Faim | ナノ




Sweet chocolate


※二年後編の青雉さんですよ


  少し前からなまえがソワソワしている。特に立ち寄った島で赤やらピンクやらが混じった景色を見つけた時など。
  例えばしきりに味の好みを再確認してきたり(クザンは甘過ぎない方が好きだったよね…?)キャメルの影に隠れてレシピを読み耽っていたり(きゃあクザンっ、いつからそこに…!)
    甘いカカオの香りが溢れ返った日なぞ特に顕著になる、二人(と一羽)根無し草の生活をしているとはいえ……思うところがなまえにはあるのだろう。

「なまえ、たまにはイイトコ泊まろうかね。」
「ホテル?」
「ん。」

 渡って来た海は今回波が高く、随分と疲れた筈だと適当に理由を付けて到着したばかりの島の、一番見た目のいいホテルを指差してやる。そして後ろで鳥にしては器用に呆れ顔を作っていたに目配せを少々……ペンギンはホテルにゃ入れねェよ、海で遊んできな。

「高そうだよ、ここ…」
「いいんじゃねェの。金欠でもなし。」

  おれだってたまにゃフカフカのベッドでぐうたらしたいんだよ、と片脚を摩ればなまえは心配げに眉を下げる。勿論分かってやっているとも、二年前から心配性が変わってないのをよく知っているからこその振る舞いだった。

「足痛む?」
「今はそうでもねぇさ。だがこの歳になると節々が痛んじまうのは仕方ねェよ。」

  クザンがおじさんになったみたい。
  歳を考えたら充分オッサンだけどなァ。
  そぞろ歩きながら、軽口で戯れて暫し。チェックインしたホテルは目論見通りこの島一番のホテルだったらしい。普段ならば手続きやらなんやらはなまえが済ませてくれるのだが、今回ばかりはおれがペンを取る。
  当然フロントの相手も全部おれ…そしておれの要望は二つ程ある。

「一番上等のベッドがある部屋。……それとキッチンが付いてること。で、ある?」

  『ご用意できます』の声となまえの肩が跳ねるのはほぼ同時だった。なまえちゃんよ、『隠したい』って乙女心は分からんでもねェが流石にそんな分かり易い反応されたらオジサン見て見ぬ振りし辛くなる。

「ではこちらにどうぞ。旦那様はボーイに荷物をお預けください。」
「あの、あのあの、」
「ほら、なまえ。おいで…?」

  何と言い表したらいいんだろうか。あわあわ、それともおぶおぶ、と慌てふためくなまえは実年齢よりもずっと幼くみえてしまう。おれがなんとも、小気味好い。
  バレてるのかな、恥ずかしいよ、顔上げれない、そんな台詞がなまえの顔いっぱいに広がっている。いや全く、構い倒してやりたくなる表情だった。素直に寄ってくるのもまたそそるものがある。

「こちらのお部屋をお使いください。」

  案内された部屋は望んだ通りの間取りだ。奥にキッチン、反対のドアを開ければキングサイズのベッドが待ち構えていた。所謂スイートルームというやつだ、そういえば料金云々のやりとりをしてなかったな……まあ、いいか。

「さて、と。」
「……っ。」
「何もそんなに驚かねぇでも…」
「だって、こんな凄いお部屋に泊まるなんて初めてで…」
「それじゃあこの部屋が気になんねェくらいの、タノシイコトするか?」
「そっ、それは、あのクザンさんそのですね、」
「……冗談だ。」

  三割くらいは、と喉の底で転がして代わりになまえの触り心地の良い髪を梳いてやる。あー、やべぇやべぇ、一瞬その気になっちまいそうだった。しかしここは我慢をせねば本末転倒、なまえの願いは叶わない。おまけにおれも別の意味で『オアズケ』を食らう事になる。

「それじゃ、おれは予告どおり休ませてもらうわ。」

  コートを脱いで、高そうなソファに放れば漸く気楽になる。そうして寝室へと向かう最中に態とらしくもなまえ、と声を掛けるのだ。

「ホテルから外に出るなよ。」
「……!」
「おまえに何かあったら、おれァこの一帯を氷漬けにしちまいそうだ。」
「行きません、行きませんよ。なので氷漬けは、ちょっと…」
「それでいい。……あぁでも一階の売店なら大丈夫だろ。」
「売店あったの?」
「中々種類が揃って見えたぞ。例えば、そう、チョコレートとか。」
「…あ、」

  材料を求めて外に出ていってしまう、という愚行の道を絶ってそして安全な売店の道へと誘導してやる。

「なまえ、おれは寝るぞ。いいか?ぐーすか寝こけてちょっとやそっとじゃ起きなくなる。何かを刻んだり溶かしたりする音も何にもかんにも聞こえない。…いいか?」
「……ふふっ、もう、隠してるのがおかしくなってきちゃうじゃない。」
「なんの事だか。」

  照れているのは吹っ切れてしまったのか、耳を赤くしたままのなまえが漸く笑顔をこぼしたのでここは良しとしようではないか。おれはふらりとベッド行きのノブへと手を掛けたのだった。

「目が覚めた後は素敵な事が起きるかもしれないよ。」
「そりゃあ最高だ。」

  付箋が貼ってあったのは確かビターチョコレートのページだ。きっとこの後『おれがぐーすか寝こけてる隙』になまえは秘密のチョコレート菓子を作って、おれを驚かせる準備を始めるのだろう。
  さて、おれは夢の中ででも驚いてひっくり返る練習でも始めておくとしよう。

「あぁ、そうだなまえ。」
「なあに?」
「バレンタインってのは何も女だけがプレゼントを渡すモンでも無いェんだよ、これがな。」
「…え?」

  こういう『隠し事』はおれの方が得意でね。
  投げ捨てたコートではなく、手荷物の奥に隠した小さなリボンのラッピングを取り出すのはもう少し後だ。


【ハッピーバレンタイン】





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