或る街のニゼル・ブルー | ナノ

引っ越しの準備とかお片付けとか

  ピンポン、と小気味いい音が鳴り響いた一軒家。引っ越しの片付けも殆ど終わり一休みしていた時であった。
   あれ?もうお仕事終わったのかなとなまえはハンドタオルを手に持った。…外は雨だ。車は家に横付けするだろうが軽くはたく程度は濡れるだろう。

「お父さんが来たよー?」

  下腹を撫でてそう声を掛ける。柔らかい表情はそれから玄関先へと向けられた。

「お疲れ様。…やっぱりちょっと濡れちゃったね、雨酷い?」
「強くなってきやがった。」

   ハンドタオルを受け取った大柄の男は金髪を拭いてからスーツの滴をはたき落としていた。…革靴にも水滴が散っている。

「…一人か?」
「うん。」

   当たり前に家へと上がり、廊下を二人で歩いていると男はその静けさに違和感を覚えた。確か今日はなまえの手伝いでモネとベビー、そして彼女の母親が来るのだと聞いていたのだか。

「…一人で重いモンは持ってねェな?」
「持ってないです。」
「どこもぶつけてねェな?」
「ぶつけてません。」
「体調はどうだ?」
「いたって健康ですよ。…そんなに心配しなくても大丈夫よ?」
「おれの可愛いなまえは前科があるんでね。」
「蒸し返さないでくださいー…もうしないから。」

   困った様に縮こまるなまえにいじめ過ぎちまった、と男はたいして反省もせずにしんとした家を見渡す。

「はいはいそうだったなァ。…でモネ達は何処に行っちまったンだ?」
「…だいぶ片付けもすんだから三人で買い物に行っちゃって、私はお留守番。多分雨足が弱くなったら帰ってくると思うよ。」
「あァ、ベビーの車だな。」
「そうそう。お母さんとベビーさんが意気投合しちゃってね。」
「…あいつと気が合っちまったのか…」
「ふふっ、」
「じゃあ暫く二人っきりだ。」
「…そうだねドフィ。」

   最近はバタバタしていたのもあってこんなにゆったりと話す時間が中々取れなかった。目尻を下げて嬉しそうに微笑むなまえに男は不覚にも背中が粟立った。可愛い、愛おしい己のおんな。じきに己の妻となる愛くるしいなまえ。
   だが待て、もう暫くの辛抱だ、このおんなは己の子を産むのだから。今は耐えろ。

「なまえ、なまえチャン。…キスしてェ。」
「きゃ、っん…、」
「…は、…あァ可愛い、何でそんなに可愛いンだ?おれは狂っちまいそうだ…抱きてェ、」

   怪しく艶を孕んだ瞳がサングラス越しになまえを射抜いていた。ぐらぐらと沸き起こる劣情に、それでもこの男の普段を鑑みれば相当に抑えてくれているとなまえはよく知っていた。

「…ドフラミンゴさん、それは、その。もうちょっとだけ、待って…クダサイ。申し訳ありませんが…」
「フッフッフ、しょうがねェな。…その時は楽しみにしとけよなまえチャン…?サイコーに気持ちよくしてやるからな?」
「…っ!もぅ…せくはらだー…」
「フフフ!嫌いじゃねェ癖に。」
「もう!」

   恥じて真っ赤に染まった顔で恨みがましく見上げられても、ドフラミンゴにとっては寧ろ逆効果である。可愛い可愛いと連呼してからなまえの居た部屋へと足を入れた。

「…ん、」
「どうしたの?」
「これなまえのか?」
「…!あ、そのカップね…そうだよ。」

   ローテーブルの上に置かれたカップを目ざとく思い出していたドフラミンゴになまえはあちゃあ、と頭を抱えたくなった。

「随分と何処かで見たことのあるカップだな…!確か何処ぞのカフェで見たぜ?」

   にたり、と笑ったドフラミンゴは態とらしくカップを持って弄ぶ。これより一回り大きいものがかつて彼女に与えたカフェで、己が食事を取る時に一緒について出て来ていた。
   何時もそのカップだったのでこれは己専用か、と上機嫌になったものだか。成る程。

「こういうカップはだいたいペアで売ってるモンだ。すっかり忘れてたなァ。」

   随分とまァ健気で可愛らしいことをしてくれるではないか。お揃いを使っていたのか、この真っ赤になっているなまえチャンは!

「フフフ…おれに黙ってたとはいい度胸だななまえチャン。」

   戯れる様に後ろからなまえを抱き締めるとドフラミンゴは顎を掬いそのまま唇を奪ってしまった。柔らかい肌に再びざわりと体が総毛立ったが、態と無視を決め込む。

「ぅ、ふぁ…、は、だって、私が買ったのドフィにしたら安物だし…それを渡すのもなんだか、申し訳なくて…言うに言えなかったんだもの。」
「…本当に可愛いなァ、おれのなまえは…」

   何時もそうだ、このおんなは何時だって己のことばかり優先して考えるのだ。甘過ぎるほどになまえは己に甘い。

「次は一緒に使うぞ。」
「…はい。」

   ドフィは私に甘いんだから…と微苦笑しつつも柔らかく眦を緩めたなまえに男はフフフ、と笑ってみせた。
   そりゃアなまえが散々におれを甘やかすからさ!と戯けて、再び可愛らしいことばかり言ってくれる小さな口をドフラミンゴは己のそれで塞いでしまった。



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