馴れ初めなど この男、実に欲深であった。 欲しい、と直感が告げるのであればそれが例え他人のものでも手に入れた。元来先見の明が強かった為、男は己の直感を信用している。 今回もそうであった。 学長に経営アドバイザーとして呼ばれて、半ば気まぐれに訪れた場所。己とは随分不釣り合いな学び舎。 「…っ、…、」 「…ン?」 押し殺す声、それに足を向けたのは…さて、何故だったか。まあいいそれであの女と出会えたのだから、理由など瑣末なものだ。 「…っ!」 「フッフッフ…!どォも…!」 いっそ小動物かと思う程怯えた眼差し。わらえる程跳ねた薄い肩。その両方の瞳から零れていく透明な涙。雫が色付いた頬を濡らしていた。奥まったその場所は植木で囲まれて、女はそこで一人寂しくないていた。 欲しいと、想った。 男の直感は、そう叫んだ。 (いいもんを見つけた。) 男は欲深かった。故に、手に入れると決めてしまった。 「え、ぁ…、あの…っ」 か細い声に己の背中が粟立った。『これ』の声すら欲しくなる。 「私、その、しつれいしました。」 泣いているのを知られて居た堪れなくなったのか、小柄な女は己の脇を通って去ろうとする。その時感じた微かな香りは柔らかい甘さをはらんでいた。…『これ』も欲しい。 「待て。…なァ待てよ?」 かしりと掴んだ手首は細く頼りげない、肌は滑らかで温かかった。 「な、なにか、ご用でしょうか…?」 震える女に嗜虐心が騒ぎ出し、腹の底がぐらりと煮えた。…欲しい。何の変哲もないそこらと対して変わらない女にこれ程まで執着してしまうとは。 「あァわかった…」 「は、い…?」 泣き濡れたままで女が見上げてくるとその動きで雫が落ちた。 これだ、と男は確信する。 抜き身の狂気にも似たそれに、気付いて慄くものは誰一人として居ない。男はただ純粋に想った。 欲しくて欲しくて堪らない、この、涙のおんなが。 「あんた、名前は?」 するりとまろび出た言葉の何と陳腐なことか!いくら御託を並べ立てたとしても、今思えば… 「一目惚れってヤツだろォな…あれは…」 しみじみと男は、ドフラミンゴは愛おしそうに腕の中の彼女を抱え直した。随分昔の様な、しかしありありと瞼に焼き付いて離れないかつての記憶に眦を緩める。 「どうしたの…?」 最近のこの男はとみに彼女を膝の上に乗せるのを好んでいる。髪を梳き、その下腹部をやんわりと、それこそ繊細なものに触れる様な手つきで。 己の子がここに入っている、とドフラミンゴは感慨深く何時もその言葉を反芻しているのだった。 「なまえチャンが最高に可愛いって話さ。」 「…おーい、お父さんが何かはぐらかしましたよー。」 戯けたドフラミンゴに彼女もまた楽しげに応えてみせる。但し相手は戯けた自分の腹に向けてだった。さて、この子ならなんと応えてくれるのだろうか? 「腹はまだ出ねェんだな。」 「ふふっ、流石にもうちょっとかかるよ。」 「…もうちょっと、か。」 「うん。だいぶ落ち着いてきたし運動不足も解消したいしそろそろお店に出たいなーなんて…」 「ナイ。」 「…もー…心配し過ぎよ…」 「『前科持ち』が何言ってるンだよ、フッフッフ!」 事実なのでそう言われてしまうとなまえはぐうの音も出ない。 「運動してェなら散歩にでも行こうかなまえ。」 「散歩?」 「丁度指輪が仕上がったってよ。店の前より少し離れたとこで降りて、そっから歩けばいい。…なまえは何時だっておれの隣に居ないといけねェ、なァ?」 「…散歩は、うん、ありがとう。そうさせてもらうね。…後初めて聞くよ指輪の話…えっと、仕上がったって?」 機嫌のいい男はにい、と笑うと何でも無い様に「結婚指輪だ。」となまえを膝から降ろす。 「そういやまだ伝えてなかったなァ…そのままドレスも見にいくぜ?」 「…うん?」 「ウェディングドレスもいい加減選ぶぞ。」 「はい?」 「結婚式。」 「え、」 本当なら自宅へ呼びつけてしまえば事足りるが大事な大事ななまえがあの店に出向いてしまうよりずっといい。 「何時の間に…。」 財閥の総帥となれば仕事も早いのだろうか、否この男だから、と言った方がいいのか。嬉しさよりも今は驚きの方が優ってしまってなまえは目をみはるばかりだ。 「フフフ!なまえに関わるモンは手を抜かねェって何時も言ってるだろォが。…だからもっとなまえはおれに愛されちまえ。おまえもおれをもっと欲しがっちまえ…」 「ドフィ…っん…、」 『欲しくて欲しくて堪らなかったおんな』にそう囁いて、ドフラミンゴは飽きれるぐらいに柔い口付けをなまえに与えていた。 |