あきのよなが | ナノ
ニケの秋島
 ころころと気候も変わるし風向きもてんでばらばら、それがグランドラインの表情そのものである。今朝がたまでじりじりと熱帯の夜に見舞われていたのだがどうやら島の海域に入ったことでようようそれも落ち着いた。と思えば途端に足元を掬うような空風である。紫煙を燻らせる副船長は「秋島だ」と予定調和の声を上げ、この小さなちいさな島に上陸したのである。
「元々は島民が居たらしいが、」
 ぼろぼろの港は石畳の隙間から茅が好き勝手ほうぼう生えている有様だ、開けた広場もほうき草が秋の色に染まっていた。島は人が去り、すっかり無人となっていたのだった。
 噴水には落ち葉が、いちまい、にまい。
「なまえ、散歩に行くか。」
 略奪よりも冒険の方が好きだと言うに憚らぬ男は、さも当然に切り株の茸を眺めていた娘をそうやって逢引に誘ったのだった。「ちょっと歩いてくる。」と言えば「暗くなる前に戻れよ」とおよそ四十前の男に言わない台詞が飛び、「なまえ、お頭を頼んだぞ」と何故か彼女の方にそういう類の声が飛ぶ。
「お前らおれを信用してないだろ。」
「いいやお頭は頼りがいある、我らが船長だ。我が誇りにかけて誓おう。……けどもだ、面白そうなものを見つけたらあっちにふらふら、そっちにちょろちょろ、だ。こういう時はなまえに任すに限る。な、なまえ頼んだぞ?おめぇさんの言う事は比較的聞くから。」
「ヤソップこのやろうめ。」
「はい、任されましたよー。」
「なまえまで。」
「シャンクスの事はお任せください。」
「おゥ。」
 くすくす笑うなまえに口を尖らせて拗ねたのは申告どおりの四十の男である、大海賊“赤髪”といえばわかり易い。
「宴会の支度をしてるからな。」
 残りの面々は山てに食料調達へ出かけていった。季節は山染まる秋、栗やあけびそれに運が良ければ猪か鹿でも取れるかもしれない。
「町の奥に進んでみようと思ってな。」
「廃墟巡りをするの?」
「そう、それだ。」
てっきり山に行くかと思えば、蓋を開くと違う答えがぽおんと返ってきたのだ。「山には野郎どもがいるじゃないか、デートにならん。」至極当然とこう続くものだからなまえはたちまちぽぽぽ、と頬を染めて俯いてしまった。赤みを帯びた頬にすぐ気が付いたシャンクスはたいそう嬉しそうに彼女の顔を覗き込むのだ。
「椛みたいだ!」
「改めてでーと、って聞くとどきどきしちゃうのよ。ね、シャンクス、私今変な顔になってるでしょう?」
「んん、そうだなァ……可愛い可愛いなまえはどんな顔をしてても可愛いとしか思えんからなァ、うむ、思わずキスしちまいたくなるくらい魅力的に見える。」
「もう……」
 てくてくと軽快に進めど人影は見えず、こうして惚気合いながら進んだところで文句は言われなかった。
「思ったよりは荒れてない。…ベンのやつが限界集落だとか言ってたが……。」
 打ち捨てられた町並みは木々に飲み込まれつつあった、秋の木の葉が積り冬は白雪に覆われ、また春がくれば朽ちた廃墟を苗床に若葉が萌ゆるのだろう。
 拾い上げた楓の葉は自分の髪色によく似て、虫食いの穴を覗けば愛しい女の横顔が見えた。
 朽ち行く町は紅によく映えている、過行くものは美しい、一瞬の美にこそ心が揺さぶられる。暫しの静寂に包まれたのは互いに町の雰囲気に飲まれたからだろう。
「きれいだなァ……。」
「うん、さみしい風景って感じてしまうけど、自然が町を包み込んでるって言うのかな?自然のすごさに圧巻されちゃって……うん、うん。」
「秋島らしい秋だ。」
 人の手では成しえない風景に感嘆してまた、歩く。
 楓と公孫樹が風に吹かれておしゃべりを始めた頃にするりとシャンクスがなまえの手を取って二人きりの大通りを真っ直ぐ進むのだ、落ち葉を踏みしめ秋の翳りに時折潜り、秋津虫が飛んでいるとそれこそ幼子の声を上げる女に男は静かに目尻を緩める。
「お。」
「どうしたの?」
「ステンドグラスがある。」
「教会……かな。」
「入ってみるか……」
 元来、冒険好きな男であるからして。
 先ほどまでの静観然とした雰囲気をアッという間に引っ込めると男はささくれまみれの扉を押し開けるのだ。重苦しいぎいぎいという音が聞こえると、埃の匂いと淀んだかび臭い空気がむわりと漂って来る。
「……。」
「……きれいね。」
「ああ、ここは。」
 ちょうど陽も僅か傾いた頃合いだ、ステンドグラスを赤みを帯びたひかりが通り抜けていた。
 埃の絨毯、ぼろぼろの木椅子、おおまかなその他。それら皆どこからともなく生えた蔦が覆い、赤いひかりと緑陰を生んでいた。
「足元に気を付けろ。……ほら、おいで。」
「ありがとう、」
 段差を先に降りてエスコートするシャンクスの後に続きなまえも少しづつ祭壇へと歩を進める。埃の絨毯はたいへんに脆く振り向けば崩れて足跡ができていた。大股のものがシャンクス、歩幅が狭いのがなまえだ。一歩進めばステンドグラスを抜けて零れたオレンジのひかり、五歩進んだ頃にははなだ色に。神が降りたもうた日を夢見た人びとはきっとこういう風景を待ち望んでいたのかも、しれない。
「参った。なまえ、お前さんがなにやら神々しくみえるぞ。天使だったか?」
 彼女の頬をステンドグラスの色が染めていた。口角を上げてそう呟けば彼女もまた「シャンクスも。髪だけじゃなくておでこも真っ赤になってるよ。」と面白そうに返事をしたのだった。
「祭壇に、んん、像があるな。……だいぶん痛んでいるが…。」
「だいぶ崩れちゃってるね……腕も、頭も落ちちゃってる……。」
「いや、元々無かったものを安置したのかもしれんぞ。腕の切り口に牡蠣の殻がこびり付いてる、ほらそこだ。それに腕より羽の方がこういう場合早く落ちるだろうな。」
「なるほど……。」
 シャンクスが指差す方を見上げると、祭壇の上に佇む石像は確かに港でよくお目にする貝がらが付いていた。海に沈んだ像を引き揚げてここに飾ったのだろう。
「見事なつくりだ。」
「シャンクスがそう言うなら、相当な腕なんだろうね。」
 この教会の神は島民と共に渡って行ったのだろうが、この像だけはひとり静かにここで光のきらめきと、緑陰のささやきを聴いていたのだきっと。
 とりとめも無くなまえはシャンクスの傍に寄り添いたくなって、マントの端を掴むのだ。少しだけ、もの悲しさを覚えて男の顔を見上げれば唇が降ってくる。
「寂しそうだ、と思ったんだろう?おまえは優しいから。」
「シャンクスは何でも知ってるのね。」
「なに。ちょっとばかり勘がいいんだろうさ。おれが思うにだ、なまえ。」
 美術品は誰かの目に留まってこそ価値があるのだろう、絵画しかり彫刻しかり。けれどもこれはもう美術品と呼んでいいものではない。このひかり、この緑、このかび臭さ、教会そのものの一部だ。全て揃ってこそ価値がある。
「この海にはそういう類がごまんとある。」
「他にもたくさん?」
「星の数ほど。」
「……きっと、泣きなくなるくらい綺麗なんでしょうね…。」
「狂おしく悲しさを覚えてしまうものも。それでも美しいと、思ってしまう。このひかりの様に、な?」
 なまえにも見せてやりたい、と肩を引き寄せてシャンクスは左腕でぎゅうと抱きしめた。「まあ一番綺麗なものはなまえの笑顔と涙だが。」と軽口も添えて。
「シャンクス、私もう少しここに居たいな。」
「奇遇だなァおれもそう思ってたんだ。」
「……ありがとう。」
 立ち尽くしたまま、極彩のひかりを浴びて二人はかつての島を思い起こす。人の往来と生活の音を偲び、冬に近づく秋の島に想い馳せたのだった。
 秋は朽ちの季節だ、実り茂り命が栄えて消えていく。

 ここは正しく秋の島であった。




 

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