あきのよなが | ナノ
シトリン・シードル
  “いい酒を見繕ったんだ、飲むか”
  釣瓶落としの秋の夜長、濃紺の時間はひとえに永い。
  これに尽きる。

  レッド・フォース号は秋島の秋に停泊し、大頭を筆頭に陸地の酒を一頻り飲み明かすとすっかり寝入ってしまったのだった。
  歩いて一巡りできてしまう島だ、秋の海は緑がかり特に日の入り直前がいっとう美事なものでなまえは浜の道を散歩して、それから今日の部屋に帰ったのだ。隣には勿論白い髪の偉丈夫がいた、というかこの白髪の副船長が彼女を浜歩きに誘ったのだが。
「夜は夏、っていうくらいだけど秋の夜も、すき。」
「おれもだ。」
  あとは潮が満ちるがごとく。
  白いスーツに体は沈み、水面が遥か頭上に見える程深くふかく潜っていった。あら息と静けさの間に椛を散らす男の手を握れば秋月よりも艶やかな笑みがかえってきた。

「いい酒があるんだが飲むか?」
「おさけ?」
  シャワーの湯気を髪先に幾つか残したなまえにボトルを見せたベックマンは手際よく冷やしたグラスをふたつ、冷蔵庫から取り出したのだ。ホテルは良い、一部屋ずつに小間物が揃っている点は特に。
  くたりとソファにしな垂れるなまえの頭をひと撫でしたベックマンは隣に座りおもむろにコルクを捻るのだった。
「シードルだ、甘いのは好きだろうお前さん。」
「うん、好き。」
  コスモスのラベルが貼ってあるのね、とのたり声で続ければ男は前の島で仕入れたんだと口角を上げていたのだ。
「これを見つけた時からおまえと飲もうと決めてたんだ。」
  グラスを鳴らすなら、秋の夜、それも飛び切り静かな夜更けがいいと思ったとベックマンは囁くように言う。
「グラスは小ぶりで存在感があるのがいい。」
  あくまで、自論だが。朗々語りトポトポとグラスに注げば細かな泡がたちどころに渦巻きを作る。
「トパーズみたいな色。」
「秋の木漏れ日の色だ。」
  午前の光を真夜中に連れ込んだのさ。
  そう言ってからベックマンはシードル越しになまえを見つめたのだった。蕩けるような微笑みは朝のそれによく似ていると眦が語る。
「お前さんにぴったりだと思ったんだ。」
  注ぎ終わったグラスは結露に覆われていく。そのままにしてソファに身を委ねていたなまえを抱え起こす。手慣れた調子で膝裏に腕を回し自分の方へと引き寄せた。男にすればなまえの体重は逆に心地いいらしく、膝上に彼女を乗せるとひどくご満悦になっていたのだった。
「私が?」
「そう、ひどく似ている。」
「午前の……?」
「そうとも。微睡みと、漫ろ神と、それと、そうだなティンダル現象……天使の梯子、もか。」
  前髪をはらい、そして頬をするりと撫で上げる。「んん、」と小さな囀りの声が上がれば男は夜の帳に隠している筈の顔を覗かせるのだ。
「ならベックは夜に似てるね。静かで、落ち着いてて一緒にいると……眠たくなっちゃう。」
「そうきたか。」
「そうくるの。」
「なるほど。」
  いとけない彼女の返事は好きだ、頭を空っぽにして抱き締めたくなる。半ば若造みたいだが、いいじゃないかと開き直ったのは随分昔だった気がする。
「ベック、シードル飲まないの?」
「シードルよりも美味そうなのがあるんだ。聞いてくれるかお嬢さん?」
「でも、ベックが折角入れてくれたから……」
「……む。」
  ソファになまえを押し付ける手を一度止めて小さく唸ったベックマンはグラスを掴むとグイとそれを煽るのだ。
  発砲が舌にまとわり付いて、酸味と甘みが抜け……林檎の香りが鼻を擽る。甘い酒だ、実に。
「……ン、んくっ、」
「ふ、」
  喉には通さずなまえの唇を覆う、理解しているというか散々そうさせていたおかげで彼女の唇はおとこを受け止めてゆっくりと開いていく。
  耳にとろりと流れ込む、くぐもった声。飲みきれなかったシードルが柔い肌を垂れていく。
「んあ、あぁ……っ。」
  上下する己の喉におんなの手が伸びて、ゆるゆる撫でれば背中が粟立った。感情に任せて酒が無くなって尚もぬかるんだなまえの口の中を弄って、舌の根元に己のそれを押し付けていく。その度に己の形に歪むのが、好きだ。
「ぷは、」
「……美味いか?」
「わかんなかった、です……」
  味を確かめる前に男の舌に口いっぱいを貪られたから、とも言えずなまえが俯けばベックマンはとうとう破顔して「ならまた冷やし直して飲むとしよう。」といけしゃあしゃあのたまうのだった。

「秋の夜は長いからな。」




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