Ideal of Franz | ナノ
∴唇の上は愛情のキス



りあちゃんへ


「んー…」
「どうした?」

  切っ掛けはなまえが何やら思考を巡らせながら、自分の唇を触れていた事だった。左右になぞっては一番厚くなっているところをふに、と押さえて声を上げた男の方を見やる。

「ちょっと荒れてるなぁ、と思いまして。」
「…見せてみろ。」

  それまで開いて仲良くしていた本とあっさり決別した男はやおら立って、隈で縁取られた瞳を凝らすのだった。確かに小振りななまえのそれは乾いて見てとれる。

「あの、ろー、もうそろそろ…。」

  じい、と見つめさてどうするかと思い巡らせるのは相手がなまえだからに他ならない。やたらかしこまって眺めるローの姿は妙に真剣そうであった。

「確かに…」

  そしてそれに比例するかの様になまえはそわそわと落ち着かない気分となるのだった。隈は目立つが涼しげな顔立ちに低い声、その他諸々の一言では表し切れない艶やかさが覆い被さってくるようなのだ。当初の話題はなんだったっけと、悩み事の迷子になってしまう。

「リップクリーム、あったろ。」

  『D』の刺青が右眼を横切り、頬を爪の先が撫でていった。そのままつう、と下って唇の端で止まる。

「ポケットに入ってるけど、」
「そうか。」

  なまえの困惑してしまった吐息が指の節に当たってどうにも気分が高揚してしまう。触れた人差し指で強弱をつけてやれば弾力のある、柔らかい肌を改めて感じ取れば口角もまた自然に上がっていくのだった。

「おれがつけてやる。」
「へっ?」
「リップ。」
「えっ?」
「入ってるのどっちだ?」
「左のほう…じゃ、なくて、えっと、ロー?」

  するりとなまえのポケットからリップクリームを探り当て、もう一度手を離して蓋を開ける。そうして器用にくるくると根元を回すのだった。

「少し上向け、なまえ。」
「う、うん…」

  今度は親指の腹で柔らかく温かいその場所を確かめた。残りの四指はなまえの頬を包み込み、顎のなだらかなラインをなぞる。血の流れ、脈の駆け足が己に伝わってなまえがどれだけ内心慌てふためいているのかがわかった。
  こうやって己だけにずっととらわれてしまえばいいと、この男は本心からおもっている。

「…、」

  いつからこの男は眼差しだけで意思を伝える事が出来るようになったのだろうとなまえは雰囲気に飲まれタイミングを取り逃がし、視線を閉じる事も逸らす事もままなら無いまま男の双眸の光を眺めているのだった。
  新手の拷問か何かだろうかと妙ちきりんな方向に考えを飛ばして一瞬、その次にはリップの先が当てがわれたのだった。

「口、少し開けろ…あぁ、それでいい。」

  右へ左へ、奥まったところに少し。五感全てがローと繋がり、そして重なってしまったようだった。そうして鼓動まで同じ速度になってしまったかと思った瞬間にリップが離れていった。

「あ、ありがとう、ゴザイマシタ…」
「いや。」

  長い長い一拍は終わりを告げて、何時の間にか力を入れてしまっていた肩をなまえは弛ませていく。一人分に戻ってしまった感覚に今だドキドキと翻弄されている、と誰から見ても明らかであった。

「仕上げだ。」

  あ、と一声を漏らす隙も与えられ無かったなまえは気付いた時には男に五感を攫われていた。大きな影が先ず落ちて、それから青みを帯びた黒髪。鼻筋を擽る吐息にくらりとしてしまった瞬間にローの唇がなまえのそれを覆い尽くしてしまうのだった。

「んむ、んんっ…」
「…なまえ…」

  ほんの少しだけ、唇に歯を立てられる。かぷりと噛んで、離して…そして蕩けた熱で口の中を一度だけ撫で上げられた。

「…ロー、」
「アァ…リップの意味、無くなっちまったか?」

  甘噛みだけのつもりだったんだがな。と面白そうに、艶やかに笑うローにまた平衡感覚を奪われてなまえは必死で足に力を入れたのだった。

「もう一回、するか?」
「これ、以上は…ローでいっぱいになっちゃうから…まって…」
「…っ…」
「…?」

  息も絶え絶えのなまえはローがたたらを踏んだのが分からない。男の動機があっという間になまえの回数より増えてしまったなんて事すら当然知る由も無い。

「…なら、また後でしてやるよ。」

  勿論なまえだけに、な。
  いつ、どこで、と言わぬまま男はなまえの持ち物であった筈のそれを掌の内にしまい込んでしまうのだった。



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