あきのよなが | ナノ
食欲讃歌
実り豊かな秋の島。あかあか燃える椛を越えて、覗き込むは秋の恵み。
前々からこの恵み目的に海の向こうから小悪党どもが押し寄せへし寄せ状態で、困った島民を見るに見兼ねたのか『ここはおれのナワバリだ』と白いヒゲ靡かせるジョリーロジャーを掲げたのは……はて、何年前だったか。片手では足りない程前だったのは確かである。
兎も角、この島はずっと前から大海賊『白ヒゲ』のナワバリであった。
久しぶりの上陸は咲き遅れの桔梗よろしく今か今かと待ちわびた島民に大層もてなされ、今は各々好きなように秋の実りの恩恵に浸っていたのだった。
「りんご、くり。山ぶどう。すごいねぇ……」
「おれも初めて来たけど、確かに。」
ルフィがいたら喜びそうだ、と歯を見せて笑うとそばかすがくしゃりと皺寄った。青年の名前はエースと言う。椛のカーペットにきゃっきゃと騒ぎ、隣にいるなまえに『レジャーシートへどうぞ』と手招きされてからは長い足をだらり伸ばして、彼女と秋空を眺めていた。
隣では先ほどからしゃっ、しゃっ、と小気味好いリズムで梨を切る音がする。
「もうちょっと待っててね。」
「結構離れてんのにすげぇ甘い匂いがする。」
「この梨、糖度すごく高いんだって。」
他所で買うと目ん玉飛び出るぞ?とフヒヒ笑ったサッチは『形が悪いやつたくさん貰ったんだ』と幾つかなまえにも譲って寄越した。ジャムにする、と麻袋を肩に担いでモビーへ戻っていった彼はやはりコックそのものだ。
「ありのみ、おひとつ、こねずみ、しょりしょり。」
「アリの実?」
「ん?あぁ、こっちじゃありの実って言わないのかな?」
「またなぞなぞか?」
時々彼女はエースの眠気覚ましでもするのかなぞなぞまがいを仕掛けてくる。エースの正解率は五割を切っているが、それでも彼女のコレは別段苦ではない、寧ろ良い。
「なぞなぞ……というか、梨って『無し』と同じ言い方でしょう?」
秋空にすいすい、と文字を書いて見せる彼女の指先は恐らく故郷の二文字をそらんじているのだろう。
「無し、だと縁起が悪いから『有り』。物がたくさん有りますよって意味の『有り』って言い換えたんですって。」
他にはスルメもそうだったはず、と果物ナイフにブレーキをかけてなまえはこてりと小首をかしげるのだった。
「へー…」
関心しているのか、それとも眠気が瞼の上にのし掛かっているのか、エースのそんな声に彼女は「眠たくなっっちゃった?」とくすくす鈴の声を零す。
「なまえのそういう声は、なんつうか、落ち着くから眠たくなるんだ。」
「そうなの?」
「おう。それに海賊は縁起をよく担ぐんだぜ。」
デッキの用具入れには底の抜けた柄杓もあるし、と言いながらエースは欠伸をかみ殺す。
「それもしかしてイゾウさんが入れたのかなぁ?……はい、エースお待たせしましたよ。」
「あ。」
「ふふっ、はいはい。」
茶化す外野がいないおかげで、エースは好き勝手になまえに甘えていた。なまえも大概で、盛大に甘やかしてはエースの口に皮を剥いたばかりの瑞々しい欠片を含ませてやるのだった。
「あめぇ。」
「……ん、ほんと、すっごく甘い…!シャーベットにしたら絶対美味しいよこれ。」
「作ったらおれが一番に食うからな。」
「はぁい。期待しないで待っててね。」
ありがとう、と是非の代わりに答えたエースは鳥の雛の真似をしてまたぱかりと口を開ける。
「なまえおかわり。」
「あはは、大きな子どもがいるなぁ。」
マルコの羽ばたきも、オヤジの酒精も遥か彼方だ。だらだらのんべんだらりしてもバチは当たらない、とはエースの弁である。
何よりなまえが自分の為に用立ててくれるのがいっとう堪らない。梨は、いやありの実は美味く、彼女がわざわざ剥いてくれるから余計に美味いと思える。次から次へと平らげたところでちっとも飽きがこない。
「いいだろ、偶には、こういうのも。」
二つ目の皮むきに取り掛かるなまえを横目に唇の傍についた汁をペロリと舐めたのは、次が待ちきれない焦燥感にも似た感情からか。
自他ともに認める食いしんぼうだ、欲張りだと十二分に解っているとも。
「本当に美味しいから幾らでも食べれちゃうねぇ。」
「だな。」
二つ目もぺろりと平らげてみたものの。案の定どうにもこうにも物足りなかった。肉でも米でも食べれば腹は一杯になるのだろうが、そういう膨れ方とはまた違うベクトルでの『物足りない』である、とエースは重々理解していたのであった。
ありの実で濡れた薄爪の指はさぞや芳しいのだろうて。
指を凝視してしまい、喉は大きくごくりと動く。それにあっさり気付いて気付かなかったのかなまえは「何か貰ってくるね」とおもむろに立ち上がったのだった。
「あ。……おう。」
名残惜しいはおれだけか、僅かに肩を落としたエースをニヤっと見定めたのは件の柄杓のイゾウであった。袖に揺れるは椛紋、また粋な物をお持ちでらっしゃる。
「聞くところに寄れば食欲と性欲は比例するそうな。」
ナァ?食欲旺盛なエース君。そんなに船をこいでどうするのサ、とワザとらしく肩を竦めていたのだった。
嘘か誠か定まらぬ、なのに実にまったく『すとん』と腑に落ちる。
「ど真ん中だねぇ、食欲の秋。」
明らかに幾つも意味を含ませている、言葉遊びが大好きな徒花男に椛より真っ赤になったエースはそばかすすら染め上げてしまいかねなかった。
「う、うるせ、どっから見てたんだ油断も隙もねぇ!」
「わはは。」
笑ってみせるだけのイゾウにヤキモキ通り越して叫びそうになってしまう。引っ掻き回すのが意外と好きなお兄いさんに末っ子はいつも通り掌の上で転がされるのだ。
「あ、イゾウさん。」
「お、わ、おかえりっ、」
「ただいまー。」
小籠を抱えたなまえが帰ったのはそんな折だ。柔らかい指の腹が編まれた蔓の形に沿ってふにゃりと歪んでいた。籠の中は洗いたての山ぶどうに、小振りのありの実、栗のおこわは島民が分けてくれた物だろう。
(でも、あれが一番美味いんだ。)
ありの実の残り香がするだろう香しい、おんなの指。そこから柔い二の腕を辿り、熟れた唇その先の、とろとろ。
(あれがいちばん。)
あれを食べるまでは腹一杯にはならないだろうけれども、エースは先ずは籠の中身を食べ切ってしまおうと再びなまえへ擦り寄るのだった。



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