ああ、今日もとてつもなく寒いね。てのひらから指の先までじんわりと氷のように固く凍えて、じりじりと痛みが広がる。指先を上手く動かすことも出来なくて、とりあえずどうしようかと灰色の地面を見つめる。
 小さく溜息をつくと、聞き慣れた声が凛と響いて僕の心臓は小さく揺れた。
 待ち望んでいた声、なのだけれど待っていましたとばかりに彼の姿を自分の瞳に映すのは少し格好悪いんじゃないかな、と思う。だってきっと、彼の姿を見た僕の口元はゆるやかに三日月のように形取るんだ。頬は緩んで(僕は君のことが好きなんだな。大好きなんだよ君を)なんて改めて思い知らされて、僕は一人寂しくなるんだ。ああ、なんて滑稽で可哀相な僕。
 それでもそんな想いを簡単に手放すことも出来なくて僕は、ほらルルーシュには敵わないんだよと小さく笑うしかないのだ。ああ、なんて手の掛かる皇子様なのだろう。そして、そんな皇子様に自ら膝をついて(愛しているよ)などと聞こえないくらいに小さく囁く僕も、なんて手の掛かる恋煩い人なのだろう。

 ああ、ルルーシュ。好きなのは僕だけなのかな。こんなに君をいとおしいと想える僕はただの馬鹿者なのかな。
 好きだよ。好きだ、愛している、愛して、ねえ僕のことだけ君の瞳に映してよ。
 好きだよルルーシュ。
 寂しいくらいに君が好きだよ。



「ルルーシュ」
「どうしたスザク。ぼーっとしてたら木にぶつかるぞ」
「ぶつからないよ。ひどいな、ルルーシュ」
「そうか、なら良いんだ」
「心配してくれたんだ?」
「ん?ああまあずっと同じ場所にいるから、普通気になるだろう?」
「ああ、うん。そうだね。考えごとしてたから」
「考えごと?ずっと此処で?」
「んー、ずっと、かなあ。どうだろ、どうかな」
「はは、何だそれは」
「はは、何だろうね」


 ねえルルーシュ。君は優しいから。僕にも皆にも優しいけれど。僕の考えていること、君はちゃんと聞いてくれるのかな。僕の頭も心臓の奥もずっと君のことだけを考えているんだ悩んでいるんだって告白したら君は答えてくれるかな。
 ねえ、馬鹿だなって僕に笑ってみせてよ。馬鹿なことは考えるなって僕を笑って頭を撫でてよ。俺のことだけを考えていろって僕に命令してみせてよ。
 君は鈍感過ぎるから、いやまあそこも君の魅力の一つでもあるのだけれど、いつ誰が君を僕から連れ去ってしまうのだろうかとそんなことを考えてしまって、だから僕は毎日君のことをいとおしいと考えてしまって、馬鹿みたいに君しか見えないんだ。ぐるぐる廻るのは君のこと君の顔君の声。


「寒いな」
「十二月だからね」
「師走って言うんだろう?」
「うん。臘月とも言うんだよ」
「ろう、げつ?ふうん、面白いな」
「そう?」
「ああ、面白いよ。風情がある」
「はは、そうだ。そうだね」


 風情とか、僕は本当はどうでも良くて。ううん、こんなこと目の前のいとしのルルーシュには言えないけれど、ルルーシュ以外のことは僕はどうでも良くて。ああでも夏は素敵だ。あの暑さも嫌いではないけれど、それよりもっと素敵なのは浴衣姿のルルーシュだったりするわけで。あれは素晴らしいよ。風情がある。とても素敵。


「ミレイ会長が」
「うん?」
「会長がスザクを連れて来いって…。ああそうだ、お前を連れて来るようにって言われてたんだ。すっかり忘れていた」
「はは、ルルーシュは忘れんぼだなぁ」
「お前よりマシだろう」
「ひど!」
「はは、この忙しい時期にどこ行ったんだって怒ってたな」
「うわあ、想像つくなあ」
「今日は終わるまで雑用担当だな」
「嫌だなあ。僕逃げちゃ駄目?ルルーシュ、君も一緒にさ」
「駄目だろうな」


 スザク観念した方が身のためだ、なんて意地悪く笑うルルーシュの前髪が風で揺れる。ふわりと長めの前髪からちらりと覗くのは白い肌。その透き通る白い色のおでこに一つ、キスをしたいなあなんて僕には珍しく下心いっぱいなことを考えてしまった。

(なんてね、僕はいつだって下心の塊さ)

 本当は毎日いつも、どうやってこの手でルルーシュを抱きしめることが出来るのかその薄いピンク色をしたくちびるを奪うことが出来るのか、どうすれば君をこのてのひらと僕の想いでぐちゃぐちゃに出来るのかとか、いやらしい君を僕のものにする方法をぼんやり考えているんだ。土下座してお願いしますキスさせて下さい、なんて実は効果的なのかも知れない。
 その黒い制服の下に隠れている白いシャツを勢い良く剥いて、するりと甘い香りがする肌にてのひらを這わして見えない場所に僕だけのものだよと、ちゅ、と紅い跡を残してあげる。嫌だ止めろと泣いたって僕はそんな君にもそそられてしまって、ごめんねって言いながら君に深いキスを贈る。逃げられないように両腕を押さえつけて、柔らかい君の舌と僕の舌を絡ませるんだ。そして泣いて好きだよ愛してるって僕に小さく囁いてよ。


「ねえ、ルルーシュ」
「ん?」
「こっち。こっち近道だから」


 細い手首を掴んで進行方向を変える。この道は近道だからなんて、本当は嘘。生徒会室には少し遠回りの道になる。だからこそなんだけどね、とぼんやり考えながら足を進める。小さな林のようで太陽の光りも遮っているから、授業をさぼって昼寝するには充分の場所だったりする。人も余り来ないから考えごとだってゆっくり出来る。ルルーシュ好きだよ、愛しているよ、いつでも君がいとおしいんだよとか泣いたことだってある。これは誰にも言えない僕の秘密だ。
 成るべくゆっくり歩いて部屋までの時間を稼ごう。ルルーシュと二人きりで誰にも邪魔なんてされないで、僕らは同じ場所にいるんだってことを僕は感じたいんだ、確かめたいんだ。子供っぽい僕を可愛いって言って笑ってよ、ルルーシュ。


「…スザク、お前何を考えてる」
「んー…ルルーシュを独り占めしたいなあって」
「…だからって遠回りするか普通」
「あ、ルルーシュ知ってたの」
「当たり前だ。此処は俺とお前が見つけた昼寝場所だろう」
「ああ!そういえばそうだった」
「…馬鹿だな」
「うん馬鹿だね。馬鹿な僕にキスしてよ、ルルーシュ」


 僕の言葉にルルーシュは一度きょとんとした表情を見せて、困ったように眉を顰た。はあ、と溜息を吐き出して僕を見上げる。宝石のような丸い瞳とぱさりと動く長い睫毛が、じんわりと僕の恋心に熱を持たせてゆらりと眩暈(げんうん)する。
 見上げる瞳の中には僕しか映っていないのだと思うと、どうしようもなく心臓がうるさく騒ぎ出して僕はルルーシュの肩に腕を伸ばした。骨っぽい痩せた肩に、ちゃんとご飯食べているのかな好き嫌いが多いもんねルルーシュは、と心配してみるけれど少し身体を強張らせた彼からは何の返事もなかった。するりと腕を肩から背中に移動させる。ひんやりとした彼の体温が気持ち良くて、ぎゅうと力を込めて抱き寄せた。ふわりと香るシャンプーの香りが鼻先を擽る。


「スザク離れろ」
「嫌だ。僕は君を独り占めしたいんだよ」
「…誰かに見られたら」
「大丈夫誰も来ないよ。君だって良く知っているじゃない。それともさ、ルルーシュは抱き合ってる姿を誰かに見られたいの?」
「…ばっ、お前何言って…!」
「うんごめん。僕は君のことになると少しおかしくなるみたいだ」
「…少し、か?」
「ううん、いっぱい」


 もう一度、いっぱいおかしくなるんだよと呟いてルルーシュの首元にくちびるを埋める。擽ったいぞと身体をよじる彼の身体を更にぎゅうと抱きしめた。今は二人の距離は近い。ううん、ずっと近かったんだ。遠く感じるのは僕らが変わってしまったからか。心も肉体も昔とは違って随分大人になってしまった。早く早く大人になりたいんだと願っていたあの頃が、今ではとても懐かしくて戻れなくてもどかしいよ。


「ルルーシュ」
「…ん」
「僕はルルーシュだけの騎士だと思っていたんだ。ずっと僕だけが君の傍にいられたら良いのに」
「…俺はお前に守られるつもりはないさ」
「でもルルーシュってば体力ないし、体術だって僕の方が上だし」
「…そうじゃない。お前の考えていることが俺には分からない」
「僕だってルルーシュの考えていることが分からないよ」
「…俺はお前のことが心配なんだよ。無理していないかとか、何を考えているんだろうかとか。分からなくてとても困る」
「僕も凄い心配だし困ってる。いつ誰が君を攫って行ってしまうのか。僕は君を好きなのに君は僕をどう思っているのかとか、知りたいけど知ってしまうのも凄い怖いんだよ」
「…それは告白か?」
「うんそうだよ。僕は君が好きだ」


 もしもの話し。振られるならこっぴどく振って欲しい、なんて思ってた。寄るな男同士で気持ち悪いお前なんか俺の前から消えてしまえ!なんて罵倒を浴びせられて最後に一発殴られたのなら僕だって潔く諦められるのに。君は優しいから、困ったように笑うのだろうか。


「ルルーシュ、僕のこと、どう思って、るの?」
「…馬鹿だなお前は」
「馬鹿なのは知ってるけど」
「うん、お前は馬鹿だよ」


 ふわりと木の葉が舞う。ゆらゆらと風でルルーシュの髪が雪のように甘く揺れた。馬鹿だなと僕に意地悪を繰り返す彼の白い額にキスをしようとしたけれど、今更だなと小さく笑ったルルーシュの笑顔に遮られた僕は、やっぱり皇子様には敵わないよと小さく笑い返した。



 君は僕の、とくべつ。
 ねえ僕にアンドロメダの魔法をかけてよ。






20091211
お題拝借:ヴァニラ



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