十一月のきみとそれ | ナノ

文化の日
※現パロですよ
※クザンさん→漫画家さん お嬢さん→担当さん な設定ですよ


「…うん、気付かれちゃあねぇよ。…そうそう、明日発売…ええ、あっこのケーキ高いじゃん…足元見るなァ黄猿さんよォ…えー…めんどくさい…」
「…せんせ?」
「あ。」

  香り立つブルーマウンテンが部屋の野暮ったさを紛らわせてくれる、良い匂いだ。
  コーヒーは豆から挽いてよとこの家、いや仕事場か…その主のこだわりともなけなしの甘えともいえる台詞が響いたのは三時のニュースが終わってから。

「モカ、お待たせしました。」
「あぁ、うん、あんがと。」

  小首をかしげながらキッチンから戻ってきた小柄なスーツの彼女は別に恋人でもなければまして家族でもない。所謂、『担当さん』である。週に何度か様子を伺いに足を運ぶ彼女はまめまめしく仕事場の主、それなりに描かせてもらっているこの『漫画家』の、担当だ。
  いやはや、漫画家が締め切りを守らない時々居なくなるおまけに新人がイキナリ担当に、とまあ大変な仕事なのによく頑張っていると思う…まあおれなんだけれどもね。その漫画家ってやつは。

「なまえきたからまたね。」

『おぅい、』と回線越しの文句を耳にしたが知ったこっちゃない、ぷつりと電源ボタンを二度押し声の方を振り返る。

「ボルサリーノ編集長からです?」
「聞いてたの…?」
「耳に入ってしまって…お仕事のお話ですか?」
「内容わかんない?」
「お名前だけ聞こえたんです。」
「ああ、そう。…うん、仕事の話。今度の連載の設定について。」

  受け取ったマグカップを揺らして一口啜ってふう、と溜め息をすれば目の前の担当さんは少々の苦笑をしてみせる。おきまりのやりとりだ。
  コーヒーと溜め息と困った笑顔はワンセットになって部屋いっぱいに広がる。これがたいそうに心地良い、本気でこのままがいいと願う訳だ。だってそうだろうこんなに良い子が傍にいてくれるんだぜ。出来るなら朝起こしてくれて昼飯一緒に食って、夜にちょっとその辺のコンビニに散歩に行く…なんて生活が欲しい。おっと青田買いな想像を膨らませちまった、いやだね四十路を越えたら性格歪んできちまう。

「…クザン先生?」
「…あー…そうだ、そうだ、連載の話ね。今度のはね、恋愛もの。…まだネームの段階だけど。」
「恋愛、ものですか?」
「うん。」
「…クザン先生が、れんあい…」
「なにその顔。」

  まるでモカの中に緑茶をひと匙淹れたんだ、と聞いた様な顔じゃないか。意外ですよと言わんばかりの眉はその形の良さを勿体無くも歪めてるなまえは、そうなまえだ、この担当さんの名前は。心の中では何処ぞのむっつりよろしく『おれの、』と最初にくっ付けて呼んでいるなまえに一言物申してやるならアレだ、緑茶入れるの結構美味いんだぞ。
  
「執着心の強い男の話だ。」
「…アクが強いですね…」
「まぁ好き嫌いは別れるちゃあ…別れるな。そうさな例えば恋敵を牽制する、とか。」

  あれは先月だったか、なまえと同期の男だ。そいつが映画の招待券と使い古された常套句を引っ提げて仕事にてんてこ舞いしているなまえのところに行こうとした事があった(てんてこ舞いさせたのはおれの締め切りの所為だけど)。
  言うわな、仕事で忙しいのに余計な茶々は入れるもんじゃねぇぞって。なまえはおれと楽しい楽しい締め切りさんとランデブーするんだからさ。

「メシも…自分以外に作って欲しくないと思ってんだそれで食うのは自分だけでいいと思ってる。そういやこないだの煮込みうどん旨かったからまた作って。」
「はいはい。」
「二人用の鍋買ったんだよ。」
「二人?」
「うん、二人。」

  間違ってもアシスタント連中を呼んで鍋パなんて、ねぇ。雰囲気ボロボロになるしさ、なまえの旨い飯の取り分少なくなるしそもそも食っていいのおれだけだし。

「それと…名前をしきりに呼ぶんだ。例えば、なまえ。」
「はい?」
「なまえ。」
「は、い…?」
「なまえ。」
「あの、例えばです、よね…?」
「そこはクザン、って言い返さなきゃあ話が続かねぇよなまえ。」
「あ、えっと、」

  名前を呼ぶと自分のもんになったって感覚になるだろ、それにこれはおれのってアピールにもなる。編集部に行った時も打ち合わせのファミレスでも呼び捨てで。
  なまえが返事をしてくれるってこたァ嫌がられちゃいないと思っていいんだろうさ。

「一目惚れしたそいつはさ、なんとか外堀を埋めていくんだ。あの手この手を使って…二人っきりになってムード作ってみたり。」

  マグカップはその辺のテーブルに置いてワザとらしくなまえを覗き込む。アララ、耳赤いのはオジサン自惚れていいわけ?と質問してやりたいけど所謂ムードってもんがなくなっちまいそうなんで止めておく。
  茹でダコみたいになったなまえは何とかかんとか台詞を頭の中から探しだそうとしてるらしい。なまえの事はよく見てるんで何を考えてるんだか察しが付くんだ、コレが。おおかた仕事相手に私情を持ち込むなんてそんな、とかだろ?いいじゃねぇの、そんな常識捨てちまえよと笑ってやりたい。
  揺らいでんだろ?見りゃあわかるんだなまえの事だから、な。映画に誘われそうになった時の困った笑顔よりおれとコーヒー飲んでる笑顔の方がずっと自然だったし、メシ旨いって褒めると耳赤くしてまた作ってくれるし、名前を呼ぶ度に反応してくれんだ。
  おれァ唐変木でもなんでも無いわけよ。

「もう…そうやってふざけてばかりだと、また締め切りに間に合わなくなっちゃいますよ。」
「ふざけちゃない。」
「…声と台詞が合ってません…」
「アララ。」

  そうやってはぐらかすのもまた一興ってやつかね。まあオジサン待って上げるけどね、今回は。ぽんぽんとなまえの頭を撫でてやれば良い子してじっとする素振りもまた男心を擽るってもんだ。
  そうさなァ…このシチュエーション前編くらいに入れたい。

「頭の中でまとまってるから後は描くだけ。…アシの連中によろしく言っといてよ。」
「りょ、りょうかい、です…」
「あぁ、そうだ。売れっ子漫画家と担当って設定だから。」
「へ、」
「仕上がったら一番最初に読んでよなまえ。」
「それじゃ、まるで、自惚れじゃなかったら、クザン先生と…」
「うん。」

  なまえの為に描くんだから、ともう一度頭をひと撫で。いよいよ間を開けようとしてるなまえの腕を引っ付かんで「楽しみにしとけ」と言ってやった。
  描くのはプロポーズまで、その続きはなまえとおれで作ってくんだ。他の誰にも知られない二人っきりの物語だ。

「返事…いやァ感想か。ちゃんと聞かせてちょーだい。いいな?なまえ。」


end


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