或る街のニゼル・ブルー | ナノ

「ん…いたぃ…あれ?」

   腰の鈍痛で目覚めたなまえはカーテン越しの、夜明けの光を訝しんだ。さっきまで宵の口だったのに、と寝ぼけていたがじわじわとドフラミンゴとの行為を思い出して…顔から火を噴く。

「そう、だった…わあぁはずかしいぃ…。」
「…ん?起きたのかなまえ。」

   バスルームから出て来たのは雫をパタパタ落とすドフラミンゴ当人で「おはようさん」と暢気にベッドへ腰掛けてくる。男が動く度に水滴がシーツに小さなシミを作っていくのをなまえは横になったままであらま、と微苦笑した。

「髪、ちゃんと拭けてないよ?」
「ん。」
「もー…ふふ、しょうがない。こっちへどうぞドフラミンゴ?」
「フフフ!」

  腰に響かない様にゆっくりと起き上がってなまえはドフラミンゴが差し出したハンドタオルを受け取った。毛足の長い絨毯の上に直に座った男の、短い金髪をベッドの上からこしこし拭いてやると心地良さげにその眼を閉じていた。

「…体は、平気か?」
「んー…もうちょっと休めば、大丈夫、かな…?」
「歩けねェなら抱っこしてやるよ。」
「それ、とっても恥ずかしい、ので…頑張って歩きマス…」
「そりゃア残念…」

   もう一眠りしそうな声でドフラミンゴがなまえの調子を労わっていた。無理をさせているのはわかり切ってはいるのだが、なまえのあの震える甘ったるい声となき濡れた姿で手加減など踏み付ける勢いでかなぐり捨てている…元々我慢などしないタチだ、この男は。

「心配してくれてありがとう。」
「痛かったら言えよ?」

  気持ちイイことして忘れさせてやるから、とは声に出さずともなまえが了承するなら実行する気であった。

「へいき…ぁ、あいしてもらってるとわかるから、その、痛くても、嬉しい気持ちもあるの、えーと、ね、」

  しどろもどろに話すなまえの顔は美味そうに真っ赤に熟れているのだろう。タオルで頭を拭いてもらっているので今はその姿が見えず惜しい事をした、とドフラミンゴは薄く瞳を開いた。

「…それと、なんだけど、いつも先に気を失っちゃってごめんね、ドフィ。」
「ん?」
「私が眠っちゃったらドフィ、ひ、ひとりに…なっちゃうでしょう?」

   その後とか、色々…ドフラミンゴ、な、長く『する』のが好きだし、その…もにょもにょ…とためつすがめつ見る様なおずおずとした声にドフラミンゴは一瞬意味を掬い切れず動きを止めた。何だ、おれの心配をしてくれてンのかなまえは、自分が抱き潰されているにも関わらず。何だこの可愛い生き物は…おれの可愛いなまえか、なんだそうか。
   辛抱堪らなくなった感情のままに己の頭を柔らかく拭く細腕をかしり、と掴んでドフラミンゴはなまえに顔を近付けた。なまえが待って、と言う前に愛くるしい言葉を口にする彼女の、温い唇をペロリと味わう。

「囲いてェ…、」

   煮えた想いを溜息混じりにぽつ、とそら恐ろしくも言ってのけるのはドンキホーテ財閥の総帥である。やろうと思えば電話一本で事足りるがいかんせん己が好きな表情をなまえが見せなくなるだろうと容易に想像できるので止めた。今は。

「か、こ…?」
「あー…独り言だ、気にすんなよ。」

   疑問です、とありありと顔に出したなまえに更にいつか話してやるよと強引に納得させて、誤魔化す様に乾いた髪を彼女の腹に押し付けてやった。

「あまえんぼ…」
「安心しな、なまえにしかやらねェ。」

  己の髪を一頻り撫でているなまえに「ガッコは?」とドフラミンゴは漸く訊ねる。余り手離したく無いのでどうやって休ませてやろうかと思案していたのだった。

「だいじょうぶ。単位足りてるから今日はお休み。」
「…よし決まりだ。もう一泊すンぜ。」
「でも午後から面接行って来るから一旦帰らなくちゃ。」
「…、…面接…?」
「あれ…言って無かった…?」
「あァ、初耳だ。…面接だと…?」
「うん。」

   そうだ、そうだった。ドフラミンゴが仕事で忙しそうだったから言えず終いだったのだ。ぽん、と一人納得して手を打ったなまえに今度は男が訝しんだ。

「体力つけて持久力アップ!と社会勉強と、後ちょっとした計画の為にね、バイトする事にしたの。駅前のカフェ、同じゼミの子も一緒にしてくれるんだよ、だから大丈夫。…安心してね?」

   ドフィの誕生日プレゼントに備えまして…と心中呟いたなまえは時々呆れる位過保護になる歳上の恋人を見つめた。この条件ならイケると思うのだが。

「ナイ。」

   そんなもの却下である。ナンセンスである。おれ以外の人間となまえが話す、だと?なまえの時間をおれ以外に使うだと?わらえねェ冗談じゃないか、と眉間に皺が寄るのが我ながらわかってしまう。

「…もう、今日が面接だし…行くだけでも、だめ?」

  …。…小動物がドフラミンゴの前に居た。

「…しょうがねェなァ。なまえチャンは。…オッケーだ。だがちょっと待ってろ。」

   そう言ってドフラミンゴは何処かに電話を掛け始めてしまった。え、どういう事?と急な展開にベッドの上で取り残された様になっているなまえは男の腕にそっと手を置く。おれに任せておけばいいとばかりに片手を絡めた男はやがて通話を終えて、電話をシーツの上に放り投げた。

「妥協策だ。」

   バイト先は変更となまえに言ってのけた男は驚きを隠せない彼女を尻目に、細い体を抱き込んで一眠りしてしまった。それから暫く経ってから眠気に負けたなまえを片手に抱え、男は再び電話を手に取る。
   今度は彼女が行く予定だったカフェに、だ。




「わ…っ、可愛いお店…!」

   陽が充分に登り切った頃、なまえを連れ出したドフラミンゴは彼女とともに大学からほど近い商店街の中の、ある一件のカフェに到着していた。
   青いとんがり屋根にストライプの入った白い壁の小さいながらも細部まで凝られたカフェだ。内装はアンティーク調で木造帆船をイメージしている、とのこと。流行っていそうなのに何故か客が一人も居ないのが唯一謎だった。

「ここ来たの初めて。素敵なお店だね。」
「気にいったか?」
「うん。」

  でも店員さんお留守だね。ときょろきょろ見回すなまえにドフラミンゴはそりゃア、オープン前だからなァと当たり前の様に言って適当な椅子に腰掛けた。

「うん…?」
「これが権利書、とその他書類だ。なまえ、ん。」
「はい…え?え?」

   軽く手渡された紙類を思わず受け取ってしまったなまえだが、よくよく書類を覗き込めばそこには堅苦しい文書が連なっていた。

「やる。」
「…ここ?…っ!ここ!?」
「そうだ、『社会勉強』ならここでしな、なまえチャン!」
    
   己の手の届くところなら、まァ百歩譲ってやろう。可愛い可愛い恋人がやる気になっているのだ。叶えてやろうじゃないか、誰でも無いこのおれが。
  プレゼントの感覚の差にポカンとして身動き取れなくなってしまったなまえの顔はやはり可愛いかった。報酬とばかりに引っ張り込んで唇を吸って、その瞳を潤ませてやる。
   悪戯が成功した、と表情に珍しく出したドフラミンゴは愛くるしいなまえの涙を舐めていた。

「店名、考えとけよ?」



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