『声を聞けるだけで、良いんだよ』
そんな純愛なんて今更流行らないですよ。
『まぁ、お前には分かんねーか』
そんなの、センパイにだって分かりませんよ。
センパイは僕のことなんて、一つも知らない。
何も分からないんですから。
「…何してんですか、センパイー」
「何って、声聞いてんの」
「声?」
物騒な黒色の機械を前に、体育座りをして僕に背を向けている
。
背中しか見えないけれど、センパイはきっとあのドS的な顔で笑っているんだろう。
「お前って馬鹿?」
「ミーはセンパイより頭良いと思いますー」
「ししし。…死ね!」
スッと素早くナイフを取り出して、背中を向けたまま僕の顔に投げ付ける。
ナイフを避けて、後方にスタンと着地した。
着地は見事に決めてみせた。
赤いふわふわのソファーの上に着地したものだから、バランスを崩してそのままソファーに座り込む形になる。
ふわふわ過ぎるのも問題みたいだ。
「センパーイ、このソファー使えないですー。ダメダメですよー」
「ダメダメなのはお前の頭だっつーの!」
「ししし!」と笑って馬鹿にする。
話しには応えてくれるけれど、体勢は変えないままで。
「愉しそうですねーセンパイ」
「まーな」
鼻歌混じりで愉しそうに黒い機械のボタンを指でポンと弾く。
僕はなんだかその指から目が離せなくて、少しだけ、なんとなく体温が上がる感覚がした。
「センパイーそれってアレですよねー」
「はぁ?アレって何だよ」
「探偵の七つ道具の一つ、盗聴器ってやつですよねー」
「…………」
「あれ?違うんですかー?ミーはてっきり…」
「……だからなんだよ」
「犯罪は駄目ですよー」
センパイを見下ろしながら黒い機械を指さした。
自分よりも背が高いセンパイを見上げるのが当たり前なのだけど、今日は違う。
金髪のふわりとした髪を見下ろす。
窓から射す太陽の光が髪に触れて、金色にキラキラ揺れてとても綺麗。
(…うん、とても綺麗だ)
触れられるものならば、すぐにでも触れてみたい。
そして、言えない言葉でも呟いてみようか。
きっとセンパイは怒るんだろう。
その時は間違えましたと言い訳をしてみようか。
「犯罪つーかさ、俺ら暗殺部隊じゃん。殺しまくってるじゃん」
「犯罪と暗殺は違いますよー」
「違わないっつーの」
「暗殺はマフィアの仕事ですー。世界の秩序を守ってるんですよー?センパイの盗聴と一緒にしないで下さいー」
片方だけ耳に当てていたヘッドホンを外す。
カタンと赤い絨毯の上に落ちた。
赤に黒が重なったコントラストに目が眩む。
まるでそれは僕の様で、僕の血の様で。
けして混ざることのない、センパイと僕の様で。
「あれセンパイ、もう犯罪は終わりですかー?」
「お前、殺されたいの?」
「まっさかー」
「…あ、そ。俺寝るから出てけよ」
「邪魔だ」と僕の背中に蹴りを入れてベッドに向かう。
はあ、と一つ溜息をついてぼふんとベッドに俯せになった。
センパイの溜息を聞けるなんて珍しいこともあるもんですね。
まあ、どうせセンパイは彼のことを考えているんだろうけど。
「センパイ寝ちゃうんですかー?」
「うっせー、出てけっつーの」
「10代目ボスの盗聴失敗しちゃったんですかー?」
「……ちげーよ」
「14歳でしょー?それこそ犯罪ですよねー」
「…死んでなかったら今のつなよしは24歳」
(…『つなよし』、とか名前呼んじゃって。ミーの名前なんてまともに呼んだことないくせに)
絨毯の上に落ちたままのヘッドホンを手にする。
今までセンパイが手にしていたのに体温は感じられなくて、ひんやりと冷たい。
カチャ、と機械の切り替えボタンを押した。
ヘッドホンを片方だけ耳にあてた。
特に何も聞こえない。
「センパイ、こんなことしなくても本人に会えば良いじゃないですかー」
「…なんで」
「直接声聞けますしー」
「…あいつ、俺のこと苦手だからダメ」
「好きなら、告白でもしちゃえば良いと思いますー」
「…んなことしねーよ。つなよしは俺のこと好きじゃねーんだから」
振り返るとセンパイは寝返りをして、白い天井を見上げた。
ここからじゃセンパイの表情は分からない。
声色もいつもと変わらない。
「俺は、つなよしの声を聞けるだけで良いんだよ。まぁ、お前には分かんねーか」
いつもと変わらないセンパイは、天井に腕を伸ばして「分かんねーよ」と小さく呟いて笑った。
僕はなんとなく泣きそうで、それをごまかすようにヘッドホンを乱暴に外した。
ヘッドホンも、この部屋も、この世界も、全部全部、壊れて消えて、退屈で地味だったくだらない日常に戻れば良いのに。
ねえ、センパイ。
センパイて、僕のこと何も分かってないんですね。
まあ期待なんてそんなこと、考えてなんていないですけど。
でもセンパイの気持ちはちょっとだけ、分かっちゃったりするんですよ。
センパイは、知らないだろうけど。
(――センパイにはね、わかんないんですよー。死ぬまでずっと、多分死んでもわかんないんだろうなぁ)
「センパイってミーの名前知ってますかー」
「はぁ?んなこと別にどうでも良いし。俺に関係ないし」
「ですよねー」
きっと、ずっと、わからないことだから。
ああ、
また一歩淋しさに近付いて20090329
20150225修正
ベル←フラン
お題お借りしました
急速眼球運動