「Anklet's sigh」from Mihawk
霧深き島は空から舞い落ちる結晶に、音という音すべてを飲み込まれさながらどこかに、そうスノードームの中にでも閉じ込められてしまったのかしらと思ってしまう程だった。
「プティングの中に指輪とかね、コインを入れたりする国もあるのよ。…んー…あれは新年のイベントだったかしら。」
「今年はそれも作るのか?」
「どうしよっか。…甘い物ばっかりになっちゃうかも。ミホーク食べたい?」
「なまえの作るものであれば何でも。」
ピロートークにしてはなんともほのぼのとした会話である。そんな朝のひと時。ベッドの中で話し込んでいるのは今日のディナーについて、であった。
そして嫌味の欠片もみえない台詞をまろび出すのはこの城の主である。今は肢体を愛しいおんなに絡めては冬の寒さなど我関せずの態を構えていたのだった。
「それじゃあデザートはブッシュドノエルとそれにしようね。…ふふっ、ミホーク擽ったいよー。」
「ぬしが余りにも楽しげにしているので、な。」
戯れたいのだ、と言葉では無く仕草に込める男は実に機嫌が良い。兎角この男、最愛の妻が居れば眉間の皺は簡単に取れるのだった。
「…きゃあ、そこおなかっ、ふふっ、」
「柔らかいなまえの腹だ。」
「た、たいじゅうに、変動はない、はずなんですよ。」
「おんなの体だと、言っているんだ。…なまえ。」
「…、ミホーク、んっ、」
薄紅色の頬に手を添えて、そして目覚めの口付けにしては茹だる様なそれをおくる。深くて長い、なまえを飲み込もうとしているのかと問うてしまいそうになる程である。
悪い冗談?いやこの男なら、あるいは。あながち。
「…んぅ、みほーく、すき…。」
「あいしている、おれのなまえ、」
唇が離れても体はひたりと寄せ合ったまま。寧ろ更にと男は息の乱れたなまえを抱き締めるのである。起きない気だろうか、そろそろ時計が目覚めの催促をする頃合いだ。
「朝ごはん作らなきゃ…ね?」
「まだここにいろ。」
「…しょうがない旦那さまですねー。」
「クリスマスだ、これ位の我儘など可愛いものだろう?」
「はいはい。」
甘い束縛、とでもいうのだろうこれは。男はこれっぽっちも腕の力を緩めずになまえを己の胸に押し付けるのである。鼓動は緩やかにひとえに愛しいおんなの温もりに酔いしれている。
「うん、クリスマスだもんね。…ミホーク?」
「なんだ?」
「メリークリスマス。」
ミホークに一番最初に言えて嬉しいよ。となまえはひどく嬉しそうにそしてはにかみの声をおとこの腕の中で囁くのである。
気が狂いそうになるのは、『最愛』がこんなにも愛くるしい事ばかり言う所為だ。男は忽ちに目を細めると同じように「メリークリスマス。」と返すのだった。
「なまえ、ぬしに贈り物だ。」
「…?贈り物?」
「なまえだけの、ぬしに心を奪われた『サンタクロース』とやらからな。」
「いいこにしてたから?」
「その通り。」
今度は言の葉で戯れ、なまえは男の顎に指をそろりと伸ばすのである。普段整えられた髭は寝起きの所為で少々癖が付いて、それがどうにも愛おしい、かわいらしい。この歳の男性に可愛い、などといえば『ぬしの方が』と言って押し倒されるのが常であるが。
「私だけのサンタさん?」
「呼んだかなまえ。」
「私もサンタさんにプレゼントがあるのよ。」
「それは重畳。」
頬をもうひと撫でして、心地良さげに男が微笑んで漸く二人は上半身を起こすのであった。ご丁寧にベッドサイドテーブルに隠していた小さな箱をなまえに手渡し、そして額にまた口付ける。
「ありがとう…。」
「なまえに似合う、着けて見せてはくれまいか。」
小箱は軽い、しかしながら滑らかなリボンはシルクでケースは金箔が押してあった。中身もきっとそれに似合う品なのであろう。
「…ブレスレット…?」
「否、アンクレットだ。」
シャラ、と繊細な細工ものの音がなまえの掌から響いてくる。生まれたての雪の結晶を一粒、空から掬い取って金の鎖に繋ぎ止めた…控えめながらに美しいかがやきであった。
「ぬしの肌に良く馴染む色だ。」
ここに、と男は腕を伸ばしなまえの足首をそろそろと撫でて口元に弧を描く。
彼女はふるり、と身を一度震わせて細工をその足へとまとわせようとする。折り曲げられた膝小僧に手をやった男はなまえの体をまた我が身へと引き寄せて実にたのしげなまま「着けてやろう」とのたまうのである。
「足を。」
「…はい。」
シーツの中から出されたなまえの太もも、流れていくおんなの線をうっそりと眺めながら男はそのところを愛しながら撫でていく。それだけで瞳に涙を湛える可愛さに身悶えすら起きそうだった。どきどきとなまえの心臓が大騒ぎしているのがよく分かって、本当に何もかも可愛らしいおんなだと思う、
器用にも目尻の涙を舐め、そして太い指はほっそりとした足首をもてあそんでいく。シャラリ、とまた金色が歌うように鳴っていた。
「着いたぞ。」
「ありがとう、すごく綺麗…」
「だろう。なまえを引きたてる色だ。」
すこぶる上機嫌になった男は足首と、そして金色のアンクレットを交互に弄ぶのであった。白い肌にはこのがよく映える。己の色を足首にまとわせる、この昂ぶりをはて何と呼べばいいのやら。
くい、と鎖のようなチェーンを引っ張れば抵抗無くなまえの足は男へと寄っていく。
「ミホーク?」
「……。いい眺めだ。」
「そう、なの?」
「あァ。」
己そのものをなまえに絡みつかせた、ぬしを何処にもやりはしない、おれだけのなまえ。おとこは狂おしいばかりの心で愛しいおんなにみたび口付けたのであった。
「…なまえ、それ、あれだ、束縛欲求強い男はなアクセサリーをプレゼントするんだ。鷹の目に関しては今更だけど。でも今回は更に捻じ曲がってるというか、『鎖で繋いでおく』的なニュアンスがチラチラ見えるというか…」
同居人がアンクレットについての考察なぞ呟いていたのだが残念ながら件の男がなまえに朝からまとわり付いているもので、彼女の耳に届く事は無かったそうだ。
END