染みてわかってしまっていたのであった。
  そしてその腕の心地良さに蕩かされているのもまた事実。

「一回、こっち出た方が早ェな。…帰ったら消毒してやっから。」
「は、い。…お願いしマス…」

  水路と建物の間に嵌め込まれた様な細い坂道をズンズン進んでいく。…一応ひと気が少ない道を選んでいるらしい。
  男の顔が近過ぎてなまえは何処に目線を向けてしまえばいいのかときょろりきょろりと辺りを見回してしまうのだった。そして目に飛び込んだのは先を歩く親子連れの後ろ姿であった。

「…あのねパウリー。」
「なんだ?」
「ちょっと思い出しちゃって。…話しても、いい?」
「…?…おぅ。」

  なまえはありがとう、とはにかんで親子をもう一度眺めると男に視線を返す。

「あの親子がどうかしたのか?」
「…うん。お父さんを、思い出しちゃってね。私が小っちゃい頃の事なんだけど…。」
「親父さん…。」
「遊び疲れて、ヘトヘトになって帰る時にね。どうしても坂道を通らなくっちゃいけなかったの。…そんな時お父さんがいい子にしてたご褒美だぞっておんぶしてくれたんだ。何時の間にか『おんぶ坂』って二人で名前まで付けて。」

  パウリーに抱っこしてもらってたからだね。つい思い出したの。と微苦笑を浮かべてこつんと男の胸板に頭を預けたのだった。僅かに滲んでいるのは望郷の、切なさで、

「あ、はは、湿っぽくなっちゃった。…ね、パウリー私もう歩けるから大丈夫だよ。」
「…っあー…」
「一休みさせてもらったから、ひゃ、わ、」
「だーっ!!あーコンニャロー!」
「えええ、」
「あぁ、くっそ!!」

  唸っているかと思えば次の瞬間にはなんと男はなまえを抱えて走り出してしまっていたのだ。走る衝撃で男の腕の中でかくかく上下に揺れる視界に映ったのは先程の親子であった。此方を見て驚いているのを視界に捉える事が出来たのは一瞬、気がつけばあっという間に追い抜かしてしまっていた。

「なまえ!」
「は、はいっ。」
「今日からここが新しい『おんぶ坂』だ!」
「…ぇ…。」

  あんなに走ったというのに殆ど息切れをみせず言い切った男はどこか決心をした表情であった。ぎゅ、となまえを抱き締め直して今度は階段を下っていく。

「今はおんぶじゃねェが、次通る時はおんぶするからな。ここは『おんぶ階段』で帰りのブルで…おんぶは難しいか、『抱っこ水路』する!」
「ぱうり、」
「何時だっておれが抱えてやる、おんぶだってなんだってなまえが喜んでくれるんだったら全部やる!…ぁああいや、そのだ、」

  階段を降り切るとここで我に帰ったのだろう。男は懐かしいしどろもどろ顔になりながら腕の中のなまえを見つめていたのだった。相変わらず首元まで真っ赤にしてしまった照れ屋の恋人に、なまえはやはり驚いて…そしてほろほろと涙を零し始めてしまったのである。

「お、ぉお…っ?!す、すまねなまえ、ビックリさせちまって、」
「ううん。違うの、確かにビックリしちゃったけど。そうじゃ無くて、嬉しくて、」

  本当に嬉しくてたまらないの。ありがとう。
  そう言って幸せに染められたなまえは男の胸元の服をそうっと握ったのであった。

「今日、デートに連れてってくれて靴も買ってくれて…本当にありがとう、パウリー。」
「…っ、」

  その一言で遂に沸騰してしまった男はその場で暫く立ち尽くしてしまったのであった。
  二人のその姿を見ていたのは生憎なまえのおろしたての靴だけ。さてこの靴が人間であったらなんと茶化していたかと考えてしまう程、男と女は幸せそうにウォーターセブンの一角に佇んでいたのだった。


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