∴さてそのほかは、
黎さまへ
「わたしのお古だけど、なまえちゃんに似合うと思うのよ。」
「私がいただいてもいいんですか?」
「貰ってあげて。」
「では、お言葉に甘えまして。ありがとうございます。」
最近なまえが働き始めた。就職先はシャッキー’sぼったくりバーである。社会勉強がしたいとの幼い妻の訴えを大層過保護な歳上の夫が吟味に吟味した結果このバーに決定したという訳だ。
今日とて一人二人の客をぼったくって、そろそろ妻を迎えに夫が来る時分頃に一度奥へ引っ込んでいったシャッキーが、大きな紙袋をなまえに贈ったのであった。
「なるほど。」
帰路に着いてからリビング、紙袋の中身を見た夫がにこやかに微笑んでは単純なおとこのフリを始めたのだった。愛しい妻におねだりをしたいばかりに色仕掛けをしたのだ。
「…なァ可愛いわたしの、お嬢さん。」
「なあにレイリー?」
「これを着ておくれ?」
「いま?」
「そう、いま。」
愛くるしいなまえの声に包まれたくて傍に寄れば、居心地よくあたたかかった。邪気などこれっぽっちもありはしないよとでも嘯いて、少し乱れた髪の毛を梳いてしまえばなまえは否とは言わない事をこの男はよく知っていたのだった。
「ふふっ…はいはい、ちょっとだけ待ってってね。」
「はは、ありがとう。…お手伝いは必要かね?」
「大丈夫だよ、もぅ…」
くすくすと眉を下げながら寝室のドアを開けたなまえを見送って、レイリーは新聞を開いたのだった。今度バーに土産でも携えていこうか、なまえと明日買いに行こうかとノンビリ考えて二面の記事と視線をかち合わせて暫らく、寝室からカタンと音が鳴りそろそろかとそちらを見やる。
「ネルのパジャマのお嬢さんは、珊瑚の花弁に包まれる…」
楽しみな事この上ないと、新聞を二つ折りにしてからテーブルにぽいと投げたのだった。
「お待たせ…どう、かな?」
「…。予想以上だよ、可愛い奥さん。」
腰回りが締まった、コーラル・ピンクのワンピースドレスであった。首元が大きく開いていて、いつもなまえが纏うものとは随分雰囲気が異なっていた。首の根元、その鎖骨の白さにおとこはくらりと目眩が起きそうになってしまうのだった。
「あでやかだ。」
珊瑚の色に染められた瞳はすらりと細められて、たった一言だけの言葉は零れ落ちてしまいそうな程の熱が込められていく。ざらざらとした感情が腹の底からせり上がっては、吐息となって吐き出されていった。
なまえの白肌に熱が吹き注がれて己と同じ熱になればいいものを。
「普段こういうのは着ないからだろうな、新鮮だよ。」
「レイリーは…こういうの好き?」
「正直に言おう、好きだよ。…なまえが着てくれて嬉しいよ。震えがくる程にね。」
はは、とわらう癖にレイリーは逃がさない様にとなまえの手首を掴んでしまいしっかりと胸の内にしまい込んでしまうのだった。彼女の後ろ髪に指を差して、左に流してから後れ毛を目立たせる。
「きゃ、」
「なァなまえ…。」
「れいりー、ど、どきどきする…っ」
「くすぐったい?」
「すごく、」
「そう。」
「ひぁ、」
温もりを灯したなまえの後れ毛の下。柔らかな肌に背中を丸めて愛らしいよ、と台詞と吐息を混ぜこぜにして潤む瞳のおんなの熱を上げてしまおうと画策するのだった。
「…サカってしまったんだよ…。」
「え、その、」
「はは、」
「れーり、はなしてぇ…」
「…誰かの目につく前に、その姿にわたしの形と、それと…色。なまえに刻み付けておかないといけないんだよ…?」
でないとなまえに悪い虫がつくだろう?そううたう様に囁いて、珊瑚色の中に掌を忍び込ませたおとこは暴かれた背中の白肌に唇を落としたのだった。
「こんなにかわいいなまえは大切にたいせつに、しまっておかなければね?」
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