The white 「お嬢さん、お嬢さん。……なまえさん、少々飲み過ぎですよ。」 「ふふ、だいじょうぶですよ、」 サニー号のラウンジ、一頻り酒盛りいや『本日の宴』を終えた夜の出来事である。 酒精にすっかり飲み干され、うつらうつらと船を漕いでいるなまえと、喋るガイコツ、そう骸骨だそれもアフロヘアの。その骸骨と酒酔いは水音さえも眠ってしまった夜に二人、あいまいな空気に浸っていた。 「のんだら、勢いづけて、いいかなー…って…」 「おや、ここで眠ってはいけませんよ、パンツ見えてしまいます。ラッキースケベになっちゃいますわたしが。」 「パンツはだめです。」 「ヨホホ!残念!」 この骸骨ときたら、本気なのか冗談なのか…或いはどちらでもいいのかそんな胡乱さを好む癖があった。今もこうやって『紳士』と『何とやら』の行ったり来たりを愉しんでいる。 「それで、なまえさんはどんな勢いを付けたかったのですか。」 「ブルックさんに、」 「はい、わたしに。」 「ブルックさんにー…」 「おや、だから寝てはなりませんよ。」 わたしは枕になれるような膝など持っておりませんから、と老爺が幼子にさとす口振りをぽとんと落とすのである。その声でなまえはぱしぱし、とまばたきをして次はふるりと首を振った。どうやら起きようと努力はしているらしい。 「……バレンタインだったでしょう?今日は…」 「ええ、チョコレートパーティ楽しかったですねぇ、胸踊るひと時でした。」 踊る胸はもうありませんが、と常套句で締めくくろうとした骸骨を拗ねたふくれっ面が見上げていたのだった。なまえはブルックよりもずっと小さいのだ、いや、この骸骨の図体が大きいだけなのか。閑話休題。 「チョコレート、渡したかったんです、」 「誰に?」 「ブルックさんに。」 「これは、これは……なんたる光栄でしょうか。」 「……態とらしいです…」 「ヨホホホ、敏いお嬢さんでいらっしゃる。ええ、この性悪は算段を付けておりましたよ。いつ頂けるのかとそわそわしておりましたし。」 「性悪じゃないです、ブルックさんは。」 「ええ、あなたが否、と言ってくれるからこそわたしは卑しい言葉を爪弾くのです。」 音楽家の性なのか、時々この骸骨はとろりとした言い回しをするのである。頬や唇があった頃ならば見事な弧を描いているのだろうが、今は想像で補うのみである。 「宴が始まる前からずっと、隠してたんです、でもなかなか二人っきりになれなくて、」 「成る程、なるほど、だからなまえさんはずっとここから動かなかった、と。」 「そのとおりです。……はい、ブルックさん。遅くなりましたがハッピーバレンタインです。」 食いしん坊に見つからないように影に隠していた包みはオレンジ色のリボンで着飾って、お澄まし顔でブルックを見上げていた。 そして同じ様に見上げてくるなまえの微笑みは酒精以外の色が宿っている。……彼女は時折、少女のような瑞々しさを惜しげも無しに、数多に、晒すのだ。 「ありがとうございます。……ここで頂いても?」 「どうぞ。」 しゅるしゅるとリボンが解けていく音、それから遠くの方で寝ぼけているのか…海の泡が弾ける音が小さく響いていた。 オレンジ色と白のコントラストは綺麗だった。 「ホワイトチョコ!」 「ふふっ、ただのチョコじゃないんですよ、ボンボンなんです。」 「……まだわたしを酔わせるおつもりですか。」 「ブルックさん酔ってないでしょう?」 「いいえ?酔っておりますよ。……これ以上は手垢の付く台詞になるので口から出しませんが、ね?」 「……時々ブルックさんはいじわるです。」 「お嬢さんに、だけは。特別なのです。あなたは、わたしにとって。」 骸骨故に、白いチョコレートを選んだのだろうか。ひとつ摘まんで口に入れたら甘い味が広がって、続いてとろりと溢れていくコニャック。 「お嬢さんもおひとつどうぞ。」 「これは全部ブルックさんのものですよ…?」 「ご相伴ください。……ささやかなおねだりです。」 「ふふっ、はあい。」 まろやかな笑みで一粒摘まんだなまえは舌に自分で作ったチョコレートを乗せる。うん、甘い、そしてまた襲ってくる酒精に思考はコニャックの様にとろとろと緩んでいくのである。 「甘いですねぇ…」 「ヨホホ、美味しかったですよ。」 「でももっと甘くできるんですよー…」 「おや?どうやって?」 「……知ってるんですけど…してもいいんですか?」 「ええ、どうぞ。申し上げましたよ、あなたは特別だと。」 笑みは深くなり、喜色あらわ。なまえの姿に満足そうなブルックはされるがままその片手の力を抜くのであった。 白い指が辿り着くのは柔らかな唇、その中はとぷりと音が聞こえてきそうな程潤っていた。肉が無くともわかる、はむはむと甘噛みされている。 「美味しいですか?…同じ白い色だからよく合うのですかね…?」 「…ん、」 「そうですか。」 それはよかった。 今度は掌を温いなまえの舌が伝っている、その光景にうっそりとした声をもらしたブルックは自由なもう一方の手でもって彼女の頭を撫でるのであった。濡れた口許に髪が絡もうとしているのを払いのけてやって、ホワイトチョコレートと彼女が舐めた証でてらりと輝く己が指を眺めるのだ。 いつもは恥じ入ってばかりで控えめにしているなまえがこんなにも胸の内を曝け出している。これが堪らない。 「……もっと素敵なことをしたかったのですが…ヨホホホ、それはまた今度。」 聞こえる足音に、耳聡く顔を上げたブルックはいつもの音楽家に戻りザンネンムネン!などと陽気を振りまいていたのであった。 「えっ、ちょっ、はっ?!骨!骨、キサマッ!これは一体どういう了見だグラァ!」 「ヨホホホ!なまえさんが酔っぱらっちゃって、わたし食べられそうになってましたー!ラッキースケベ!」 「………うそだ、うそだうそだ。なまえちゃんが、」 あまりにもショッキングな事実に虫の息になったコックがいるのだが……すっかり眠りこけてしまったなまえには知る由も無い。たぶんこの骸骨も教えてやる様なタマでは、無い。 【いただかれちゃいました】 |