きみをまもる、いくつかの手段 | ナノ


▼ きみを

微かな呻き声に、ぼんやりとした視界が一気にクリアになる。ベッドの横のサイドテーブルに放ったらかしにしていたランプが弱々しくも暗がりを照らしていた、朝霧の頃合い。
己にしては…珍しい事だ、何せ居眠りうたた寝朝寝坊というに事欠かない奇癖持ちなのだから。

「いと…?おい、だいじょうぶか…。」
「…っ、えー…す、」

二人ひとつのベッドで抱き合ったまま眠りについて久しい。月は沈み朝陽がぬばたまを拭い去る最中であったがこの部屋には生憎小窓は無かった。
ひと粒、ランプの灯に色濡れたいとの汗が額から目尻の方へと流れて落ちていく。そのさまがまるで泣いている様でエースは瞳を揺らしては彼女の震える瞼を見詰めるのだった。
腕の中で眠るからだは強張っていて、無意識のうちに片手を汗ばむ頬に添えるといとは今わの世界にようよう戻ってくる。

「…汗、すげぇことになってっぞ、」
「ぅ、ん、ほんと…だね…」

寄り添い合っていた体と体に隙間を作れば、いとの首元から下がよく見えた。服から覗く鎖骨の辺りとそれと…兎角汗ばんでいてエースは眉を顰めてしまう。
過ごしやすい気候帯に入って暑くも寒くもないはずの部屋の中で、いとばかりがじっとりと汗濡れていてその癖体温はすっかり冷えてしまっていた。

「ごめん、もっと早く気づけばよかったのに、」
「ぁ、ううん、こっちこそごめんね起こしちゃって…」
「いや、」

おれの方が、と言いかけてこのままではらちが明かないと早々に口を噤んだエースは横になっていた体をゆっくりと起こすのだった。後れ毛が肌に張り付いてしまっていて、あぁ不愉快だろうにと思うと苦々しさが喉を伝い、声は情けないものになってしまっていた。

「悪い夢、だったのか?」
「…ちょっとだけ、」

困った様に小さく微笑むいとにエースはどうにも心が掻き立てられて下がってしまった目尻に唇を一つ落とす。無理するな、とかさかさの声で呟くと乱れた髪を払ってやるのだった。
『あの時』の夢を見たのだろう。いとが魘される事に歯痒さが募る、この苦しみを癒したいとエースは両手をただひたすらに伸ばすが…腹に溜まっていく感情は薄まりはしなかった。ホットミルクを飲んでも、ひたと抱き合い共寝をしても植え付けられた恐怖はそうやすやすとは消え去りはしないのだ。

「喉渇かねェか?汗いっぱいかいてるし。」
「そう、だね…お水飲んでシャワー浴びてこようかな。」

目覚ましにもなるし、といとはいそいそとベッドから起きて立ち上がる。水が全てを洗い流してはくれまいかと微かな願望があったのも事実だ。キャビネットからタオルを取り出しているいとは小さなため息を一つつく。

「いと、」

そうしていれば服の端をちょいちょいと引っ張られる感覚がして、次いでエースの遠慮がちな声が後ろから聞こえて来たのだった。振り向けば心配げで、不安ですと暗に伝えてくる眼差しの男がそこにいた。体格は自分より随分大きい筈なのだが『彼方』の時のエースの姿…子どものエースとダブって見えてしまう。

「なぁに?」

心配してくれているのに、どうにも愛しく見えてしまっていとは服をつまんだその片手に自分のそれを重ねるのだった。

「あの、さ。」
「うん…?」
「おれも一緒に、着いてっていいか。」
「…お風呂に…?」
「うん。外で待ってるから。」

重なり合った手ごと引き寄せられて眠っていた時と同じ様に抱きすくめられる。エースの体温が首筋に当たって心地よくもあるが、同時にその込められた力の強さに驚いてしまうのだった。
こんなにもくるおしさが込められた抱きしめられ方をされた事など無かったから余計に、だ。

「分かったよ、分かったから…エース、私、今汗のにおいすごいと思うので、」
「別に気にならねェよ。」

そしてまた腕の力は強くなる。お互いの距離が近すぎて表情は見えないが『揺らぐ』エースの感情を悟ったいとはその身を預けていたのだった。エースがこうしたいなら、と筋張った腕をそのままにする。

「いと。」
「…どうしたの?」
「心配で堪らねェんだ、いとの手冷たいし、おれの体温が移ればいいって今すげェ思ってる。けど全然温もらねェ…だからおれは、」
「エース…」
「いとをあっためてェよ。」

冷えた頬に声を紡ぎながらも唇を寄せる。低音はいとの肌を滑り落ちて胸の奥まで届くのだった。

「いと、」

エースの唇はしっとりとしたままのいとの首筋さえも伝って降りていく。エースの声が何時の間にかおとこの声になっている。

「いと、ごめん、さっきの嘘だ気にならねェってったの。」
「あ、あせの、におい?」
「うん、どきってした。だから…なァいと、」
「なあに…?」
「したい、」

いとの気持ちとは正反対の位置にある己の欲とは知りつつも、エースはどくどくと鳴る心臓の音を鎮める方法を見失っていた。いとの体温を取り戻したかっただけなのに目的が挿げ替わってしまっている。

「…ゴメンいと、でもこうしたらいとからだ熱くなる、だろ。それにいとの頭ン中、おれでいっぱいにしたい。」
「ぁ…」

エースは言い訳がましい台詞を呟くと声を紡ごうとするいとのそこを自らの唇で塞いでしまうのだった。角度を変えて、力加減など効かなくなってがむしゃらに柔らかないとを暴き始めていくのだった。

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