リア充の祭典 | ナノ
「Greedy beast」from Sabo
  寒風吹き荒ぶ雪空の下外を歩くものは少ない。各々の家、各々の寝ぐら、その分厚い硝子窓の奥で暖炉を灯せばぱちぱちと音を鳴らし、寒色を照らす緋色を生んでいた。
  そんな、十二月のひと夜。
  ここは所謂『執務室』。

「サボ君帰らないの?」
「んー…そう、だな。これだけ書いてから…。」

  暖炉で踊るそうちの一色は明るいカナリア・イエローだ。それを掬い取ったような髪色の青年は話半分に口からろろんと呟いてまた一枚、もう一枚と書類の束を摘まむ。

「根詰めるの悪い癖だよ。」
「うん。自覚はある。」
「なまえちゃん、また心配して泣いちゃうよ。」
「…痛いトコつくよ全く。」

  使い古された万年筆を置いて、ぐぐんと背伸びした青年は微苦笑を浮かべて今頃『さみしがっている』だろう面影を思い出していた。そろそろ帰らねば、と時間を見れば丁度短針と長身はどちらももうすぐ真上を指し示す頃合いになっている。

「今日はクリスマス・イヴなのに。」
「なまえが言ってたやつか…よく覚えてたね。」
「仲良しだもん。」
「知ってる。」

  楽しそうに笑う彼女に青年はもう一度微苦笑。こっちが妬いてしまうくらいに仲の良い二人を脳裏に思い浮かべて、そしてガポッと被るのはお馴染みの帽子である。そう言えばこの帽子の正式名称は何と言ったのかしらんと彼女が思案している間に青年はコートも着込み、帰り支度を終えていたのであった。

「サボ君、『帰るのが楽しみだね』」
「うん。なまえが待ってるから。」

  しおを作ってみせた青年に微笑むのは、そうコアラその人である。なまえとびきり仲良しでクリスマスプレゼントの相談を受けるくらいの友人である。
『クリスマスはこれくらいしなきゃ!』
『見苦しく無い、かなぁ?』
『ないない!なまえちゃんかわいいよー!』
  そんなお着替えタイムでひとしきりじゃれ合うくらいの仲良しなのだ。恋人がヤキモチを盛大に焼いてしまう程の。

「私ね、なまえちゃんにちょっとアドバイスなどしてみまして。」
「…なまえに?」
「クリスマスの。」
「……。ふぅん。」
「参謀長殿、時に、サンタクロースはお好き?」
「…それが愛しの君だと最高だね。」
「なら早めのご帰宅を。とっても可愛いサンタさんが首をながーくして待ってるよ。」
「…ありがとうコアラ。」

  二人とも実に、いやあ全く実に『イイ笑顔』をしているのであった。サプライズが成功した喜び顔と最高のプレゼントを貰える期待顔は「また明日」と言って別れる。
  一度寒々しい夜空の下を歩かねばならないがこの青年は億劫さなんて微塵も見せず、足早になまえの待つ我が家へと歩を進めるのだった。

「ただいま。…なまえ?」

  月明かりを帰り道の連れ合いにして暫く、帰った我が家はひと気のある温度であった。しかしながら肝心の姿が何処にも見えない、まあ時間が時間だし当然だろうと頭が良く回る参謀長殿は直ぐさまアタリを付けてリビングのソファへと向かう。
  なまえは自分が帰って来るまでは寝室にいかない、特に今日みたいな特別な日なら尚更。まあちょっと眠気に負けてしまったところだろうか。

「やっぱりね。…ただいま、なまえ。」

  ソファからはみ出ているのは彼女がよく使うブランケットだ。そして少しだけ身じろいでいるから最早確定。自然と零れる微笑みのまま、ソファを覗いた青年は、青年は。

「え。」

  ぽろんと溢したのはたった一音である。ただその一音に全ての驚愕がこれでもかと込められていた。
  剥き出しの肩、丸見えの太ももはどちらも陽に焼けていないから白かった。ソファに子猫の様に丸まって横になっているのは可愛い恋人、なまえその人。さてブランケット以外に彼女がまとっているものが、見えないのだがこれいかに。

「…ちょ、なまえ、なまえってば。なまえさん起きて、これ刺激強いよ。いやこれはこれでありだけど。いやいやサンタクロースどこ行ったの。」

  肩を軽く揺すっている掌の温度が上がっているのがわかる。全くこんな格好をされたら『物分かりのいい参謀』は心臓の奥へ引っ込んでしまうではないか。変わりにのっそり起き出した肉食のけだものが喉を鳴らしはじめてしまうではないか。どうしてくれる、どうしようもないか。

「…ん、ぅ…あ、れ。おかえりなさい…」
「ただいま。」
「……サボだー…。」
「うん。サボですよ。」
「……。」
「あはは、寝ぼけてるだろ。」
「…あ!く、くりすます!」

  揺すられて目を覚ませば夢うつつだったが、カナリア・イエローを瞳に捉えなまえはようやっと覚醒する。目の前にはおもしろそうに微笑っている恋人、あぁちょっとのつもりが寝入ってしまっていた、なんたる失態!とばかりにガバリと上半身を起こすのだった。

「……。」
「え、っと。サボ、その私これは、デスね。」

  きょとんとして、無言になるのは今度は青年の番である。ガバリと身を起こせば勿論ブランケットは下へとずれて隠れていた彼女の肢体が暖炉の灯に照らされるのだった。
  胸元に白いファーの着いた、肩が剥き出しになってしまうデザインのドレス、短い短い丈のミニスカートの、白いファーがアクセントの真っ赤なドレス。

「サンタクロース……。」
「あっはい、サンタクロースです。」
「着てた。」
「着てます…。」

   何と言えばいいのだろうか、コアラグッジョブだろうか。コアラグッジョブでいいだろうこれは。何もまとっていない、と錯覚していたのは一先ず置いておこう。ふるりと揺れる肌の色と濃い赤色が綺麗で、あんまりにも綺麗で青年は喉が勝手に鳴ってしまうのだった。

「なまえなにこれ可愛い。」

  ぎゅうっと抱き付いてしまうのは青年からすれば自然の摂理に近しいものがあった。こんな可愛いもの腕の中に早く仕舞い込まねばという妙な使命感がふつふつと湧き上がってしまう。

「中々思い切ったね。」
「…サボにクリスマスを味わって欲しいなー、と思いまして。その色んな方に相談したり、して。」
「うん。おれの為に頑張ってくれたんだろ。」
「頑張って、みました。」
「ものすごく嬉しい。」

  衣装すごく似合ってるよ、と青年は唇にまずひとつ。それから恥ずかしさだろうか…潤んでしまった瞳の縁、目尻にもひとつ。最後に髪の毛をくしゃりと掻き分けて額にひとつキスを落とすのだった。

「サボ、ちょっとだけ冷たいね。」
「冷たいのいや?」
「ううん、体冷えてない?大丈夫?あったかいもの用意してるからそれ食べて。」
「うん。」
「サボ…っ?」
「口ちょっと開けて…。…ン。」
「んぅ…っ。」

  クリスマスのメニューは、流石にこの時間は胃が重たくなってしまいそうだ。代わりにおじやを用意しているから、それをどうぞ。チキンやブッシュドノエルはまた明日…。と抱き締められたままなまえは口付けの雨の最中に青年に何とか伝えるのであるが、しかしこの青年は今『物分かりのいい参謀長』の顔をすっかり引っ込めてしまっているのである。

「飯よりサンタクロース食べたい。」

  サンタは食べ物と言い切った口振りに驚いてしまったのはなまえだけである。既に掌はゆるゆると腰回りを行ったり来たり、身をぴたりとくっ付けては熱っぽい吐息が頬を通っている。

「…ご、ご飯先に食べようっ。お腹減っちゃうよ。」
「なまえ食ったら腹一杯になるに決まってる。」
「後で、あとでね。先にご飯…、」
「飯食ったらなまえくっていいんだな?言質取ったからな?」

  にやり、とわらっているのはまさに肉食獣であった。なまえにしか見せないけだものの顔付きは上機嫌でドレスよりも真っ赤になってしまった頬をうっそりと眺めていた。

「あ、ぅ。…は、い。」
「……楽しみだ。じゃあサンタクロースの言う通りに飯食おう。あぁ勿論サンタが手ずから食べさせてくれるんだろう?明日のディナーも。」
「へっ。」
「ね、なまえ。」
「…は、い。」

  しどろもどろになった唇にみたび口付けて青年はようよう困り顔のサンタクロースを腕の中から離してやる。帽子をやっとこ脱いで、前髪をうっとおしげに掻き上げ…それからあぁ、言い忘れてたと一人ごちるのだった。

「メリークリスマス、なまえ。」
「うん。メリークリスマス。」

  すっかり欲しがりになってしまったこのけだものは可愛い自分だけのサンタクロースからプレゼントをこの一晩で山のように貰いに、貰うのであった。

「来年も楽しみだ。」

  結局その後暫くベッドから出られなくなったなまえに上機嫌になって、サンタクロースから貰った新品の万年筆片手にまた上機嫌になって。賢い物分かりのいい参謀長殿は今日も早く我が家に帰れる様にとテキパキと書類を片付けるのである。

  
END
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