毒虫の様な、きつい香水の臭いのするおんなだった。いきなり言い寄って来たそれは既にこの場には居ない。いや、失せていただいたというべきか。 あァくさいくさい、とわらいながら吐き捨て、ドフラミンゴはまとわりつかれたジャケットを脱いで部下に放おる。 「捨てとけ。」 「畏まりました。」 この匂いをさっさと忘れてしまいたかった。柔らかい、なんの香水も付けていないのに好い香りのするおんなに会いたい。ドフラミンゴの脳裏になまえの顔が直ぐに浮かんだ。優しい眦も穏やかな声も想い馳せればありありと蘇るが、しかしそれだけではこの欲深な男は満足しなかった。 「なまえ、」 この後何処ぞの社長と面倒臭い会合がある。移動の為に乗り込んだ車のスプリングをギシリと鳴らし、終わり次第なまえのところへ寄るかとドフラミンゴは足を組んだ。そう考えた矢先、傍にあった液晶画面が光る。画面には珍しい名前と番号が表示されてフフフ!ともの笑い、男は愉悦混じりに電話を取った。 「一体どんな吹きまわしだ?」 なァ、ロー?とその名前を呼べば隠しもしない舌打ちが機械越しに聞こえた。だがドフラミンゴはそれすら楽しむ様にニヤリと口角を上げる。 『…その声…あんたの歪んだ顔がよくわかるな、胸糞悪い。』 「フッフッフ!言うようになったじゃねェか…」 『…戯言はいい…一度しか言わない。』 「フゥン?」 『なまえが、アンタの所為で『泣いて』いる。…あいつが『授かりモン』と一緒に消えてもいいなら、アンタはそのまま仕事を続けてろ。好きにやれ。適当な女ヒィヒィ言わせてろよ。』 「…消されたいのが望みか?アァ…?」 地を這う声にその車内が凍り付く。夜叉かと慄く程の殺気は、この場に居ない筈の男の喉笛を引き裂こうとしていた。 『これで察せない馬鹿ならなまえはおれが貰い受ける。あいつが嫌がろうとも、構わない。…おれがなまえを守る。』 「…、」 『…あいつはアンタが作った鳥籠に今居る。これでおれの用件は終わりだ。』 それだけ言い捨てて電子越しの声は途絶えた。無機質な音だけがドフラミンゴの鼓膜を叩き、手にした機器はミシミシと不吉な叫びを上げている。 「行き先を変えろ。会合はキャンセルだ。」 「…は?」 「早くしろ、『ニゼル』へ行け…!」 「は。」 違反など気にも止めず走り出した高級車。おとこはただ只管に愛しいおんなを求めていた。 『察せない』?ふざけンじゃねェよ。なまえが産婦人科へ行ったことなど、とうに知っている。『待った』おれが馬鹿をみたか…!フフフ、慣れないことはするモンじゃねェ…なァ、なまえ? |