Chocolate holic | ナノ




For White milk 
>りあちゃんへ
*斜め上に荒ぶってゴメンね!


  使い古されたヘラがシルバーのボウルに飛び込んだ。シンクを背景にして、BGM替わりとばかりにヤカンがピイと鳴っていた。
  誰も居ない厨房、コックも眠りについた深夜である。香り立つのはココアバターとミルクパウダー、それと砂糖で出来たとろとろの乳白色。
  甘ったるさに目を細めながら白いチョコレートに更に、白いものを注いでいく。ボウルの周りにおりを作りながら、チョコレートへ混ざっていくのは日中の内に買っておいた牛乳である。

「…バニラビーンズ…」

  入れるか入れまいかと一拍悩んだが、止める。湯煎にかけ始めれば香りは殊更に立ち昇り、掻き回す毎に重たいヘラは軽やかになっていったのだった。
  酒は入れずに甘く甘くするのが上策だろうと頭の中に印刷したレシピを振り返る。ちらりと見えたバニラビーンズをここで漸く戸棚に戻すのは一種のケジメだろう…ついてよかったじゃないか。左側にある心臓がトクンとそう一度呟いた。

「牛乳を入れ過ぎたら直ぐに垂れるか…。」
「なになさっておいででキャプテン。」
「…ああ?」

  パチン、と乾いた音が響く。誰かが指を鳴らした訳では無くただ単にライトをつけただけだったのだがしかし、声を上げた片方…『ハート』のクルー、シャチには脳みそに直接デコピンを食らわされたかの錯覚に襲われていたのだった。

「見りゃあわかるだろうが。」

  チョコレート溶かしてる。と小器用にゴムベラを時計回りさせる男はEの文字が付いた手を止めること無くシャチの方へ振り返った。馬鹿にしている、というか見たままを淡々と述べているといった態だ。
  シャチは直立不動のまま口を開く。

「なんでキャプテンがチョコ作ってんすか?」
「男が作っちゃいけねェとは聞いた覚えがないからな。」

  くるりと今度は左回しを始める。今度はDの文字がよく見える様になってシャチはなんだが、奇妙な気分になるのだった。

「…そういや確かなまえちゃんにチョコ貰ってました…よね?」
「一つだけ、なんて決まりも無い。」

  たらふく食べた筈なのだが、この男は。とろける甘い『お菓子』を腹一杯にした筈の男であるのにまだ足りないと動く利き手が如実に示していた。

「ホワイトデーは来月っす。」
「知っているが。」

  どんだけ気が早いんすか、とたゆんたゆんと踊るボウルの中身をチラと盗み見る。我らがキャプテンは一体何を考えているのか…と脳内の数少ないお菓子のレシピを引き出し、埃を叩くのだ。

「ホットチョコレートっすか?」
「いや。」
「…生チョコ…?」
「違う。」
「トリュフ…はなまえちゃんが作ったから、」
「作らねェ。」

  シャチレシピ終了。さてこの蕩けるホワイトチョコ、どんな料理に化けるのだろうかと頭を捻ったのだが…捻った瞬間ある一つの可能性がころんと転がり入ってきた。
  いやいや、まさか、まさかね。

「キャプテン、その…このチョコって液状をキープする感じ?ですか?」
「そうだな。」
「温度、人肌ぐらいがベストって考えてます?」
「60℃以下がいい。」
「お酒入れないので?」
「早々に目を回してもらっちゃ、つまらねェ…」

  湯煎から取り出したボウルの水気を布巾で拭って、男はもう一度ゴムベラを回していく。ダマを探している様でヘラを時折ボウルに押し付けては離すを繰り返していた。反時計回しは流れる様に続いているのだった。

「か、かけるんすか…っ…?」
「…なににだ…?」
「絶対わかってますよねその顔絶対わかってる顔っすよ、」

  だって顔悪どいもん!とは何とか喉の奥に引っ込めて、背中を伝う冷や汗にぞくりとした。エナメルによく似た乳白色はまだ右に踊る。

「かけますよねなまえちゃんに。そのための簡単な作業のつもりですよねこれっ」

  日焼けしていない薄い腹、控えめなふたつ、恥じらって震える小さな指先etc。

「…。」

  そこに生温かいものが落ちて、重力に従い体の線を伝って流れていく。臍の窪みに溜まったそれは彼女が息をする毎に滴っていく。
  温もりをなまえに与えるのは、妖艶な微笑みを浮かべる熱に侵されたおとこ…、

「あっ、アウトォォ!!キャプテンアウトォォ!!」
「…。」
「なんでさっきから無言なんすかっ!?そして無表情怖いっす!」
「…っち、」
「スッゲェカッコいい舌打ちです!でもそのプレイはどうかと思います!」

  くるり、とヘラは右回りを続けチョコレートを適温へと導いていく。やるきまんまんか、と確信したのは流石この海賊団に席を置いて久しいという訳か。いや違うか。

「シャチ。」
「ヒッ?!」

  突然の発声と何時もより格段に低い声が静かに響き渡ったものだからシャチは喉を潰される。真に恐ろしい声は一言で人間やその周囲の温度を数℃下げるのだと、シャチは体感する。
  なまえちゃん逃げてめっちゃ逃げて。キャプテンが今からしでかしに行くよ!

「騒ぐな。バラすぞ。」

  ヘラから手を離した男はたったそれだけ呟くと、低い音叉の音を厨房の中に響かせたのだった。そのうち喉が渇いたクルーがここに訪れるだろう、そうアッサリと結論づけてホワイトチョコを『プレゼント』しに疲れて眠る愛しいなまえの下へいそいそと歩いて行ってしまったのだった。

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