長い廊下の先に大き目の扉が見える。
その茶色の扉を開けると、赤いソファーにゆったりと深く身体を預けているセンパイの姿が目に入った。
ソファーの前にはガラス製の高級そうなテーブル。
丸くてキラキラと光っている。
丸いテーブルの上には、ピンク色の包装紙に赤いリボンで綺麗にラッピングされた正方形の箱が一つ。

白くて広い部屋に甘い香りが漂う。
その香りはふんわりと鼻先を掠めて、脳の中を抜けて行く。
部屋の中だけではなく、廊下にまでこの香りが漂っていたからドアを開ける頃にはもう、頭から足の先までその甘さに痺れていた。



「センパーイ、サボりは良くないですよー」
「うっせ、サボってねーよ」

僕に気付いたセンパイは、ばーか休憩中だっつーのと笑いながら見上げる。
長目の前髪がさらりと揺れて少しだけ、隠れている瞳が見えた。
その瞳に誘われる様にセンパイの隣に移動する。
ソファーに座ると「来んなよ蛙」と帽子を軽く叩かれた。
いつもとは違って力を込めていなかったから、叩かれた所は全く痛くなかった。
何だか僕はそれが少し嬉しい。


「ロン毛隊長に言いつけちゃいますからねー」
「勝手にしろよ、ばーか」
「そんでロン毛隊長にボコボコのメキョメキョにされるんですー」

隊長は声が異常に大きくてうるさいですけど、任務には忠実ですからきっとセンパイは目茶苦茶怒られちゃいますよーと呟くと、俺は王子だから平気なんだよと言ってししし!と笑った。
僕はそんなセンパイから目を逸らすことが出来ない。
…そんなことはセンパイには言わないけれど(きっと絶対殴られるから)。


「なんだよ蛙」
「別にー。何だか今日は機嫌が良いなーと思っただけですー」
「ししし」

センパイは笑って目の前のテーブルを指さす。
アレ、何かわかるか?と僕に問い掛けた。

「アレ?」

センパイの視線を追う様にテーブルの上に目をやった。
視界に入って来たのは、部屋に入った時に目にした正方形の箱。
女の子が好みそうな可愛いラッピングだ。
センパイが用意したのだろうか。
それとも誰かからの贈りものなのだろうか。
余り興味はなかったものの、楽しそうなセンパイの機嫌を損ねると絶対殺されるに違いないから、とりあえず話しを合わせることにした。

「あれなんですかー?可愛いですねー」
「ししし、つなよしへのプレゼント」

センパイの口から例の名前が出された。
センパイが10年前から好きなのだというボンゴレ10代目ボスの名前だ。

(…やっぱりですかー)

興味がないと思った僕への罰なのだろうか。
少し心臓の辺りが痛くなる。

「中身は何なんですかー?」
「あ、触んじゃねーよ」

指で箱をつんつん突くと横から、パシと軽く頭を叩かれた。
センパイの口元は緩く弓を描いている。
あの鬼畜な笑い顔はどこに行ったのか、センパイは、ふっ、と柔らかく笑う。
相当彼にご執心らしい。
嬉しそうに話しを続ける。

「ししし!贈りもの大さくせーん!」
「…お菓子か何かでしょー」
「へぇ、お前にしては上出来じゃん?」
「だって部屋中甘い匂いで臭いですもんー」
「しししっ、まじで」

廊下まで甘い香りが充満していた。
部屋に入れば廊下より香りが濃くて、少しクラクラしたくらいだ。
そう考えれば、中身を当てることくらいは簡単だ。
なんてことない。

(なんてことない、けど)

どうやら中に入っているのは、部下に用意させたチョコレート菓子らしい。
好きな人への贈りものくらい自分で用意すれば良いのに。
本人には言えないけど。

(流石、堕王子)


「ミーにもそれ下さいー、堕王子ー」
「王室御用達だぜ。庶民の口には合わない代物なんだよ、蛙」
「10代目ボスも庶民ってやつじゃないですかー」
「ばーか、つなよしは特別なんだよ。王子のお嫁さんになるんだぜ?」
「きっと向こうはそうは思ってませんけどねー」
「黙れよ蛙」

センパイはジャキンとナイフを光らせて、いつもの様にニンマリ笑う。
王子オリジナルのナイフなんて僕は怖くもなんともないですけどね。

「お前殺されたいの?」
「まさかー。堕王子に殺される訳ないじゃないですかー」
「…あっそ」
「あれ?センパイ殺(や)らないんですかー?」
「ししし!お前と遊んでる暇なんかないっつーの!」

じゃあなーとまたニンマリ笑って、バタンと扉を閉める。
勿論僕を部屋に残して。

さっきまでテーブルの上に置いていた、甘い香りのするチョコはセンパイが持って行った。

残るのは甘ったるい香りと僕と、きっと多分センパイにはわからない感情。

「うえー、甘すぎなんですよセンパーイ。胸がムカムカして来ましたー」


――あのね、センパイ。

僕はセンパイに言ってないことがあるんです。
きっとこれからも先も言わないことなんですけど、心の中では言葉にしても構わないですよね?
あのね、センパイ。


「…ミーはあなたのこと、」

(あなたのことが、)


言葉がチョコの香りと一緒にふわりと空気に溶けた気がした。
ああ、甘すぎて涙が出そうだ。


「…センパイなんて大嫌いですよー」

どうやら僕の願いは、一生永遠に叶わないらしい。
しょっぱい涙がそう教えてくれたけど、僕もあの甘ったるいお菓子の方が好みなんですよ。
しょっぱい味なんて、美味しくもなんともないですから。
ね、センパイ。


(ああ、)



塩気よりも甘味が欲しい



(ぼくはあなたが好きだ)
20090411
20150225修正


お題お借りしました
急速眼球運動





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