その声は毒薬のような魔法で | ナノ




冬も間近、紅く色付いた葉は風でカサカサ哀しそうに揺れる。
教室から見える空は、俺にはとても憂鬱で、ぼんやりとあの人のことだけを想い出すから心が五月蝿く叫びだすんだ。
早く俺に魔法をかけてよ。







「…あ」
「六、条」
「ぐうぜん、だね。雲平先生」

学校の帰りに家の近くの坂道で、ばったり雲平先生に遭遇した。
なんだか先生は驚いたような表情をしたけど、俺は何も言わないで坂道を歩く。
そうしたら先生は、俺の後ろをついて来て銀色のケースから、煙草を取り出す仕草をする。
火をつけて煙草をくわえた。
俺の視界から先生の動きは見えないけれど、いつものことだから先生の行動はなんとなくわかる気がする。
きっともう少ししたら先生は俺の名前を呼ぶんだ。
俺は返事もしないでただ、その声に足を止めるだけ。


「六条」


ほら。
いつものように名前を呼んで、俺の腕に手を伸ばす。
この寒さのせいか、先生のてのひらは少しひんやりとしていた。
振り返らないで、そのまま立ち止まっていると先生はまた俺の名前を呼ぶから、なぁに?と少し首を傾げて先生を見上げる。
だって先生はそんな俺に弱いんだもの。


「せんせい?」


煙草の煙が後ろからふわりと漂う。
あ、先生の匂いがするとぼんやり考えていたら、ぎゅっと抱きしめられた。


(ぐうぜん、なんて馬鹿みたい)


抱きしめられるのは嫌い。
だってなんだか居心地が悪いから。
優しく名前を呼ばれるのは嫌い。
だってなんだか心の中がくすぐったくなるから。


「六条」
「…せんせい」
「そんな嫌そうな顔をするな…」


ほら、今も先生が俺の名前を呼んで、そろりと抱きしめてくるから。
厭だなんて、そんなこと俺に言えるはずもなくて、ただただ先生の胸に頭を埋めることしか出来ないんだもの。
先生の匂いが俺の中でいっぱいになって、頭から足の先まで痺れていくんだ。
きっと俺は先生のお砂糖のように甘い血の匂いに、頭がやられてしまったんじゃないかって思う。


(あんなに、厭だったのに)


いい人なんて嫌い。
善い人なんて嫌い。
どうせ、形だけなんでしょう。
守りたいのは曲げられないあなたの想いだけなんでしょう。
欲しいのは俺のあなたへの想いじゃなくて、あなたが安心していられる世界なんでしょう。


「もういいでしょ、先生はなしてよ。俺帰らなきゃ」
「六条」
「俺、先生なんて嫌い」
「みはる」
「…偶然なわけないじゃない。先生って馬鹿?わざと?嫌い嫌い嫌い」


子供っぽく駄々をこねて、必死にその大きな身体からはなれようとするけれど、ひんやりとしたてのひらにそれを止められて、俺はどうしても逃げられない。


「…せんせいなんて、嫌い」
「みはる、わかってるよ。みはる、嫌いだなんて言うな」
「だって、先生は俺の、」


偶然だなんて信じてる?
俺はあなたのこと厭だって気付いてる?
違うよ、先生。
そうじゃないんだよ。
先生、俺はね。


「みはる、俺はおまえのものなんだ。…だから泣くな」
「…泣いてなんかないよ。いつも泣いてるのは雲平先生の方だよ」


(名前、呼ばないで。抱きしめないで。先生なんて、大嫌いだ)


そうやって、先生が俺を縛りつける魔法をかけるから、もうきっと死ぬまでずっと逃げられないんだ。
ああ誰か、俺にこの魔法の解き方を教えてよ。



(俺だけの、あなただと言って)




その声は毒薬のような魔法で


……………………
たちの悪い魔法使いに捕まった。

20081121
修正→20110703





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -