グライダー | ナノ

んとなく幸せだなとか思ったりして、




「いただきます」


自分用に準備された箸を手に持ち、行儀良く両手を顔の前に合わせ深々と頭を下げる。
目の前にはほかほかと真っ白い湯気を浮かべて美味しそうに皿の上に並ぶ手料理。
もちろん、帷の家にいるのだから帷が作ったものだ。
目の前の手料理をまじまじと見つめて壬晴は「ふぅん」と帷を見上げる。


「雲平せんせいって忍術よりもこっちの方が合ってるんじゃないの?」


壬晴が言う「こっち」というのは料理のこと。
甘いとろりととろけるオムレツを口に含んで、「美味しい」と笑う。


「やっぱりこっちの方がいいんじゃない、せんせい」


目を細めて笑ってまたオムレツをひと口。
壬晴は帷の料理を気に入ったようで、モゴモゴと口に詰め込みながら料理人を見上げる。
詰め込むと言っても、ひと口サイズは帷と比べると本当に小さなもの。
壬晴はもう小さな子供ではないのだけれど、壬晴離れ出来ない帷はひとりハラハラと、オムレツを飲み込む壬晴の姿を見守っている。


「六条ゆっくり食べろ、喉に詰まるぞ」
「らんれへんへいはほれほほもほはふはひふふの」
「…何言ってるのかわからんぞ、六条」


『なんでせんせいは俺を子供扱いするの』


他人から見れば呆れるくらいの保護者ぶりだろうけれど、本人はそんなことお構いなしなんだろう。

世話係りに任命したつもりはないんだけどな。

ちらりと帷に視線を流すと、真剣な表情で「うまいか?」なんて聞いてくるものだから、少し可笑しくなって正直にうんと頷く。
パアア…と表情が明るくなった。
帷の周りにピンク色やオレンジ色の花が浮かんで見えるくらいだ。
単純。
そんな帷を見ていると自然に頬が緩むから、少し困る。


(ほんと、わかりやすい…)


忍はそんなに表情豊かで良いものなのだろうか。
前にどこかで感情は邪魔だと、誰かに聞いたような気がする。
小太郎だっただろうか。
まあどうでもいいかと、これまた帷お手製シーザーサラダを口に含む。
シャリシャリとした食感がなんとなく楽しい。
目の前の世話係りは、壬晴の祖母に持たされたお好み焼きを美味しそうに頬張っている。


帷は壬晴が通う中学の英語講師。
期末試験が間近だということで、二人だけの勉強会を開くことになった。
別に壬晴は成績が悪いわけではないし、ぼうっとしながらもちゃんと授業は受けている。
まあ、成績は良いにこしたことはないし、勉強を見てくれると申し出てくれた先生の好意を無駄にすることもないだろう。
少し面倒くさかったけれど、祖母に行ってきなさいとにっこり笑われたら断ることは出来ない。
明日は日曜日だから泊まってらっしゃいと言われ、勉強会が結局お泊り会になったのだ。
面倒くさかったのは確かだけれど別に先生のことが嫌いではないし、勉強を教えてもらえることはとても助かる。
それに、自分の言動で大の大人があたふたする姿は面白いから、結構すき。


「先生って料理上手なんだ」
「別にそうでもないぞ?」


お好み焼きの最後の一切れをはふはふと頬張り、ゴクンと飲み込む。
ガラスのコップに注いだ冷たい緑茶を口にして、「ご馳走様でした」と手を合わせた。


「六条のお祖母さんのお好み焼きは本当にうまいな」
「どういたしまして」


でも、と続ける壬晴に「ん?」と視線だけで返事を返す。
壬晴はまだ食事の途中。
普段からあまり多い量は食べないからと、帷は気を遣って壬晴の胃に合わせた量の料理を用意した。
それでも残ってしまうかも知れないけれど、壬晴に「美味しい」と言われて帷は今日の目的を忘れてしまう程嬉しかった。


「でも俺の焼くお好み焼きも美味しいよ」
「そうか、六条も店の手伝いをしているもんな」
「そ、だから今度先生に俺特製お好み焼きをご馳走してあげる」
「おお、そうかそれは楽しみだ、な…」


ん?と一瞬考えるように空中に視線を移す。
言葉通りの意味で受け止めて良いものなのか。
いや、でも無関心を装う壬晴が、自分のためにそんなことをしてくれるのだろうか。
うーんと言葉の意味を考えても、どういうことなのか理解出来なくて壬晴に視線を戻す。
もしそれが本当なら、壬晴の手料理を食べれるなんて(お好み焼きだが)、なんて幸せなんだろうか。


眉間に皺を作って、ひとりの世界に浸っているおちょくり甲斐のある大人の百面相を見て溜息をひとつ。
言葉の通りなのにどうして悩む必要があるのか。
今日のお礼の意味も込めてご馳走してあげようと、そう思っただけなのに。
そんな単純なことに気付かない鈍い帷に、もう一度同じことを言うのは恥ずかしくて、少し面白くない。


「せんせい」
「ん?」


帷を上目遣いで見てふんわりと笑う。
もちろん心の中ではニンマリと。


「俺、オムレツも先生もだーいすき」
「ろくっ…」


頬を少し赤くし、ガタンと椅子から立ち上がって、今にも壬晴に抱き着きそうな帷にまたふんわりと、さっきよりもキラキラとした笑顔を見せて可愛いらしく小首を傾げて、悪魔の一言。


「なーんて、うそ」
「なっ…」


容赦ない小悪魔の言葉に、今まで帷が放っていたピンク色のオーラが、ガラガラと砕け散っていくように見えた。
壬晴は仕返しに満足して「ご馳走様でした」と食事終了の合図を出す。
さぁ勉強しなくちゃーと、その場を離れようとくるりと後ろを向いてトコトコと歩く。
小さくちらりと帷を見ると、やっぱりいつも通りこの世の終わりのような表情をして、がっくりと肩を落としている。


(…せんせいのばーか)


先生が鈍いのが駄目なんだよ。
素直に受け止めておけば意地悪なんかしなかったのに。



でもオムレツは美味しいからすき。
先生のことも嫌いじゃないよ。

それは、ほんと。
なんとなく浮かんでるのは真白い雲。
ほらなんとなく幸せ。








へたれ英語講師と素直になれない小悪魔少年。まだ好きって言えない。



修正→20110707