Faim | ナノ




Hello bonnbonn


「お酒は…レシピだとウィスキーかラムを使ってるのが多いみたいで。」
「キリッシュ酒はどうだ?…ラムは普段浴びるように飲んでるからな、あの人は。代わり映えあった方がいいだろう。」
「確かに。……相談に乗ってくださってありがとうございます、ベンさん。」
「本人に聞き出せないのは骨が折れるな。」
「サプライズしたいもので…」

  雪のいろした髪の人が、琥珀いろしたボトルとコックの手垢が染み付いたレシピ本を交互に持ってはニヤリと笑っている。笑みを投げ飛ばした先にいた彼女の手にもスイーツレシピが収まっていたものだった。
ふたりきり、のカテゴリに入れるにならば…この組み合わせは中々に珍しい。おまけに平素騒がしい食堂は人が出払って、この二人だけだったから尚の事。

「そして幸運な男はひとり寝のベッドと仲良しこよし…。」
「幸運?」
「上等の女からチョコレートを賜るんだ。これを幸運と言わずして…さてなんて言えばいいんだお嬢さん。」
「言い過ぎですよ、ベンさんったら。」
「当てつけさ。」

  なまえとこのベン・ベックマンが揃うといつだって話題の中心なるのはかの赤髪の男である。…今は二日酔いで自室に篭ってしまっている、この海賊たちの船長の事である。
  手垢の頁を飾るのは「bonnbonn」のアルファベット、煮詰めてやるのはベックマンが手慰みにもて遊んでいるキリッシュ酒。手間暇も技量も要るこの砂糖菓子をバレンタインだからと選んだのは副船長曰く『上等の女』。

「あてつけ?」
「幹部連中にのたまった男がいるんだ。」

  なまえっつう名前のお嬢さんは大層に人が良いからバレンタインのチョコを用意するに決まってる。今日のブランデーを掛けても良い。
  しかしながら諸君、これらなまえが渡してくるチョコレートは須らく受け取らぬように。なまえはおれのものであって、なまえの作るモンはことごとくおれのモンって道理だ。シンプルで分かりやすいだろう。いいか?諸君、これは極秘中の極秘だぞ?

「極秘をばらしちゃっていいんですか?」
「言ったろ、当てつけだってな。」

  どこの演説だ気取るなよお頭。チョコレート以外ならいいんですかー?などと茶化す連中に『なまえが大好きで大好きでしょうがないおとこの、可愛い可愛いワガママだ。』と真面目くさって言い放つ男は、晴れやかな顔をしていた。

「ベンさんはちょっぴりいじわるになる時があるんですか?悪戯っ子、って言うのもおかしいですけど…今あくどい顔してますよ。」
「ばれちまったか。」

  シャンクスありてこの右腕か、とくすくす微笑んだなまえはゆるりと立ち上がりそれじゃあ味見用のウィスキーシロップならぬキリッシュシロップでも作ってみますね。と耳触りいい声をこぼすのであった。

「味見ならプレゼントしたとは違うでしょう?」
「成る程。…悪いお嬢さんだな。」
「ふふっ、ベッドの誰かさんとボトルの誰かさんのが移っちゃったんですよ、きっと。」

  シャンクスに喜んでもらえるよう頑張ります、とエプロン片手に厨房の奥へと消えたなまえを見送ってからベックマンは煙草を咥え、マッチを擦る。
  じきに甘い砂糖のにおいが漂ってくるんだろう、と想像して続けざま『あのやに下がった顔』を連想して…苦笑いしたものだった。




「で、だ。…盗み聞きとは感心しねェな船長。」
「海賊にマナーどうこう言ってもなァ…それにおまえさんとなまえのが移っちまったんだろうさ。」

  ちょうど死角方からひょっこり顔を覗かせたのは赤い髪の大頭。ベッドと仲良しこよしは止めたらしく、水を飲みにやってきたのだと言ってはのたのた顎を摩っていた。

「追加要項だ、副船長。『味見用もアウト』。」
「…面倒臭い男だなあんたって人は。」
「一途だと言ってくれ。おれはなまえしか見ねェからなまえにもおれしか見ないでほしい…そんだけさ。」

  水を飲みに行く即ち厨房に入る、そうすればなまえにまとわりつく口実が出来るとまあ単純な思考回路でシャンクスは上等の女がいる奥へと目を凝らすのだ。

「だったらさっき割り込めばよかったろう。」
「なまえが一生懸命考えてるんだぞ?邪魔なんてとんでもない。」
「どの口がほざいてるんだ全く…」

  普段のやりとりを思い返してベックマンの頭に浮かぶのはこの二枚舌め、である。クセのある男に好かれちまってお嬢さんも大変だ…揺れる紫煙に言葉を乗せて聡明な男は無言に徹するのみ。

「ベンさん、お砂糖の量なんですけど…あれ?シャンクス?」
「よォ。」

  タイミングがいいのか悪いのか、そんな折に顔を出してしまったなまえである。ベッドに残してきた彼が起き上がってると瞬きを二回、小首をかしげたのは一回。
  そして惜しむべきは「おれよりベンの名前を言っちまうなんて」と態とらしく嘆く男の声を聞き逃していたことだろう。

「なんだなまえ、おれに内緒でベンと面白い事でもしてたのか?」
「面白いというよりは、えー、なんといいますか。」

  バレンタインのチョコレートを秘密で作ってました。と折角の秘密をばらしてしまうなんて事も出来ずなまえは言葉を濁してしまう。

「そうか、おれには言えないんだな、そうかそうか。」
「えっと…シャンクス?」
「ベンと二人で楽しく、仲良くしてたのか。そうか、おれの恋人とおれの仲間が朗らかにやっててくれて船長のおれは大変よろこばしい。いやまったく。」
「も、もしもし?」
「例えおれがひとりぼっちでも、おれがひとりさみしくベッドに戻っておいおい泣いちまってもなぁんにも気にする事なんてないんだぞ。なんたっておれは大人だからな、大人の対応だ。立派だろ?……さて、おれはお邪魔しちゃあ悪いから部屋に戻るとしよう。」

  横槍を入れる暇も無く、一気に言い終わった男はくるりと背を向けて本当に歩き出してドアを閉めてしまったのだ。
  ポカンとしているのはなまえ、眉間をぐりぐり押さえているのはベックマンである。
  何が大人の対応だ、おもいっきりヤキモチを焼いて盛大に不満を並べ立てていたじゃあないか。
  それだけなまえに一途だという事にはなるのだろうが。

「なんとも困った恋人だ。」
「……でも嫌だなあって思えないんです。ちっとも。」
「行ってくるのか?」
「はい。お片付けすぐ終わりますので、それが済んだら。」

  お騒がせしました、と軽くお辞儀してなまえはもう一度厨房へ。ややもしてすぐに顔を覗かせて、またマッチ箱を取り出す男に声を掛けたのだった。

「また後で。ご飯の時に。」
「…部屋から出られりゃあな。」
「へ?」
「いや。…なんでもない。」

  マッチ箱に描かれた婦人と馬、それと何やらきな臭い発言を漏らしたベックマンに見送られて、なまえはシャンクスの後を追いかけるのであった。
  恋人が他の異性と仲良くしてるのは、それが知ってる人であってもモヤモヤしちゃうよなあシャンクスに悪いことしちゃったな、でもヤキモチ焼いてくれたのはそれだけ好きだって事になるんだよね…うわあうわあ。
  つらつらと頭の中で一巡り、なまえは自室の前にたどり着く。

「シャンクス?居ますかー…?」
『いないぞー。』
「……。」
『いないぞー。』
「…ならこれから独り言はじめますねー。一人なら本音をたくさん言っても構わないですよねー。」
『どうぞご自由にー。』

  独り言のやりとりになまえは真剣になればいいんだか、笑えばいいのだか一瞬迷ってしまう程だ。

「あのね、シャンクスに喜んでほしくって美味しいチョコレートを作ろうって考えたの。それで、味の好みをよく知ってる人にアドバイスいただこうかと考えまして。…ベンさんにお話聞いてもらってたの。」
『おれに直接聞きゃいいのに。』
「驚かせたかったのよ。いつもシャンクスに驚かされてるから。でも」
『でも?』
「いくら知り合いでも恋人が他の異性と仲良くしてるの見るとモヤモヤするよなぁと考えまして。…だからごめんね。」
『……』
「それと、正直に申しまして、ヤキモチ焼いてもらえて嬉しかった、です。」
『……。』
「シャンクス?」
「あー、だーもー可愛いなあおまえは!」
「きゃあっ。」

  ガチャリ、ドアが開きそしてガバリ、抱き付かれる。相手は勿論居留守をうそぶいていたこの赤髪で「そんな声で許されると思ってるのか、許すに決まってるだろ、」と尚も声をまろび出していたのだった。

「今度から味の好みはおれから直接聞くんだぞ?」
「はあい。」
「ベンと二人きりになっちゃあ駄目だ。おれがもれなく本気で嫉妬する。今日のは可愛い『ヤキモチ』だ。」
「ええ?」
「なまえはどんぐりお目々も可愛いなァ。」

  おでこに口付けを落とした男はそのままなまえの手を絡め取ると寝室へと引っ張り込んでしまうのであった。
  勿論自分が一番好きな甘さ、たるものをなまえに教えるためである。

  後日出来上がったチョコレート・ボンボンは随分と甘ったるかったらしいが、それを口にできたのはシャンクスだけなもので…他の人間が知る由も無い。

「ほら言った通りだろ。」

   副船長が独り言をごちたのも…誰も知らないままである。


【いただきました。】





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