きみをまもる、いくつかの手段 | ナノ


▼ 苦いけれども

  随分とお寝坊をしてしまった。
  いとが目を覚ましたのは陽がえっちらおっちら東の空を昇った後である。記憶は定かではなく、恐らくエースが抱えて戻ってくれたのだろう夢から現に戻った時には体は既に毛布にくるまれていたのだった。

「…エース…?」

  しいん、とした部屋に響く声はひとつだけ。
  のたのた上半身を起こせば毛布がずれ落ちて、肌に直接冷えた空気が触れいとはぷるりと身震いをしてしまう。エースは何処に行ったのだろう?いつもなら自分より先に起きる、なんて滅多にないのに…いとは小さな違和感を憶えつつも身支度を始めるのだった。

(よっこら…しょ、と。)

  鈍痛の残る腰はいつだって気恥ずかしい、これから先『これ』に慣れる日なんて訪れるのかしら。からだの全て、心のすべてで愛しさをぶつけてきてくれるエースをおもい出しいとはほんのりと頬を染めたのだ。
  エースが帰ってきたのはそれから下着をまとい、シャツのボタンを留め終わった頃だ。タッタッ、と軽快な足音が聞こえたと顔を上げれば次には豪快にバタン!とドアが開く。太陽のような笑顔のご登場だ。

「いとっ!」
「あ、おかえりなさい。おはようエース。」
「はよ。」

  すっかり身支度を終えていたエースは片手にトレーを携えていた。乗っていたのはマグカップ二つで、甘い香りとエースの明るい声がふんわりと冷えた部屋を温めてくれる。

「ホットレモネード持ってきたんだ。いと、ほら。喉痛くないか?」
「うん。ありがとう…」
「いや…その…」

  昨晩はホントに無理をさせたから、ともごもご口の中で呟いたエースは苦笑の様なはにかみを口許に浮かべていたのだった。
寝起きの掠れた声では無く晴れた甲板を駆け回っている時のはっきりとした声音で、「いと、いと、」とエースは愛しさを囁くのだった。

「いと。」
「うん?」
「さっきマルコから聞いてきたんだ、明日次の島に着くぜ。」
「…そう、なんだ…」
「あの、だ。もしよかったらどっか出かけてみねェか?」

  気晴らしになるし、と手探りでとつおいつ話すエースはらしくもなく視線をいとから外していた。マグカップで揺れる波紋に眼差しを落として「なぁ。」と静かになってしまった彼女を呼ぶ。

「…誘ってくれてありがとう。行きたいんだけど、ね、」

  曖昧な微笑みをしたのが気配で分かってしまった、薄ぼんやりとした声を出してしまったと後悔した。
そんな空気が忽ちに二人の間に流れていく。…静けさで温度が一度下がってしまったかの様だ。

「今回は私、お留守番してるよ。」
「…」
「いつまでもウジウジしてるのはだめだって思ってるんだけど、もう少しだけ…待っていて、ほしいなって…」
「…」
「もし一緒に行って、勿論エースが側にいてくれてるんだって分かってる…筈なんだけど。今私ね、ちゃんとエースの隣で笑っていられる自信が…無いの…。」
「…。」
「エースに、私の暗い顔見せたくないの…だからもうちょっとだけ、」
「…」
「…あの、エース…」
「ばかやろ。」

  言い募るいとだったがエースに片手だけで引き寄せられ、動く唇はエースの厚い胸元に吸い込まれてしまった。トンと伝わってくる振動にマグカップの中身が零れなくてよかった、なんて頭の隅で思っていれば再び「いとのばかやろ、」と切ない声が降ってくる。
  とく、とく、とエースの心臓が音をゆっくりとたてて柔くいとの鼓膜を撫ぜ、僅か下がった気温はエースの体温で解されていくのだ。

「焦らせてぇワケじゃないんだ。」
「うん。」
「もっと頼って欲しいし。」
「うん。」
「べったり甘えて欲しいとか、最近ずっと思ってるし。」
「…エース、最近私を甘やかしすぎだと思うの…」
「これくらいが丁度いいんだ。」
「ひゃ、」

  檸檬の香りをまとった唇と唇が重なって、甘さが一段と増していく。突然の口付けでいとはすっかり何処もかしこもエースにすっぽりと収まってしまうのだった。下の方の唇を舐められてしまえばいとはあっという間に涙の幕が瞳を覆って目尻へと流れていく。
  エースの鼓動が先程より速くなって、その響きはいとの心臓まで震わせる。

「ん…」
「…な、いと。」
「なあに…?」
「おれ、明日さ、島にちょっとだけ行ってくる。勿論すぐ帰ってくるぞ?でもいとにあげる甘いモンと美味い肉といとに似合うネックレスと、それと花。買って来る。」

  いとが元気になるもん一杯買ってくる、と言ってエースはマグカップ二つをそっとサイドテーブルに移したのだった。いとはそんなエースに向かって首を傾げ、不思議そうにつぶやく。

「エースがこうしてくれるだけで元気分けてもらっちゃってるよ?」
「…じゃあもっとしてやんなきゃな。」

  けなげで無欲なおれのいと。彼女はこうして、おれの思いもしないところから心をわきたたせる。抱きしめていれば己の心と体温がいとに注がれないかと両方の腕で彼女をただひたすらに抱き締めたのだった。
  そうして、全てのさいわいを自分が贈り、全ての災いからおれが守る。そんな望みと決意を抱えてエースはゆっくりと瞼を閉じた。

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