『Late Santa Claus』to C.C
※学パロだよ。
※シーザー教授と女子大生お嬢さん
初めて出逢ったのは、今にも雪が降り始めて来そうな冬の事、校舎壁ぎわ。彼女にとって所謂『厄日』というやつで、そんな夕暮れの時。
「すぐ泣くからうざい。」
彼女は珍しい体質というか、なんというか。どうにも涙腺緩くて涙脆い人間だった。それが『目の前の集団』の様な人達にとっては癇に障る顔であったらしい、故にこうやって突っかかられては後退りしてはたたらを踏む事がままあった。
「ええい!喧しい五月蝿いきさまら!計測中だ黙ってろ!」
ピリピリとした空気を割ったのは丁度珍しい体質がいよいよ発露してしまう頃。二階の窓がガラリと開いて聞こえて来たのはよく通る癇癪であった、そして随分と聞き覚えのある。
「げっ、シーザー・クラウン。」
「地獄耳かよ。」
「教授を呼び捨てとはいい度胸だなァ。……おまえらそこにいろ!」
窓から見下ろしていたその癇癪顔はいよいよ引き攣ってひっこんでしまう。おそらくここに来る気だろう、とはかの集団達の総意であった。
「……おまえだけか?」
「はい…。」
「他の奴らは?」
「もう行ってしまいました…。」
「ふむ。ではおまえは大人しく罰を受ける、という事でいいな。」
「えっ。」
「喧しくしていた罰だ。」
それからその情けない顔を引っ込めろ。と白衣のポケットを漁ってなんとも可愛らしいハンカチをぺいっと彼女に、なまえに放って寄越したのだ。
それが去年。冬の夕暮れゆうまどきの頃だった。白衣がはためいていたのをよく憶えている。
雲間に隠れている空に、まだ昇りもしない月の形が見えてしまった日だった。
「そうだったか?」
「そうですよ教授。」
懐かしい記憶を両手で掬い上げるのはなまえのお気に入りのカフェである。ランチが美味しくて、日替わりのケーキに胸をときめかせてしまう大学通りの角にある一件であった。
大概は友達と連れ合うのだが…今日は少々勝手が違う。目の前には随分歳上の男がメニュウを開いて唸っていた。
「あの後何をやらされるかなって、とっても怖かったんですよ。」
「……計測中だ、と言ったろう。」
結局あの後は研究室で実験のグラフ付けと器具の片付け、それから教授の熱の篭った研究発表会が待っていた。どこそこをこのX液でなくY液を使えば効率が良い、と楽しそうに語っていた横顔が少年のそれに見えたとなまえは懐かしむ。
人の縁とはいつだって唐突だ、例えばなまえがそのままこの教授と茶飲み友達じみた関係になる、とか。
「しかしなまえ、本当にいいのか?」
「はい。私がお誘いしたんですから。」
「高いのを頼んじまうぞ?いいのか?」
メニュウから顔を上げた教授なんとも悪巧みをしている、絵本に出てくるような悪役の顔付きをしていた。このワインをボトルで頼んじまおうか、など独特の笑い声と共にのたまっていた。
「クリスマスなので、その記念です。なんでも頼んじゃってください。学生でお逢いできるクリスマスはこれで最後ですから。」
「あぁ…おまえは春に卒業だったな。」
自然の摂理だなァと教師の眼差しをちらつかせ、教授はどこかさみしそうに微笑う学生を眺めるのであった。
この学生兼茶飲み友達は実に風変わりだ、なんと言ってもなまえの良さはその『風変わり』にある。同世代と遊べばいいものを数式と実験の話ばかり話す(人とは脳みその作りが格段に高いのだしょうがない!)この己の話をにこにこと聞いているのだから。
こうして教授をランチに誘う、というのも風変わりさに磨きをかけている。
「……モネさんも誘えば、良かったですね。」
「んん?なんで急にあいつの名前を出す。」
「いえ、その、よく一緒にいらっしゃるので。」
しかしそのにこにこ顔は今、憂いが睫毛に宿るなまえには見受けられなかった。さみしそうな微笑みは一瞬のみ、そして微かにもにょもにょと何かを口の中で転がしている。
モネさんとお付き合いしているんじゃないのですか?恋人、では無いのですか?そんな台詞はなまえから教授に伝えられる事はない。怖がりで臆病で、友達から『これが最後なんだから告白しちゃいなさいよ』との後押しが無ければ食事に誘うなんてしなかった、そんな引っ込み思案な女なのだ。
「ええ、と、そう、ここのお勧めは日替わりケーキとドリンクセットなんですよ。ランチセットに出来るので良かったら。」
「ふふん。ならそれだ。天才はなんたって糖分が必要になるからな!」
「ふふっ。そうですね。…そうそう。お勧めついでに私のお気に入りのドリンクがあるんです。中々珍しいやつがあるんですよ。」
すいません、と控えめに声を上げてなまえはあれと、これ、と教授からすれば聞き慣れない名前を上げていた。さて己は一体何を口にするのかとひと息、『なまえだから』文句ひとつ吐かず静観しているのであった。ここが研究室ならご機嫌に鼻歌でも洩らす程度にはこの教授はこのひと時を楽しんでいる。
「おまたせいたしました。」
メインを胃袋に収めて、それからやって来たのはなまえがお勧めしていたデザートセットである。クリスマスだからか、イチゴのショートケーキ。それとなにやら見慣れぬ若葉色のジュース、それから…何故か花束であった。
「マンタローって言ってミントのシロップを使ってるんです。サッパリしていて美味しいんですよ。」
「ほお、シロップ。裏のアップルミントで出来そうだな。…でそっちの花束は?おまえが食べるデザートか?」
「流石にお花は食べませんよ、これはクリスマスプレゼントです。…はい、どうぞシーザー教授。」
『感謝』のダリア、『変わりない誓い』のスターチス、『あなたに酔いしれるクルクマ』。
そして『永遠の愛』のミントで、なまえの想いは完成される。隠した心の内を密やかに、飲み込んで欲しいと願って、こうして回りくどくランチに誘ったのだ。重たい、迷惑、と思われてしまうだろうから声に出す事はしない。なまえの自己満足と自己完結で本音を隠したプレゼントだった。お店に頼んで、こっそりと隠していたプレゼントだった。
「研究室に飾ってやってください。…あ、でもお邪魔でしたら持って帰ります。」
「いやいる。おまえから貰えるものは全部貰うぞ。」
「えっ、は、い。ありがとうございます。」
「何故おまえが礼を言うんだ。それはこっちの台詞だぞ。…そうだ、礼をくれてやろうじゃないか!何が欲しい?」
「えっ、」
「なにを素っ頓狂に。」
「いえ、まさかそう言われるとは思ってなくて。」
こうやって一緒にクリスマスを過ごせるだけで、それが私にとって最高のプレゼントなんです。と心中でなまえは繰り返す。ぱちぱちと瞬きしているので教授は怪訝そうではあったが『おまえは風変わりなやつだ!』と締め括っていた。
「なら勝手に決めるぞ、いいな?」
「……はあ。」
「なんだそのやる気の無い声は。」
しゃんとしろ、もうすぐ卒業だぞ。と心此処にあらずのなまえの食べかけのケーキから苺を一粒奪ったのであった。
「善は急げ、だ。何点か質問するがいいかね?」
「……?」
苺をすっかり飲み込んでから教授はなんとも教授然とした佇まいと口調でフォーク片手になまえをじっと見つめる。マンタローは半分程飲み、氷がカランと鳴っていた。
「では先ず。春と夏なら、どっちが好きだ?」
何を突然?と答えに口籠るのはしょうがないだろう、いくら『風変わり』と評されているなまえでもだ。なのにこの教授は早く答えんかとばかりにふん、と鼻息を鳴らしおまけにフォークをくるくる回す。
「どちらか、と言われたら、春…かと。」
「成る程。では洋風と和風ならどちらが好きだ?」
「……よう、ふう?」
「洋風か。分かった。」
いえ、これは質問の意図が理解出来ず鸚鵡返ししてしまっただけなんです。とは言い出せない雰囲気に何時の間にかなってしまってなまえは困った困ったと眉を下げるのである。この教授はどこ吹く風なのが、これがまた。
「金属アレルギーはあるか?」
「いいえ、それは無いですが…。」
「屋内と屋外どっちがいい?」
「…おく、ない?」
「おまえとは気が合うなァ。」
そしてまた特徴のある笑い声がカフェに響く。何がなんの事やら、解りかねるなまえに教授は「楽しみにしておけよ」と伝票を奪って立ち上がってしまうのだった。勿論片手にはプレゼントの花束を大事そうに抱えて。
「あァそうそう。なまえ。」
「お、お会計…あ、はい、何でしょうか、」
「この天才教授はな、実に天才なんだ。」
「ふふっ。…はい、そうですね。」
朗々と口ずさむ台詞が妙に可愛らしくてなまえは自然と頬を緩ませる。歳上なのにどこか可愛げがあるこの教授の口癖に微笑んで彼女はいつもこうやって頷いているのだ。
「天才なんだ。だからな、『花言葉』も程々に齧っている。」
「……えっ!」
「なまえも意味を理解した上でこの花を選んだ、と解釈する事にした。…春を楽しみにしておけよ。」
「…えええ。」
「シュロロロ…!」
それから、春。なまえが答え通りにウェディングドレスとプラチナの指輪と一枚書類を用意した男が卒業したばかりのなまえの前にあらわれることになる。男の所為で『情けない』笑いを浮かべてしまって。かの男は盛大に破顔して。
「なんだ、両片思いってやつだったのねあの二人。」
周りの友人に『色々順序が可笑しい』『クリスマスから随分と遅刻したサンタクロースね』と散々好き勝手言われたのだが…それもまた二人にとってはいい思い出になるだろう。
END