さ ようなら

もう会えないのかな。
もう会えないんだね。
呪いなんて解けなくて良かったんだ。

ふるふると睫毛の影がふるえる君に気づかないふりをして。
心が千切れそうになることにも気づかないふりをした。
気づかないふりをするのは得意なんだ。

(君も俺も、可笑しいくらいに)


ああ千切れてしまう音がするね(本当はもうずっと前から気づいていたんだ。解らないふりをしたんだ。子供みたいに強がった俺を許して)


◇◇




もう真っ白な雪は溶けてしまって周りの景色に色がつき始める。
緑の葉や小さくて淡い桃色の蕾がかわいらしく顔を覗かせて、久し振りに部屋から出た色素の薄いふわふわとした髪を風に流す姫巫女の心を踊らす。

「ああ、また間に合わなかったんですね。可愛い蕾に変わってしまいましたか」

そうっと白い指で桃色の蕾を優しくなぞり、真朱や鶴梅のようですねと嬉しそうに笑う。
色鮮やかな景色も愛しい。
鼻にふわりと流れる花の香りに心、安堵する。
けれど。


ザクザクと土を踏む音を子供のように楽しみながら小さな蕾を見つめて呟いた。

「うーん、毎度ながら自分の間の悪さに笑えてきますねぇ」

冷たい空気がキンと香る雪の降る季節が私には調度いいんですけどね。
また季節が過ぎてしまったようです。

鶴梅の目を盗んで庭に出たというのに(結界の外に出たらやはり怒られますかねぇ)。
でも久々なのだから鶴梅も許してくれるはずです。
やはりこっそり外に出ましょう。
うんうん、と自分自身に同意して頷きそろりと前に進もうとした。

(あ、甘い香りが、)



「…何をしているんだい」

結界がふわりと揺れた気がして、自分より高い位置から神社に住む人間以外の声が響いた。
その声はゆっくりと姫巫女の耳に届き、ふわりと地面に溶ける。
ふわふわと漂う声の音を追い掛けるように姫巫女は高い木を見上げた。
言葉を発しようとしてくちびるを動かしたけれど低い声に遮られて小さな声は消えてしまった。
。もう、会えるはずはないと思っていたの、に。


「…何をしているんだい?」

大きな瞳でキョトンと自分の姿を捕らえる姫巫女に、声の主は呆れて溜息を零した。

「…相変わらず、君の頭はゆるゆるだね」

眉をしかめて、馬鹿にしたように笑う。
偉そうに組んでいた腕を放しストンと地面に降り立った。

(相変わらず、馬鹿だね君は)

(銀朱、)

やっと俺に気付いた。
君は相変わらず鈍臭いね。

変わらない相手を見て、気付かれないように微かに笑った。


◇◇




「…いつの間にかそんなに大きくなっていてびっくりしてしまいましたよ?」

姫巫女と青年の間には一枚の結界が張られていて。
強い力を持つ妖には強い力で、弱い力を持つ妖には弱い力で結界が働く。

(ああなんて邪魔なんでしょう)

チクンと胸の奥が痛む。

「ふふ、梵天?」

胸の痛みを隠すように名前を呼んでふわりと笑ってみせた。
ああでも、貴方は人の表情を読み取ることが得意ですから私の想いも既に見透かされているのでしょうか。

「貴方が、梵天だなんて神様も厭なことを考えますよねぇ」
「…君に言われたくないけどね」
「ふふ、貴方も相変わらずですねぇ梵天?」

厭味を返す言葉をさらりとかわして懐かしいですねぇとクスリと笑う。

「もうあのまま会えないのかと思ってましたから」

雪の降る間だけのお楽しみでした。
貴方は子供のくせに頭がよくて私はいつも馬鹿にされていましたけど。
でも将棋は私に勝てたことはありませんでしたね?

「もう一度、私と勝負して下さるのですか?」
「は?君は何馬鹿なことを言っているんだい。俺は君みたいに暇じゃないからね」

思っていた通りの梵天の返事にやっぱり貴方は変わらないですねと嬉しそうに笑う。

「私は暇なんですけどねー。駄目ですか?」
「…しつこい」

緊張感のないぽやぽやとした銀朱に少し苛立ちながら、ちらりと神社の奥を見て目を細めた。

「…姫巫女は…」
「はい?」

お前の運命を左右するあの永遠の子供は。

「…はっ、君の大事な妹は六合と出掛けたと聞いたんだけどね?」
「…ああ、今朝皆さんと一緒に出掛けました。よくご存知ですね?」

ふふふと笑う銀朱に梵天は眉をしかめる。

(何故、君は笑っていられるんだい)

「…いいのかい」
「私も出来れば一緒に出掛けたかったんですが何分このような身体なもので」

へらりと笑って白い手を機嫌の悪そうな顔の梵天の前に差し出す。
梵天はすぐそこで、目の前には薄い結界が一枚あるだけ。
手を伸ばせば彼に触れられるのだけれど直前でそれを止めた。

「私の呪いを解いて下さるそうです」
「………、」
「…ふふ、全ては私のせいです。自業自得ですよね」

あのこを泣かせてしまったのも貴方に哀しい想いをさせてしまったのも。
貴方に会えないのも触れられないのも私の弱さ故(それでも貴方が目の前に在る事実に心の奥が千切れてしまいそうな程の矛盾)

繋がりかけていた手を離したのは私。

「私たちが出逢えたことに少しでも意味があればいいですね」

貴方の手を振りほどいたのも私。
貴方は呆れてしまったでしょうね。

「呪いなんて、神様なんて大嫌いです」

にこりと笑ってサクリと土を踏み、目を細めて自分を見ている梵天に近付く。

私が消えてしまったら、また世界は元通りなのでしょうか。
私も貴方のことを忘れてしまうのでしょうか。

(――それでもまた雪の日には、)

ぽそりと呟くと、ふわりと髪に手が伸びた。
パキン、と少し高い音がして結界にヒビが入る。
届かないと思っていた温もりを感じて睫毛がふるえた。

「…俺は、君みたいに馬鹿じゃないよ?」

ふわふわと優しい言葉が身体を包んで。
ああ、このまま身体も心もなくなってしまえばいいのに。
ぽたぽたと涙が零れるのはとても嬉しいから切ないから哀しいから。
もう会えないかもしれないと心の奥がギシギシと痛みに締めつけられるのは君のことが愛しいから。

何時まで経っても君は俺を子供扱いするけれど。
知っていたかい?子供のように笑うのは君の方で、俺はそれをずっと見ていたかったんだ。

「銀朱、」

(だからお願い、)
(呪いなんて解けないで)


「信じてはいない神にさえ俺は願うよ」
「…私が貴方を忘れてしまっても、また私に会いに来て下さいますか?」

どうか、また。

小鳥は白き者を追って、巫女は大切なものを守る為に神に背いた。
けれど。
切なる願いは簡単に砕けて散った。はらはらと白い花びらが舞って、雪のように落ちていく。
繰り返し繰り返し名前を呼んで。ああ、もう伝えられないのかと幼い子供のように涙を零した。
涙と共に枯れ果てたのなら愛しい君に逢えるのだろうか。
もう一度手を伸ばそうとしたけれど、君はもういなかったんだ。

さようなら
とだけ微かに聞こえた。






(刹那、繰返す)
◇◇◇
愛の言葉なんてわからないまま貴方は消えてしまったから(僕はきっとずっとわからないままなんだろう)








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