ねえ、何してるの。
そこは眠る場所じゃないよ。
だってそこは冷たいコンクリートの上だもの。
ねえそんな処で眠るよりさ、僕のベットで一緒に眠ろうよ。
ねえ君の為に大きめのサイズを用意したんだよ。
ふかふかで、気持ち良いのに。
その赤くこびりついた液体も、今すぐ僕が洗い流してあげるよ。
大丈夫、すぐに痛みも消えるから。

ねえ、


だから死なないでよ。




眠り姫は夢の中







「ねえ、入江さん」
「なぁに、つなよし君」
「俺、なんでマフィアなんかになっちゃったのかなぁ」
「今更?」
「今更、なんだけどさぁ」


白い長い廊下の端っこで、小さく体育座りをして僕に問い掛ける。
首を傾げてなんでかなぁと呟いているけれど、僕の方が首を傾げたいくらいだ。
マフィアなんかに全く関係ない家に生まれた僕が、何故イタリアマフィアの仲間になってしまっているんだろうか。
昔、小さな子供だった牛柄の彼のせいでトラウマになったはずなのに。
それでも僕は彼らの仲間になってしまった。
理由はくだらないこと。
つなよし君に、そんな理由なんて言えるはずもないんだけれど(知られるわけにはいかないんだ)。


「入江さんは?」
「何が?」
「入江さんはなんでボンゴレの仲間になったの?」


ほら、聞かれたくないことを目の前の彼は悪びれもせずに聞いてくる。
これが超直感というやつなんだろうか(いや、違うかも)。
深いことは一切考えていないだろう天然な彼を一度見下ろし、自分も隣に座る。


「…それは秘密」
「えー、なんで」
「なんでも」
「…仲間にはなりたくなかった?」
「…まぁ、仲間というか…、うん、友達、だし。嫌なんてことはないよ」
「はは、リボーンに無理矢理仲間にされたしね?」
「あー、そうだね。それもある」


ははは、そっかと笑って立ち上がる。
蜂蜜色の柔らかい髪がふわりと風に揺れた。
骨っぽい体型は変わらない。
子供の頃に比べたら、身長は高くなった。
童顔故か、年齢より下に見られることも多い彼の笑顔にはあどけなさが残っている。
それを今、独り占めしているという優越感に浸る僕はいつまでも子供じみている。

――変わってしまったのは僕の心か、それは薄暗い未来の世界のせいなのか。


「嫌だって言われなくて良かった」
「言わないよ」
「…うん。ありがとう」
「…なんでお礼」
「だって、嬉しいから」
「そんなの僕だってそうだよ」
「え?なんで?」
「なんでって…」


頭のてっぺんに?マークが浮かび上がるんじゃないかというくらい、大きな瞳をぱちくりさせて僕の答えを待っている。
ああ、このまま流れに任せて伝えられないでいるあの言葉を、君に零してみようか。
きっと君は曇りのない笑顔で「ありがとう」と言うのだろう。


「秘密」
「えー!それも秘密なの?」
「…秘密。それより肌寒くなって来たね」


寒くなって来たから部屋に入ろうかと、ありきたりな分かりやすい理由をつけて話題を中断させた。


「そうだね、ちょっと寒いかも」
「君が風邪なんてひいたら、リボーンさんに怒られるのは僕だからね」

 
廊下の大きな窓からは薄暗い空が見える。
いつの間にこんな時間になっていたんだろう。
夕方に広場で流れる品の良い音楽が流れて来た。
子供達の笑い声が小さくなっていく。
きっと母親に連れられて帰り始めたのだろう。
つなよし君は、うー寒いと小さく身震いをする。
それもそうだ。
そんな薄いシャツ一枚でいるんだもの。


「部屋、行こう」
「うん。…懐かしいな、俺も子供の頃公園で遊んだなぁ」


あの頃から父さんははちゃめちゃな人だったけど。
そう言って瞳を細めて窓の外を眺める。


「母さんは本当に優しい人だったなぁ」
「うん、僕にも優しくしてくれたよ」


つなよし君は何を想っているんだろう。
少しずつ小さくなる声に、ああもうそろそろなんだなと寂しさを感じた。

ほら、いつも損をするのは君なんだ。
優し過ぎる君に甘えてしまう僕らを許してくれなんて、そんな勝手なことは言わないけれど、いなくなってもどうか君の側にいさせてくれないか。


「…やっぱり止めようよ。彼には僕から伝えておくから」
「駄目」


僕の想いとは裏腹に、つなよし君は力強く応える。
パチンと視線が合った。
どうして君は、…ああ昔から変わらないんだね君のそういう所も。
力が抜ける程の天然笑顔を振り撒くと思えば、その力強い瞳で僕らの心を簡単に奪ってしまうのだ。


「…分かったよ」
「あのね、俺は俺の大切な人を守りたいから。それだけで良いんだよ。俺は他に何も要らないんだ」
「…君は無茶し過ぎだ」
「はは、大丈夫。俺は丈夫だから」 
「…約束して」
「………、入江さん、」


はぁと息を零して瞳を閉じる。
俯いてきゅっと僕の袖を掴むとまた息を吐き出した。
今度はさっきよりも大きく。
顔をあげて、哀しそうに優しく笑う。
ほら、本当は君だって嫌なんだろう?
怖くて寂しくて仕方ないのは僕も君も同じなんだろう。
それなのに、君は独り、歩いて行くのか。


「…そんな心配そうな顔されると、俺緊張するよ」
「…ごめん」
「俺が死んでも泣かないでね」
「それは無理だよ」
「なんで」
「なんでも」
「…そんなこわい顔しないでよ」


ふふ、と小さく笑って顔を強張らせた僕を見た。
眉毛を少し垂らして、困った様に僕を見つめる。
ぎゅうっとつなよし君の掌を握ると、自分の掌に彼の熱が移った様にじんわりと熱くなる。
心臓の熱さが掌に流れていく様だ。


「…ね、約束」


泣いちゃ駄目だよ。
そう言ってふんわり笑った彼は白い廊下を歩き出す。
曇りのない白さを持つ彼は、その笑顔を待つ僕の前に戻っては来なかった。





(だから僕はどんなことをしても、君を夢の中から連れ戻すんだ)


20090520





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